入学と邂逅
俺は、平凡よりも少しだけ裕福な家系の鏖覇家に生まれた。
父母は能力者で、俺は無能力者だった。
普通なら、蔑み捨てられる運命。
しかし、心優しいのだろう。至上主義など関係なく受け入れてくれた。
生まれて間も無く、研鑽を始めた。
まずは、身体を経験させること。
物を殴ったり、蹴ったり、赤子の姿で出来ることはやった。
生まれてから三年、身体もそれなりに鍛えられ、この“物語”の構造も少しずつ理解してきていた。
どうやら、この世界は前の物語と変わらず、“能力至上主義”のままらしい。
生まれ育ったこの国───神代帝国がそれを何よりも証明していた。
神代帝国は“能力至上主義”が当然であり、他国と比べて能力による身分制度や評価基準が格段に厳しい。
何を目的としているのかは不明だが、神代帝国では、高校から分岐しており、“一般の高校”もしくは、国家が設立した“学園都市”かを自ら選べる。
ただ、自由に選択できるのは“能力”がある者のみ。
無能力者には選択の余地なく“一般の高校”に振り分けられる。
“学園都市”では、能力を基準に評価される仕組みだ。能力がなければ、そもそも入学すら難しい。
能力の有無で全てが決まる───それがこの世界の絶対だった。
代償によるものなのか、何かは分からないが、今の俺には“能力”がなかった。
所謂、“無能力者”だった。
しかし、“能力”の有無で差別されることなど、自由に生きると決めた俺にとってどうでもよかった。
幼馴染の二人との出会いは突然だった。
一人は、偶々戦うことになり実力をぶつけ合った──彼岸流剣術の天才剣士・彼岸 斬反。
もう一人は、攫われているところを俺と斬反が自由を与えるため救った──名家出身の半吸血鬼令嬢・徒花 刹那。
二人と過ごした小学校までの期間は、この世界に順応するに丁度よく、身体の研鑽も順調だった。
中学生になる頃、第一学園都市で再会することを誓い、道は分かれた。
「また、絶対会おうね──約束だよっ!」
刹那が笑顔でそう言った瞬間、頭の奥で“パリン”と何かが砕けた。
何故かは分からない。
ただ、刹那の声と共に、まるでバグのようなノイズが“記憶”の深層に走った。
刹那はお嬢様しか通えない貴族学校へ行き、俺と斬反は平凡な中学校へと進学した。
中学では、一般的な教育と能力教育が中心だったが、“能力”のない俺にとって、能力の授業というものは無駄としか言いようがなかった。
こうして、月日が経ち──俺は高校生になった。
高校生とまでなると、幾度の経験と研鑽によって肉体は常人を遙かに超えていた。
そして、能力を“実力”として正式に評価する四つの学園が集う第一学園都市。
そのひとつ、“黎明学園”の入学式典に俺は参加していた。
「この世界は能力が全てであり───」
(…色々な物語を経験していて毎回思うが、入学式典のこの時間、本当にいるか?)
「次に首席合格者からの───」
俺は余り聞く価値がないと思い、目を瞑り状況を整理する。
ことの始まりは、幼馴染である斬反からの誘いで入学試験を受けたことだった。
「行きたいとこないなら、一緒に行こうよ。“能力”を実力の一部として取り入れた学園都市!その中でも、第一学園都市!ここ絶対楽しいと思うよ?てか、そういう約束を刹那としたでしょ〜?もしかして…忘れたの?」
斬反は俺の肩を掴み、グラグラと揺らす。
約束を忘れただと?約束した時のあの感覚を忘れるわけないだろう。
俺が即答しなかったのは、違う理由があった。
「行ったところで意味がない。というより、そもそも無能力者の俺が行けるとでも?」
そう、無能力者は選択の余地などなく、一般の高校にされるのだ。それ故、学園に行くことは出来ない。
「まぁ、やってみないと分かんないじゃん?何より、紅蓮といると穏便に学校生活が遅れると思うんだよね〜。」
「随分と適当な嘘だな。それなら、普通の高校でいいはずだ。お前、何を考えている?」
斬反は「流石にバレるか〜」と軽く笑ってから、本当の狙いを話し始めた。
曰く──“能力至上主義に飽きたから壊したい”などと、穏便とは程遠いこと口にした。
これまでの物語の中で“至上主義を壊す”というのはあまりなかった。
…いや違う、正確に言えば思い出せない。
“自由に生きる”が目的の俺にとっては、むしろ都合がいい話であり、斬反の誘いを断る理由はなかった。
何より、刹那との約束───それだけで十分だった。
少々、自分のことを過小評価していたらしい。
人間を欺くことなど造作もないというのに。
入学試験は筆記と実技。
俺は何度も物語を渡ってきた身だ。筆記は難なく突破したが、問題は実技の能力試験だった。
(仕方ない。やるだけやってみるとしよう。)
