存在証明
遊黎は、いつからE.D.E.Nに居たのか、苗字の有無など様々なことを聞いていった。
質問タイムが終わり、少しの沈黙の後、唐突に遊黎は言う。
「あぁ因みに、私達に付いてくるってことはぁ、能力至上主義を壊す“仲間”になるってことだからね!」
「分かっています。……えっ?(何それ!?聞いてないよぉ〜…だけど、能力至上主義を壊す…。)」
「ふふっ、無理して真顔を作ってるのって、可愛いよねぇ。」
動揺が顔に出ないように頑張ってみるが、この遊黎と言う人は見透かしているようで、気付かないフリをしてくれているらしい。
私は嘘をつくのが下手なようだ。
少し…がっかり。
「それと、昔からE.D.E.Nに居たなら名前が判明しちゃってるよねぇ。戦場であんなに名前呼ばれてたら、仕方ないんだけどさぁ。ってことで、いっそ名前ごと変えちゃわない?」
「確かに、貴方達に付いていくということは学園都市に行くってこと。なら、変えた方がいいけど、どうすれば…」
歩きながら、考える仕草をする心。
それを見ていた遊黎が、仲間に誘った時に言っていた言葉を思い出し、新たな名前を提案する。
「じゃあさ、自分の存在を世に認識させるってことで“ここにいるよ”からとって、“心々似居世”ちゃんでどう?」
「心々似居世…か。いい…名前。それがいいです!」
「決まりだね!紅蓮ちゃんにも話しておこ〜っと。」
烈火達のところへ着いた後、先に合流していた紅蓮が上手く説明していたおかげで、居世はE.D.E.Nの人質ということになっており、元E.D.E.Nとはバレなかった。
烈火に任せたE.D.E.N達は、しっかりと確保されていて、回収作業が行われている。
「話し合えたのか?」
「勿論!肝心の内容だけどぉ───」
遊黎は紅蓮に、居世から聞いたことを話す。
話している最中、居世は何処かソワソワと落ち着きが無い様子だった。
「成程な。大体把握した。」
「えぇと、眼について聞かなくていいんですか?」
「眼の事は、お前が話したくなったら話せばいい。無理に話す必要は無い。」
「優しいんだねぇ。」
「強制したら、それは“自由”とは言えない。ただ、例外はあるけどな。俺が本当に知りたくなったら話してもらう。それでいいな?」
「それで構いません。」
それから、紅蓮達が居世を引き取り、第一学園都市に戻って学園長にこの事を話した。
「はぁ、次から次へとやってくれたな。鏖覇紅蓮、天楽遊黎。」
やれやれと頭に手を添える学園長。
それをただ見つめる俺と愉しそうに笑う遊黎、そして表面上では冷静を保っているが、内心慌しくなっている心。
いや、居世だったか。
「何をやろうが、俺の自由だと思うが。」
「私達も、心当たりないよねぇ?」
「な、ないです!」
唐突に話を振られて咄嗟に返した所為で、私が頑張って作っていた冷静さが一瞬で剥がれてしまった。
恥ずかしい。
表情のコントロールを練習しとこうかな。
「で?その子をどうするつもりだ。」
「居世を学園に通わせることは出来るのか?」
瞬間、静寂が訪れる。
この静寂を最初に破ったのは、学園長だった。
「そう言うと思っていた。しかし、残念ながらそれは出来ない。理由は明白だ。能力、学力以前に年齢が足りない。十二歳など若過ぎる。飛び級というものもあるが、その子について情報が無いしな。」
居世は俯いてしまう。
それを見て、学園長は溜息をつき「だが、」と言って椅子から立ち上がる。
「学園に通わせることが出来ないだけだ。私の権限で君達の寮に住まわせることは出来る。」
随分と大胆な行動をしてくる。
こんな行動をするのは、学園長の中でもこいつだけなのかもな。
居世の方を見てみると、顔を上げ真っ直ぐ学園長を見つめていた。
これならば、決まりだ。
住ませるのは…遊黎の所でいいだろう。
元々居世を連れて来たのは、コイツだからな。
「なら、遊黎のところへ住ませる。」
「はいはーい!元からそのつもりだよっ!」
その後、居世の一件が終わり、遊黎は先に居世を連れて帰らせた。
学園長室には、話があると言われた俺と学園長だけ。
