愉悦する者
翌朝、まだ春風が吹く教室棟への廊下を歩いていた。
俺はふと、ランク別の教室入り口に貼られた名簿を見つめ、その数字に気がついた。
それはランクごとの生徒の人数である。
「……Dが15人、Cが20人……SSSは、たった10人か。」
───妙だな。
此処までバランスがいいのは、どう考えても何か“意図”があるとしか思えない。
教室に着き、中に入ると俺は二番目だったらしく、女子生徒がいた。
そいつが俺を見た瞬間、不敵な笑みを浮かべた。
「ふふっ、面白い人が来たなぁ。」
コイツ、雰囲気からして普通じゃない。何か隠していると見て、警戒しておくべきか。
「君は?」
「私の名前は天楽 遊黎。あなたのことは知ってるよぉ。無能力者もとい──鏖覇…紅蓮ちゃん♪」
無能力者である俺が入学できた。
それだけで名が知られるには、十分過ぎるだろう。
だが、そんなことは想定済みだった。
「そうか。」
「!」
俺の返答に少し驚きの表情を浮かべたが、すぐ笑みに変わる。
今の会話の中で、笑う必要はない。やはり、普通ではない。
「え?何で、SSSランクの人たちが?って、片方、首席合格者じゃん!?」
「おかしいよぉ。ここはCクラスじゃないの?私、間違えたかなぁ?」
ふと、気づくと廊下の方やけに騒がしい。
どうでもいいと思っていたが、聞き慣れた声が響いてきたため遊黎との会話を切り上げ、廊下に出た。
「あ、いた〜。」
手を振りながら、こちらへ向かってくるのは斬反だった。
その後ろには、ちらほらと他の生徒たちの視線も集まっている。
「…この騒ぎの原因はお前か斬反。」
「なんか、SSSランクがCクラスに来るのは、場違いみたい。みんな、大袈裟だなぁ僕らが来るだけで騒ぎになるんだから、困ったもんだよ〜。」
斬反が軽口を叩き、やれやれと首を振る。
そして、特徴的な白い髪と真紅の瞳を持つ、隣の女子生徒。
昨夜の女子生徒であり、俺の予想が正しければ、コイツは───
「お久しぶりっ!紅蓮!」
「あぁ、久しいな“刹那”。」
やはりか。
あの時の笑顔が重なり、確信へと変わった。
いや、ノイズが走った時点で、分かっていたのかもしれない。
「よしっ!折角だし、場所を変えようか。三人だけで話したいし。」
「そうだねっ!」
周りの目もあったため、斬反の意見に賛成してその場を離れる三人。
移動の最中も注目の的であったが、気にしている素振りはない。
「ここらへんなら、大丈夫でしょ。」
「なら聞かせてもらうとしよう。昨日、絡まれていたことについて。」
「知らないよ。ただ、ぼけぇ〜っとしてただけだし。」
刹那は呆れた顔をして、溜息をつく。
尤も、絡まれた理由など見当がついているのだろう。
この世界には人外種が数多くいる。
その中でも刹那は“半吸血鬼”という、今まで前例があまりない奇跡の子。
それに加えて、それぞれの特性をいいとこ取りしているため、弱点という弱点がない。
このことから吸血鬼の“最高傑作”などと呼ばれているが、当の本人は眼中にないらしい。
勿論、俺達も。
「どうぇ?何それ、僕知らないんだけど!そんなことあったの!?」
そこから、昔のように三人で雑談をした。
数分後、ふと気が付けばHRの時間が近づいていたため、それぞれクラスへと戻る。
教室に戻り、担任の話を聞いていると当然変なことを言い出した。
「はーい、じゃあ突然だけど──今から二人一組のペアを作ってもらいま〜す♪」
『二人一組のペアを即席で作れ』か。
これは…お前らの中で傷口が抉られる奴もいるのではないだろうか。
それはそうとして、俺は別に誰でもいいと考えて黙っていた。
どうせ自分から話しかけずとも、あっちから話しかけてくるだろう。
「ねぇ、紅蓮ちゃん♪私と組もうよ。」
「来るならお前だと思っていた。」
