好奇心という名の過ち
人々は祭りで盛り上がり、街中に繰り出している。大道芸人が技を披露していたり、管弦楽団がアンサンブルを奏でていたり――いつもの静かな王都、ハンベルとはまるで雰囲気が違う。
何処かの国の女王が結婚式を挙げたとか、夜しか無かった街に朝が訪れたとか、そういう類の噂は風のように駆け抜け、去っていく。私たちの記憶には差程残らない。
それどころではないのだ。
自国に王子が生まれたのだから。
王子の誕生は千年振りだろうか。その間、王には世継ぎが生まれず、選挙で国王が選ばれる始末だった。それこそ、ノベルズ大陸の国々から王子や王女が挙って選挙に参加していた。
そんなイベントは、今後五十年は起こらないだろう。
「スカイ!」
後方から声を掛けられ、振り返る。そこには笑顔で手を振る親友のアスカが居た。紙吹雪の舞う風が、彼女の長い茶色の髪を撫でる。
「アスカ! やっほー!」
私も手を振り返し、彼女の元へと駆け寄った。
アスカは僅かに緊張を滲ませる。
「ねえ、王子様に会いに行こうよ!」
「えっ? 謁見なんて出来るの?」
アスカは首を横に振る。
「こっそり覗き見しに」
そんな事が許される訳が無い。発見されれば最悪、絞首刑だろう。
「私は嫌だよ。何年もしないうちに、お披露目されるだろうし」
「そんなの待ってられないもん。赤ちゃんなんて、直ぐに成長しちゃうんだから。双子とか三つ子だったら、余計にねー」
「何の冗談?」
私の質問などお構い無しに、アスカは指先で宙に渦を描き始める。
拙い――。思うよりも早く、身体は浮遊感に包まれた。
「ちょっ……アスカ! やだ!」
「完璧に油断してたでしょー」
アスカは意地悪く笑う。
私たちハンベルの住人は、必ず何かしらの魔法が使える。誰一人漏れず、全く違う魔法を、だ。
眼下に映る街並みはどんどん離れていく。
アスカ自身も宙に浮き、私を先導し始めた。
「時間を止めても無駄なんだからねー」
「止めたところで、これはどうにも出来ないでしょ。もう、私まだ死にたくないのに!」
「大丈夫だって!」
何処からそんな自信が湧いてくるのだろう。
空を飛ぶのは、いつまで経っても慣れる事は無い。足がざわつき、胸が鼓動を早める。スカートの中へ入ってくる風も嫌で仕方が無い。
たなびくスカートを両手で押え、溜め息を吐く。アスカの良いように城の一本塔へと近付いていくしか無かった。
「私の調べでは、あの一本塔に王子様が居るんだよね」
「それ、誰からの情報?」
「ん? 従兄弟のファイン」
ああ、やはりそうか。
ファインは城の衛兵を任されている。恐らく、私たちを見逃す段取りも整えたのだろう。
悪知恵が働くな、とアスカの後ろ姿を見遣った。
塔はぐんぐん近付いてくる。王妃が窓の外を見れば、私たちを発見してしまうのではないだろうか。
心配する私を他所に、アスカは振り返り、笑みを浮かべる。
「下から覗き込めば、大丈夫だと思うんだよね」
手招きをしつつ、窓の下手に回ったアスカは私を引き寄せる。
「あっ! いたいた! 私たちの王子様!」
「えっ?」
もう、此処まで来てしまっては後戻りは出来ない。する術も無い。もう自棄だ。
宙に浮いたまま、木枠に手を掛け、中を覗き込む。
王子はそこに居た。紅のドレスに身を包んだ王妃に抱かれた、清らかな純白を身に纏った王子様――。
小さく円な四つの青色の瞳に貫かれた瞬間、嫌な予感がした。アスカ以外の周囲の時を止める。
「アスカ」
「な、何?」
「私たち、此処で死ぬかも」
「えっ? な、何言ってんの?」
困惑した様子のアスカは私を食い入るように見詰める。
予感でしかない。それなのに、何処か確信がある。
「多分――」
答えようとした瞬間、時を止める魔法は破られた。そして、空を飛ぶ魔法も。
悲鳴を上げながら、アスカと二人で真っ逆さまに地上へと落下していく。まさに一瞬の出来後だった。
痛いと思う間もなく、身体は崩れ落ちた。
なんと、王子は双子だったのだ。恐らく、そのどちらかが魔法を解除する魔法を使用出来たのだろう。
双子の王子は厄災と言う名のイベントとして、この国に伝わっている。だから、国は王子のお披露目をしなかったのだろう。
その日のうちに、王都であるハンベルの街は火の渦に飲まれていった。正しく跡形もなく。
このイベントは、誰かの手で後世に残るのだろうか。私を含め、知る者は誰も居ない。