はぁ、薄々勘付かれていたのだろう。居世に何かあることを。
「話してもらおうか。心々似居世について───と言いたいところだが、あまり詮索しないでおくとしよう。能力至上主義を変える邪魔はしたくないのでな。それよりも、捕縛したE.D.E.Nの男についてだ。」
学園長は、刺青男について話し始めた。
どうやら、男の打った強制覚醒剤は静流のものとは効果の強さが違ったらしい。
あの時と比べて、身体の変化が露骨に表れていた事を考えると妥当かもしれない。
「そういえば、注射器によって変化した奴らは人間に戻っているのか?」
「静流は、後遺症が残ってはいるが人間に戻りつつある。今回は…無理だろう。人間の構造を、遥かに逸脱してしまっている。能力を使えばどうにか出来るかもしれんが、それは先になるだろうな。」
脳に刺した時点で、人間であれば死んでる。
そこから既に、人間では無くなっていたのかもしれない。
生きていることを考えれば、十分におかしいと言える。
「さっき引き渡したばっかりなのに、随分と情報が速いな。」
「私も色々と動いているということだ。」
こうしてやり取りを終え、紅蓮は寮へ戻るのだった。
翌日、遊黎は斬反に電話して連絡をとり、斬反の部屋で居世について話していた。
「ってことがあって、この子が能力至上主義を壊す“仲間”になった心々似居世ちゃんでーす!」
「こ、これから宜しくお願いします!」
律儀に礼をする居世。
しかし、それに対して少し怪訝な表情をする斬反。
「仲間に入るのはいいんだけど、能力至上主義を壊す目的ってのはあるのかい?いやね?あった方がやり易いと思って。」
「目的…私は“存在を証明するため”でしょうか。この“眼”だけじゃなくて“私”もここにいるって、存在してるって気づいてもらいたいから。」
居世は、胸の前で拳を強く握り締める。
それを聞いて、ニッコリと笑みを浮かべる斬反。
「“存在を証明するため”ね。いいじゃないか!歓迎するよ心々似居世。共に能力至上主義を壊そうじゃないか!」
私はそう言われて、また泣きそうになってしまった。
けど、泣かなくわけにはいかない。
これは、私の新たな物語なのだから。
泣きながら始まるのは、流石に防ぎたい。
後に思い出して、恥ずかしくならないように。
「私を“仲間”に入れてくれて、ありが…とう!」
その後、少しの間話をして斬反と分かれた。
休日なのもあって、日用品を買いに行く居世と遊黎。
しかし、それにはもう一人居た。
頂華決戦の際に捕えた、集団の一人である。
捕まえた後、寮にて尋問しようとしたところ、遊黎の圧に負けて知っていることを全て吐き、そこから毒されて“愉悦信者”になってしまった。
元の名前が不明だった為、遊黎は適当に“奴隷ちゃん”と呼んでいる。
「何で、心様と一緒に…。」
「“心”じゃありません!“居世”です!覚えるように!!」
「貴方達は私の寮で過ごすんだからぁ、仲良くしてよぉ〜?」
この二人の関係は、姫と兵士みたいなものらしい。
つまり今後、居世ちゃんが起点となって、何かが巻き起こる可能性がある。
どんな事が起きるのか、期待が高まってしまう。
この子達が私の寮で、出会った時の会話は今でも笑っちゃうなぁ。
『心様!?何で此処に!?』
『えっと、誰ですか?』
『知らないのも無理ないけどっ!ただのE.D.E.Nの一員だったから仕方ないけどっ!やっぱり悲しいよぉ!うえ〜ん!』
『な、泣かないで!い、今説明を…遊黎さん!』
私が駆け寄ると、膝から崩れ落ちて泣いている奴隷ちゃんとアワアワしている居世ちゃんが居たのだ。
こんな意味不明な状況だったのを、笑うなという方が無理だと思う。
そんなこんなで、二人と生活する事になってしまった。
「最初は服を選ぼうか。好きなだけ買っていいよぉ!」
「いいんですか!?」
「いいのいいの。お金は有り余ってるしねぇ。さ、じゃんじゃん買ってこぉ〜!」
「「お〜!」」
軽い足取りで服屋に向かう三人。
一方、時は遡り、休日の朝に目を覚ました紅蓮。
此処までは普通だった。
普通ではなかったのは、身体を起こすと隣に人が居る事だった。