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俺はテレビアニメの営業マン!

作者: ザキケン

「たしかに今は視聴率は伸び悩んでますが…内容はいいアニメなんです!タカシマさんも、ちょっとご覧になって下さい!」



「数字のとれない企画や番組は切る。それだけだ。」

白髪の60歳初頭くらいの綺麗な赤いスーツを着た男性が、腕組みして、手を突き出して首を横に振った。会社責任者のタカシマさんだ。



「それってうちらの会社の為ですか?数字がすべてではないでしょう!」

つい声が出た。大きかったのか、ガラスの向こうでパソコンにむかっていた社員達が俺の方を見た。



「ほう。数字がすべてではない、と?ふむ。」

タカシマさんはアゴをさすって考え込んでいるようだ。




テレビ会社の15階、オフィスのガラスの向こうの廊下にて、夕日が差し込む。




入社後初めて、上司に自分の意見が通った!




俺、思わずちょっと笑っちゃった。




「若けぇの静かにしろうるさいぞ」って語っていたけど。オフィスの連中の目線は…。




タカシマさんは、おほんと咳払いして聞いてきた。

「ではケン君、聞こう。この社会で数字を基準にしないなら、君はなにを基準に動くというのかね?」



「うっぐ」

息が…。


急な指摘に、俺は息が詰まった。



タカシマさんは、はぁ と溜息をついた。やれやれわからないか、といった感じで軽く腕を広げて

「最近のアニメなどじっくり見たくないね。当てにいきたいのかやたら数が多いからな。昭和の頃のアニメは大好きだったんだがな。他に娯楽も少なかったから。…あいつにとってもな。」

と言った。



うわぁ…マジレスっすかぁ…。頭のなかでうずまく渦。意識が遠のいていく。

てか俺、なんでこんな交渉してるんだっけ…。





話は、1週間前にさかのぼる…

今日も大学時代の友達のミツと居酒屋に飲みに行っていた。



「アイツ、ドジってうちのお袋にめっちゃ怒られやがってさ。

抜けてるったら、ありゃしないよなぁ。そういやケン、話変わるんだけど。

ちょっち聞いて欲しいことがあんだ。いいか?」

ミツは金髪のトゲトゲした頭の、赤いTシャツに黒いライダースーツを羽織った男だ。



「どした?」

俺は席について とりあえず生で と店員に伝えた。



ミツはスマホを取り出して見せてきた。

「実はさー、ウチの親父とじっちゃんが仲悪くてよォ。俺の親父、アニメ制作会社の代表やってんのよ。でこれその作品の動画なんだけど…。」



「あー。「暗黒騎士とあかい空」ね。勇者に立ちはだかる暗黒騎士がさ、作った装置で世界が1回滅びるやつ。あれいー話だよな。俺14話まで見た。」

俺は語りながら人差し指をミツに向けてクルクルしてみせた。



「でさ、じつは俺のじっちゃんがお前んとこのテレビ会社の責任者してるんだよ。で、このアニメを途中で打ち切ろうとしてんのよ。なんでも数字とれないとかなんとか言ってて。親父とじっちゃん、前々からそんなに仲良かった訳じゃないけど、親父の作品が世に出るのをじっちゃんが阻む…そんな親子の争いが始まるの、俺見てらんなくてさ。」



「なるほどなぁ。うーん。」

俺が考え込んでると、店員がジョッキをふたつ持って来た。



「テレビ会社の営業やってるケンならなにか道を見出せるんじゃないかと思って…。けど、無理には頼めねぇしな…」



「よ、よしミツ、その件は俺に任せろ。会社の問題も、親子の関係もなんとかしてやろーじゃないの。」




帰りの下りのエレベーターを前にして、やっと我に返った。

そんなとき、30代くらいの眼鏡をかけた髪をキチッと両分けにした黒いスーツの女性が小走りでやってきた。

「私、タカシマさんの秘書をやってるコマイという者です。先ほどは応接室が埋まっていて廊下での話し合いになってしまい申し訳ありません。行き先はどちらですか?押しますよ。」



「あ、どうも…3階です。」

そもそもお偉いさんじゃないからね、本来仕事してるのは建物のもっと根元(ねもと)んトコ。

エレベーターが開くと、俺はコマイさんにペコとお辞儀をした。



俺は思った。うまくいかなかったな…と。

ミツのじっちゃん、責任者怪獣タカシマンの意思は硬そうだと。

終わってみれば結構向こうの言いたい放題だった気もするぞ!