「あはっ!そう?ってか〜紅蓮ちゃん?私の呼び方、“お前”じゃなくて“遊黎”にしてほしいなぁ。」
「どう呼ぼうが、俺の自由だと思うが。」
正直、呼び方なんてどっちでもいい。何せ、どちらにせよ三文字だから。
「みんな、組み終わったー?………まだかかりそうね。」
数分後ペアが組み終わり、作った理由が説明された。
要約すると、クラス内で交流戦をするらしい。
どうやら、Cクラス以上ならやるらしく、教師の勝手な行動という訳ではないようだ。
…当たり前かもしれないが。
この交流戦の勝敗が後に影響するかもしれない。
そもそもが怪しいのは気のせいだろうか。
次の日、学園内特別訓練場にて、クラス内交流戦が始まった。
「いっくよ〜!って、あれ?あれれぇ?」
磁力を操る生徒が砂鉄を引き寄せるが、自分の靴の金属パーツも引っ張られて転倒したり、
身体能力強化の生徒が加減間違えたのか、おかしな方向に行ったりと前の物語らで見たことがある量産型の能力だった。
大体こんなものかと言った感じだったが、気になったことが一つ。
それはペアである天楽遊黎のことだ。
俺と同じくコイツは能力を持っていない。或いは、故意的に能力を使っていない可能性が高い。
何故なら、戦闘時の身のこなしと洞察力が他生徒を軽く凌駕していたからだ。
「あ、当たらない…!なら…!」
「慣れない動きをするのと、隙を晒すのは一緒だよ?」
遊黎は一度も能力を使わず、それでいて無駄のない動きで、飛びかかってきた相手の腕を一瞬で払う。
そして、重心を崩してそのまま地面に転がした。
その動きには、一片の無駄もなかった。
まるで“戦い”そのものを嗜むような、異様な優雅さだった。
その光景を見て、クラスメイトはただ茫然と眺めているだけで、言葉が出なかった。
交流戦が終わり、帰ろうとした時に思い出した。
「そういえば、遊黎から放課後に四番倉庫に来てとか言われたな。」
四番倉庫と呼ばれる場所は、普段ほとんど使われているのを聞いたことがない。
何故、俺を呼んだのか。
あいつのことだ。行かないと何をしてくるか分からない。
それが天楽遊黎という存在だった。
そして、若干の警戒をしつつ俺は言われた通り四番倉庫に向かった。
───
四番倉庫に着くと、トラックが入りそうなほど大きいコンテナの上に、笑みを浮かべながらこちらを見下ろすように座っている少女がいた。
「何のようだ、遊黎。」
「あはっ!本当に来た!いやね?貴方が本当に無能力者なのかな?って気になったから!何より……交流戦の戦闘を見てたら、貴方と戦うの愉しそうだなって!」
「そうなら、俺を試すために此処に呼んだのか。」
会話を終え、両者とも戦闘体勢を取る。
最初は能力を使わずに戦闘していた遊黎は、紅蓮の身体能力を見て、無理があるとすぐに気付き、能力を使い始める。
これに対して紅蓮は、まず遊黎の能力が何なのかを理解しようとした。
だが、理解する前に能力の影響を受けたのか、何かに引っ張られるようにして身体が壁に吹き飛ばされた。
(どういった類の能力だ?もう少し情報が欲しい。)
「あれれ〜?じゃあ次は〜♪」
状況を整理し、俺が攻撃に転じようとしたとき、遊黎は何も行動を起こしていなかった。
だというのに、突然としてエグい音を発しながら右腕が裂けて血が散乱していく。
初めてなら痛がっていたのだろうが、これ以上の痛みを何度も経験してきた。
だからこそ何も感じなくなってしまった。慣れて…しまったのだ。
「概念干渉系能力…と言ったところか。」
この現象により、能力の詳細が粗方わかった俺が導き出した答えは────
(能力を使用する際の“一瞬の思考時間”よりも速く攻撃し、勝負を着ける。これだ。)
「腕、裂けちゃったねぇ?さぁ、貴方はどんな顔───」
「・・・」