無能力者である以上、多少誤魔化して“身体能力向上系”っぽく見せたつもりだったが──バレた。
結果、評価は下げられたが、何故か合格。
思い返してみれば、不正とみなして不合格にするのが妥当だ。
しないということは、物語が進まないことを回避するための調整か、或いは……誰かの意思か。
そんなことを考えているうちに、式典は終わっていた。
「疲れた〜まじで腰が逝かれるかと思ったよ〜。」
「慣れればそうでも無いと思うが。」
斬反と話しながら、俺はCランク寮へと向かっていた。
この学園都市では、能力の強さによってランクが明確に分けられている。
上から順に、SSS・S・A・B・C・D。
ランクが高ければ高いほど優遇され、低ければ蔑まれる。それがこの学園の絶対的な理、不文律にして現実だ。
俺は試験での一件により、Cランクとされた。
どうやら、能力が無くても実力次第で合格できるらしい。
因みに、斬反は自分のランクについて言わなかったが、彼が普通の生徒では入れない許可制区域へ向かっていったのを見れば、ランクなど容易に想像がつく。
……あの区域に入れるのは、SSSランクの生徒だけだ。
ということは──そういうことだろう。
流石は『能力至上主義を壊す』と豪語するだけはある。
Cランク寮は、いわば一般的なアパートといった雰囲気だ。
普通に暮らすには十分だったため、別にこれといった不満はなかった。
「初日はこんなものか。」
俺は鞄を置き、椅子に腰をかける。
入学式典しかない日程の都合上、時間はまだ昼前だった。
このまま何もせず、ただ時が過ぎるのを待つよりかは、腕が鈍らないように研鑽しているとしよう。
他に調べることもあるしな。
「何から始めるとしようか…。」
そうしているうちに夜になっていた。
そんなに時間が経っている気はしなかったのだがな。
俺は、少し夜風にあたろうと寮を出た。
しばらく風を感じながら歩いていると、人気の少ない路地で何やら騒がしい声が聞こえてきた。
薄暗く不自然に照明が切れた路地裏。
そこに、数人の影が蠢き──中心には、一人の女子生徒が取り囲まれていた。
「……」
「何にも反応ないのは寂しいなぁ?」
俺は、無視して風にあたるのを続けようとした。
だが、それは“違う”と否定してくる謎の思いを胸に、俺は足を向けた。
「話を聞いていれば、ただランクに嫉妬しているだけなのか。或いは、その容姿に不満があるのか。それに、そいつは確か……首席合格者だったか?」
そう呟くと、全員がこちらを一斉に振り返った。
いくらなんでも驚きすぎだ。ただ後ろで聞いてただけに過ぎないというのに。
「なんだお前、見世物じゃねえぞ!」
「知っている。」
「じゃあなんで見てんだよ!」
「知るか。何をしようが俺の自由だと思うが。俺が見たいから見る。それ以上でも以下でもない。」
俺は、女子生徒の前に立った。
彼女は瞳を大きく見開き、唖然とした表情で俺を見つめている。
改めて顔を見ると、白く長い髪に、飲み込まれそうな真紅の瞳をしていた。
───突如として頭にノイズが走り、視界がバグる。
「え……貴方……」
「女を助けて正義面かよ、クソダッセェw」
そう言って手を伸ばしてきた一人の腕を掴む。
──脆い。少しでも力を込めれば、簡単にへし折れてしまいそうなほどに。
掴んだ手を離すと、男は拳に蒼い炎を纏わせ、怒りを露わにして殴りかかってきた。
演出だけは、無駄に凝っているな。
俺は、穏便に済ませる為に足の膝を斜めから蹴って体勢を崩し、最小限の動きで無力化する。
「能力に頼りすぎているから、身体が貧弱になる。……能力が使えなくなった時のこと、考えているのか?」
……想像以上に、“能力”に依存している世界らしい。
コイツらにとっては、能力は存在意義と同等なようだ。
正直、得られた情報は乏しい。
何より──なぜ俺が、あの場に介入したのか。
それすらも、理解できなかった。
やはり、無理矢理覚醒の代償か、何かなのか。
(……まぁいい、寮に戻るか。コイツらは…放置でいいか。)
その場を離れようとした時、沈黙していた女子生徒が声をかけてきた。
「ちょっと待って!……貴方、名前はなんて言うの?」
「……鏖覇、紅蓮だ。」
その名を聞いた瞬間、彼女の瞳が微かに揺れた。
紅蓮が立ち去った後、女子生徒は小さく微笑み、ぽつりと呟いた。
「……やっと、また会えた。ふふ、貴方のことは誰よりも知ってるわ。だって私は、ずっと……ずぅっと前から、貴方を追いかけて来たんだから。眼も心も全ては貴方のために……。でも、あの紅蓮は私の知ってる“前の紅蓮”とは何か違うなぁ。何だろ?」
彼女は、先ほどまでいた連中に目もくれず、その場を去った。