こうなったら営業のチカラを見せてやる。アニメの制作マンに直接会って、「テレビ会社とアニメ制作会社これからも仲良くしましょう、『暗黒騎士とあかい空』存続の為にも!」って言って下さいよ!って伝えてみよう。




「イヤですねぇ。そんなの。」



「へ!?」

やべ。マンガみたいに鼻水垂れた。んで、空中で止まった。



アニメ制作会社の応接室で、俺の目の前で面倒臭そうに頭をかくチリチリヘアーでぽっちゃりの40歳くらいの男性、代表兼ミツのとーちゃんのオオハシさんだ。


「私たちは、熱を注ぎ込んで作品を作っているんです。役割は果たしているじゃあないですか。それでいいじゃないですか、あなた。むしろ考えたくもないですね、アニメ作品を商品としてしか見ていないテレビ会社の連中のことなど。」



「誤解ですよ、それは…」

俺は、代表に食らいつこうとした。でも…



「分からんのですか?職人は作品が世界すべてなんです。私達にとっての世界は作品か、それ以外か。それを邪魔するなら、たとえ身内であっても……おほん。さぁ、これから製作作業ですから。このあたりで。」

そう言うと、オオハシさんは背を向けて応接室から出ていった。





「だみだったぁ…普通にバチバチだぁ…。」

気付けば俺は、いつもの居酒屋の椅子にダランともたれかかっていた。



「ケン、お疲れ様。なんか奢ろうか?」

ミツが水の入ったコップを両手に持って来た。



「じゃ鶏皮で。たくこんなとこで折れたくねぇよ…でもやる事やってこれだもんなぁ…。てか今気付いたんだけど、タカシマとオオハシ、なんで親子で苗字が違…」



「婿養子に行ったんだよ、親父。」

ミツは、ビックリするくらいスッとした雰囲気で答えた。



俺はテーブルにド〜ンと突っ伏した。

「あ''ーくそ俺がんばったのにィ?全然向こうに響かなかったんだけどー!?

もーやってらんねぇよ、どうすりゃあいいんだよぉ…。」



ミツは汲んできた水をちびちびと飲んでいた。

「ケン、誰か頼れる人は思い当たらない?」



「んー……ミツ?そういやお前、なんか親父とじっちゃんに言ってやれないのか?」



「エッ俺!?無理だよォ!2人とも普段は可愛がってくれたけど、仕事の話になると2人とも目付き変わって『部外者は仕事のことにはチャチを入れるな。』なんだもん。俺もう怖えよー。俺が親父やじぃちゃんに出来ることは銭湯誘うくらいだよ…。あとは旅行先を俺が決めて一緒行くくらいかな。」



「な、なるほど…銭湯か。2人とも仕事に介入されたくないところが似てるのは、流石親子。って感じだな…。なにかふたりを歩みよらせる方法は…。」





そのとき、俺のアタマにメガネの両分けの女性が思い浮かんだ。

「そうだ。あの人が居た。タカシマさんの秘書!ちょうど帰りのエレベーターんとこで会って来たんだ。あの人づてにお互いのこともっと仲良くしようぜって言って貰えないか聞いてみる、ってのはどうかな?」





次の日、俺は会社の12コ上の階を目指しエレベーターに飛び乗った。


俺はエレベーターの中で、下の階にくだるときはラクなのに、会社で上に向かうってのはなんともいえない息苦しさがあるなぁ、と思った。よくわかんねぇな。



エレベーターを降りると、ちょっとよい装飾の明かりの廊下に出た。お目当ての人はちょうど通りを歩いていた。コマイさんだ。

俺は、迷わずあたってみた。

「こんにちは。どうも、その節は。」



「あ、貴方は。またお会いしましたね。あいにく今日は、タカシマさんは予定が詰まっていまして、対応は…」

コマイさんは、手帳を見ながらそう言った。



「いえ、今日来たのは、コマイさんにお話があって。」



コマイさんは目を丸くした。

「え、私に?」



俺は、ことのいきさつを話した。



コマイさんはコクンとうなずいた。

「なるほど、事情はわかりました。ですが単刀直入に言わせてください。今回の件はお断りさせていただきたいと。というのも、私にも立場というものが御座います。ので、私は仕事の方針に口出しをしてタカシマさんの機嫌を損ねるというようなことはしたくはありません。

ですが、ケンさんの『自分で直接干渉せず他の者に行動を提案する』という発想はよいと思いました。ミツさんのお父さんとタカシマさんの件の解決、私もかげながら応援しております。」




会社からの帰り道、俺は悩みに明け暮れていた。


いい案だったと思うんだけどなぁ…。

どうやったら、お互いは歩み寄れる?