私はてっきり腕が裂けて悶絶しているのかと思って、悦に浸っていた。
だから、油断していた。侮っていた。
この鏖覇 紅蓮という人間がどれほどバグっているのかを。
「っ!?マ…ジで!?」
次の瞬間、反応できなかった。
人間では到底理解が及ばないほどの蹴りが、私の身体を壁に吹き飛ばす。
鉄製のコンテナの壁が、鈍く軋む音を立てて凹んだ。衝撃で肺から空気が漏れる。
「げほっ、ふ…ふふっ…あはは!やっぱり面白いなぁ貴方は。まさかぁ、考える前に蹴ってくるとはねぇ。……バグってんじゃん?」
「そうか。ところで、突然だが遊黎、お前の能力は“考えたことが現実になる能力”もしくは、それに近い能力だと考えたが、どうだ?」
「ん〜能力を言うのは本当なら大分危ないことだけど、能力の弱点がバレちゃったし、正直勝ち目が無さそうだから、大サービスで教えてあげるね。」
それから遊黎は自分の能力を話した。
扱いが難しい能力なようで、“愉悦を感じたことなら、何でも出来る”というものだった。
随分と壊れた能力をしているが、自分の気分次第なため難しいと言うのも無理ない。
「貴方は能力がどういうものなのか知ってる?」
「ざっくりとならな。」
「じゃあ、少し変な話をするけど──過去に私は、神様みたいな奴と会ったことがあるんだ。初めてうざったい奴らを傷つけて、得体の知れない愉悦を感じていた時にね。はぁ、もう一度会いたいなぁ。」
「会った時と同じ状況になれば、可能性は有りそうだが。」
能力には大きく二つに分けられている。
一つは、神から授けられること。
殆どがこれで、神の気紛れだ。
もう一つは、神自身が能力となること。
こっちは、神が自らの意思で相手を選ぶ。
また、神自身が選んでいるため前者とは比にならない程の能力の差がある。
…というのは、仮の話であって、元々能力というものは分かっていないことが多い。
「まぁ、だろうね。その時から私は何でも面白ければいい、愉悦を感じれればいいと思うようになった。この学園に来たのもそう。何か面白いことないかなぁ〜ってね。」
話をしながら立ち始めた。
いくら俺が力を抜いて蹴ったとはいえ、頑丈だなと考えていると、遊黎が質問をしてきた。
「ねぇ、紅蓮ちゃん。貴方はどうしてこの学園都市に来たの?」
「俺は………至上主義を壊し、何ものにも縛られず、自由に生きるためだ。(正直、至上主義を壊す必要はない。はなから、従うつもりがないからな。しかし、何かを得るなら何かを失わなければいけない。だから俺は──自由のためにこの至上主義を壊す。)」
「そうなんだぁ。自由に…ね。それ、愉しそうだなぁ。私、貴方にもっと興味が湧いちゃったかも♪」
遊黎は、新しい愉しみを見つけたかのように目を輝かせていた。つくづくコイツは愉しさが全てだな。
「もう遅いしぃ、疲れたしぃ、帰ろぉ〜っと。」
「お前との戦闘は何の意味があった?」
「何にも?ただのお遊びだったし。あと、何でこのランクにいる?って質問される前に言うけど、こんな能力を持っていてCランクにいるのも愉しむためだけだよーだっ。…てか、なんで裂けた腕が治ってるの?」
話しながら紅蓮と遊黎は四番倉庫から離れる。
紅蓮にとって、この戦闘に意味はなかったわけではない。
遊黎というイカれた女とその能力の性質──その一端を知れたのだから。
「ねぇ!無視しないで答えてよぉ!お〜い!聞こえてる?私の能力を教えたんだから、紅蓮ちゃんも教えてよぉ!」
「別に、ただ体内の血液を操作してくっつけただけだ。とはいえ、できるようになるまで、随分と時間はかかったがな。」
「へぇ〜…って、おかしくない?本当にバグってて納得できないんだけどぉ?…まぁ、それもまた“一興”かなぁ♪」
怪しく不敵な笑みを浮かべる遊黎に、俺はこう言った。
「何をどう感じるかは、お前の自由だ。」