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櫻の森の満開の

作者: 齧井団子

 桜の美しいこの時期だけ、早朝、少し遠回りしていつもとは違う道を行く。近所の公園の桜並木を通って通勤するのがささやかな僕の楽しみだった。


 人のいない公園は気持ちがいい。桜全てを独り占めしているような錯覚を覚え僕は満足感と共に深呼吸をした。


 すると何か白いものが視界の端にちらりと映った。何だろう。桜の木の近くに何かがいる。まさかこんな早朝から幽霊なんて出ないだろう。そう思いながらも好奇心にかられその木に近寄ってみた。すると白い服を着た女性が立っていた。


 青褪めた顔で今にも倒れんばかりだ。


「あの、大丈夫ですか?」


 声を掛けると女性は人がいたことに気がつかなかったのか肩をビクリと震わせた。


「あ、ええ大丈夫です」


 女性は軽く会釈すると立ち去ろうとした。この人も桜を眺めていたのだろうか。


「桜、綺麗ですね」


 そんな言葉が自然に出た。女性は木を見上げ頷いた。


「ええ、本当に」


 それから女性はすぐ行ってしまった。僕も急がなければ。



 仕事を終え家に向かう。残業ですっかり遅くなってしまったがまた僕は遠回りして夜桜見物と洒落込んでいた。薄暗いが公園には疎らに街灯があり桜を薄ぼんやりと照らしている。


 夜の桜は妖しさがある。桜の木の下には……と書いたのは誰だっけ、とそんなことを思いながら仕事を忘れ歩いていく。


 何かが聞こえた。


 ザクッ ザクッ ザクッ


 なんの音だろう。灯りのない暗い方から変な音がする。やめておけばいいのに好奇心が抑えきれず近づいてしまった。相手に気づかれないよう少し遠くから伺うと誰かが地面をスコップで掘っているようだ。


 こんな夜遅くに何のため?

 あの小説の文章が頭に蘇る。


 ふとスコップの音が止まったことに気がついた。まずい、相手がこちらに気がついたようだ。白い服を着た存在がゆらりゆらりとゆっくりと近づいてくる。


 逃げなければ、と思うのに体が動かない。


「こんばんは」


 ひいっと悲鳴を上げようとしたが口からはカヒュッと息しか出なかった。目の前には白い服を着た女が立っていた。


「あら、怖がらせてしまいましたか?」


 スコップを持ったまま女は笑みを浮かべた。このままそのスコップで埋められて僕は桜の養分にされてしまうのだろうか。


「もしもーし、朝も会いましたよね?」

「あ……」


 そう言われて朝出会った人だと気がついた。


「驚かせてしまいましたね、すみません」

「いえ……。いや、びっくりしました」


 相手が言葉の通じる相手だとわかり少し安堵する。だがこんな時間にスコップを手にしているのだ、何かおかしい相手であることには変わりない。


「あの、何をされていたんですか?」


 すると女の表情が変わった。


「いえね、桜の木の下に埋まってるものを掘り返してたんです」


 聞かなければよかった。やはり関わり合いになってはいけない人だったのだ。


「せっかくだからあなたにもお見せしましょう」


 女はそう言ってついてくるよう促した。正直今すぐ帰りたかったが凶器を持った相手に何をされるかわからない。僕はおとなしく薄暗い桜の木の下へついていくしかなかった。


 夜の桜は妖しく美しい。その下には何が埋まっているのだろう。


「これ、見てください」


 てっきり白骨でも突き出されるのかと思ったが女が渡したのは薄汚れた数枚の紙だった。


「これは……答案用紙?」


 それは何かの答案用紙だった。数枚ある。どれも土に汚れている。国語、算数、理科、社会……。


「点数、見てください」


 言われるままに見てみると。


「2点?13点?こっちは0点」


 白い服の女は盛大なため息をついた。


「息子が勝手に埋めたんです。保護者会でテストを返したって聞いたのに息子ったら黙っていて」

「なるほど、それでここに埋めたと」

「本当に全く何を考えているのか。桜にもいい迷惑でしょ」

「確かに」

「明日は朝からオニババになるわ」


 そう言った女は言葉とは裏腹に少し笑みを浮かべていた。


「びっくりさせてごめんなさいね。夜遅いから気をつけて」

「はい、あなたも」


 そう言って僕は彼女と別れた。


 満開の桜の木の下には……。何が埋まっているかわからない。


 僕は愉快な気持ちになりながら、みつからなくてよかったなと安堵し帰路についた。

コメディにしようかホラーにしようか迷いホラーにしてみました。

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