答えが出ないまま、時間だけ過ぎとるなぁ…。

なんか、疲れちゃったなぁ…。

「はぁ…。」




青信号まで変わるのを待っているとき、ふと人の行列が出来ているのが見えた。

先頭のほうを見ると、派手な衣装の人が載ってるポスターにまみれた黒い建物が。どうやらクラブハウスの中まで繋がっているようだ。


ということはこの行列はファンか。みんな推し活してんだなー。



ん?推し活…?




俺はスマホを取り出して電話をかけた。

「ミツ、それだ!推し活だ!」



『もしもし。は?』



「だーかーら!推しが集まるとこにミツのじっちゃんを連れて行くんだよ!再来週の休み、隣町の会館で「暗黒騎士とあかい空」のファンミーティングがたしか…そう!あるだろ、製作陣とファンの交流する場のやつ!

アニメ応援してる人の声を聞いたら、ミツのじっちゃんもあのアニメのこと、納得するかもしれねーじゃねーか!」

つい声が大になった。



『いいんじゃないか?でも、あー…その、じっちゃん相当カタブツだぞ?十中八九、ケンの誘いになんか乗ら…』



「だから!お前が誘うんだよ、旅行感覚で、じっちゃんを!現場まで連れて来てくれたら、あとは俺がなんとかする!どうだ?」




『…やってみる。なんとかなる、とは思う…。』






そしてファンミーティング当日は やってきた。


じりじりと陽が照りつける暑い日だった。



会館前でどぎまぎして待ってたときに、ミツがひとりでやってきたときは驚いた。が、タカシマさんが少しおくれて到着した。トイレに行っていたらしい。


「おはようございます、タカシマさん。今日は、宜しくお願いします!」



タカシマさんが、プイと向こうを向いて言った。

「あぁ。…あそこにちょっと並んでる人だかりが出来てるな。アレがアニメのファンか。」



ミツがタカシマさんの手を引いていく。

「そ。で俺たちは裏口からだ。行こうぜ、じっちゃん。」



会館の中は体育館のような広い空間の壁に赤いカーテンのような装飾が施されていて、長机が並べられていた。そこに沿うようにアニメの制作スタッフ達や声優が横一列に座っていた。アニメファン達は会場に敷き詰められるように並んで、握手したり熱く語ったりしていた。


「今日はもう来れて感激ですー!このあと、物品コーナーも行く予定です!」

「ハイ、大ファンで…あっ、ここにサインください!」




そんな制作スタッフ達の背後のほうで、タカシマさんはフン、と鼻をならす。

「なんだ。交流会と聞いていたからどんなものかと思ったが…ただのサイン会ではないか。」



なんか、やーなかんじ…。どど、どうしよ…。




不安で戸惑う俺をミツは黙って見てたけど、おい耳貸せ と俺に言ってきた。


そしたらヒソヒソ声で、こんなことを言ってきた。

「実はここだけの話、じっちゃん、今日相当緊張してるみたいなんだ。俺がちっちゃい頃に、せがんで遊園地とか旅館に一緒行ったことは何回もあるけどファンミーティングなんて今回が初めてだからなぁ。ここまで車で来る途中もなんか様子ヘンだったし。さっきトイレ長かったのも多分ソ・レ。」



そーなのか?俺だけじゃないのか。サンキュ、ミツ。だいぶ気が楽になったぜ!




制作スタッフと話しているアニメファンの中には、よく見ると親子連れの人が居る。お母さんと小学1、2年生くらいだろうか。


「いつも見てます!うちの子もどっぷりはまってて…。」



ミツがタカシマさんに声をかける。

「じっちゃんも、親父がちっちゃかった頃は、よく一緒にアニメ見てたって言ってたよなー。」



「あぁ、そうだな…。」




アニメファン達が、かわるがわる会話していく。


「暗黒騎士ってほんとワルな奴ですね!でもなんか憎めないんですよねー。」



「僕アニメーターなんですけど、戦闘のときのカメラワークすごいなぁっていつも思ってます。」



「あのアニメ見て、よしがんばろうってなれてます!」




タカシマさんは「すまんが、お手洗いに」とミツを連れて行ったっきり、戻ってこなかった。


どうしたんだ?一体。





その日、家に帰った俺にミツから連絡があった。結構な長文だった。



電話でも伝えたけど、先に帰っちゃってゴメンな!

今日のファンミーティングを見て、じっちゃんは考え方を変えたみたい!


今まで数字として見ていなかった視聴者にも、色んな考え方や好みがある。


何より、アニメが人に希望や活力を与えているものだとアタマではわかっていたが、いざ目の当たりにするとよいものだな。昔の自分と同じように、いずれはいい思い出となる時間をアニメと共に過ごしている人達が居るのか、だってさ。

今度の会議で、『暗黒騎士とあかい空』の打ち切りの提案を取り下げるって言ってた。ほんとにありがとうな。


あ、じっちゃんが「お友達が会社で調子に乗ったらすごく困るからこの事は内緒にしておくれ〜」って言ってたから、知らないことにしてな。スマンな〜!





別の日、このことを報告する為にオオハシさんに会いに行った。


アニメ制作会社の応接室で再会した彼は、とてもにこやかだった。

「あ、貴方ですか。ケンさん、前回は足を運んで下さったのに冷たい対応になってしまって申し訳ありませんでした。」



「アハハ…そんなことより、『暗黒騎士とあかい空』継続ですってね。おめでとうございます。」



「継続といっても、ちょっとの間、様子見ってレベルですけどね。あ、私の父の件、ミツからも聞きましたよ。その節はありがとうございました。

で、実は先日父から電話があって。


『この間ミツに誘われて、お前の作っているアニメのファンミーティングというものに行ってきてな。お前の作った作品も捨てた物ではない、ということらしいな。さまざまな人がお前のアニメを求めていた。もしできることなら昔アニメにうち込んでいたお前に「くだらない仕事」と言ってしまったことを取り消したいと思ってる。すまなかった。』って言ってて。」



「よかったですね。」

俺はほっとした。



オオハシさんは頭をかいて続けた。

「ちょっとの電話でしたけどね。いつか、また父とゆっくり語り合える日が来てほしいものです。

…お恥ずかしい話、実はというとテレビ会社の人間なんて皆同じ、作品の内容には目もくれない、父のような人間ばかりだと思ってたんです。でもケンさんが僕のアニメのファンで、存続の為にあちこち駆け回ってたってミツが話してて。

父は今回の件で考えが変わったと聞いたんですけど、僕も変わりました。」



俺は驚いた。

あぁ、それで、前会ったときあんなに…。



「ありがとうございました」と席を立とうとしたオオハシさんは

おおそうだ と言い、切り出した。

「ケンさんの期待には作品で応えます。もし何かあったら、またここに来てくださいよ。」





いつもの居酒屋で、ミツにこのことを話したんだが…。

俺の目の前には、焼き鳥が20本ほど。よりどりみどりだ。

「ミツ、いいのか?こんなに奢ってもらって。」



「いいよ。アニメの存続するし。それにじっちゃん、ケンに全然お礼言おうとしないんだもん。俺がこれくらいしないと…。」

呆れながらも、ミツはどこか嬉しそうだ。



「そっか。そいじゃ、遠慮なく。いっただきまーす。」




「あ、電話だ。ちょっち食べててな。すぐに…。」




ミツは、スマホを取り出した。

「もしもし。なんだ親父か、今いいとこなんだ。後にして…

え?うんうん…おい、それも!?親父、あのなぁ」




「ん?何だったんだ?」



「なんか、俺の親戚のおばちゃんとひいじいちゃんが仲悪いみたいなんだ。それも前みたいに配信サービスでやってるドラマが数字とれないってんで、打ち切りの件で。今度はさ、おばちゃんが配信サービス会社側で、ひいじいちゃんが監督やってるドラマ側の…。」



「は?」




「でさ…ケン、よかったらちょっと解決、頼めないか?」



  

「……。

ミツぅ〜〜??いい加減にしてくれ〜!!」

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