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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

いくじなしのちゆ

作者: 芭野乃花


 エイド・オルレインが2年生になって受けた魔法適性判定は予想通りの結果となった。

 攻撃魔法の適性が飛び抜けて高く、資質的にも性格的にも回復魔法に向いているとは言い難い。

 適正に合った育成は大切で、適正のない魔法を学園側は勧めてこない。

 それでもエイドが、治癒魔法の専攻希望を変えなかったのは、怪我ばかりして一度は手足も失いかけた大切な存在のためであった。


 

 エイドの幼馴染ナルガ・ルーギスは2年かからずセラド魔法学園を卒業した天才で、現在は植物学の研究で世界各地を飛び回っている。

 背は高く、体格もエイドより一回り大きいため、実戦訓練の単位も難なく習得していたが、研究対象に集中すると身を守ることさえおろそかになるポンコツだった。


 植物採集の際、崖から落ちて意識不明に陥ったこともあれば、移動中に遭遇した魔獣からの攻撃で腹をえぐり取られたこともある。

 数えればきりがないくらい、怪我を負ってくる彼を心配しない日はない。

 毒の胞子で顔が腫れたくらいなら、もう驚かなくなったエイドだが、大事な人間が傷つくことに平気でいられるはずがなかった。


 植物採集や各地の調査はナルガの研究に欠かせないものであり、何を言っても止められないことは知っている。

 だから、勉強し研鑽し、エイドは彼を救える優秀な回復魔法士になれるように努力を重ねた。


『また、迷惑かけちゃってごめんね』


 本来は手触りが良い長い髪までは修復できなかったけれど、ひどい火傷は塞いで再生することが出来た。

 傷跡が目立たなくなるまでには時間を要するだろうが、エイドの魔法の精度は確実に上がっている。

 

 ナルガ本人は、自分の魅力をいまいちわかっていないようだが、ぼんやりしていても物憂げに見られる顔立ちは後輩たちからも愛されている。

 青の濃淡が美しい流れる髪も皆の鑑賞対象だった。

 彼の一部が失われたと知ったら、後輩たちもショックだろう。


 無傷で戻ってきてくれるのが一番だが、頼ってもらえる存在になれたのは誇らしかった。

 彼が自分を頼りにしてくれる。努力が報われた気がしてエイドは嬉しかった。


『情けないよねぇ。いつもこんなで』


 力なく笑うナルガの表情と声が愛しい。


『無茶すんなよ。転移搬送してくれる術者が宿屋にいたのがラッキーだったな。毎回毎回、間に合うと楽観すんなよ?』


 うるさく言いたくないのに、つい咎めるような口調になってしまうのは積み重なった恋心ゆえだ。


「行くな」

「オレも連れて行け」


 素直にそう伝えれたらいいのに、ナルガにとって研究は人生のすべてだと知っているから口にはしない。

 心配は出来ても、抱きしめてワガママを言う権利があるのは恋人だけだ。

 理解者でありたいのに、彼の生き方を全肯定できないから自己嫌悪に陥ったりもする。


 エイドの態度があからさますぎるのか、周りもこの恋を応援してくれるようになったのに、2人の間にはまるで進展がない。

 そもそも一緒にいられる時間は短いし、ナルガは学園に戻ってきても多忙の身だ。


 今度こそと決意して誘った食事は、研究の成果を楽しげに語る幼馴染のペースを崩せず終わった。

 今夜は冷えるなとわざとらしく身体を寄せたら、遮断魔法で風よけをされてしまった。

 回復魔法課程を選んでいても基礎的な魔法は2年に進級する前に叩き込まれている。

 飛び級で卒業したナルガはそれを知らないだけなのだろうが、彼の魔法に包まれるのは幸せだった。


 日の当たる場所に赴くせいで焼けた肌、山を歩き回ったせいで鍛えられた身体。

 書庫に入りびたっていたおとなしい少年の印象はなくなってしまったのに、エイドにとってはあの頃と変わらない。

 頭が良くて色んなことを知っていて、好きなことに夢中になると時間を忘れて没頭する。

 構ってくれなくてもその様子を見ているだけで、何だか胸がぽかぽかして満たされる。

 恋を自覚するまでに少し時間はかかったが、たぶん出会った頃からナルガに惹かれていた。



 そんな特別な存在が大粒の涙をこぼして自分に懇願している。

 エイドはその望みを何としてでも叶えてやりたいのに、手遅れなのもわかっていた。


 はじめはちょっとした違和感。

 その後、呼吸がうまく出来なくなり、自分の身体の機能が何かおかしいと気付いた。

 止まらない咳、体力の衰え。

 具合の悪さは日々ひどくなる。

 けれど、卒業研究が終わるまでは持ちこたえられるだろうと自分を過信してしまった。

 睡眠不足や栄養不足でちょっと体調がおかしいだけなのだと自分をごまかした罰なのだろう。

 寮のベッドから起き上がれなくなったエイドに友人が気づいてくれたのは幸いだった。


 回復魔法士は主に傷を癒し、人が持つ生命力を増幅させる。けれど、万能ではない。

 進行性のいくつかの病気には気休め程度の痛み止め程度にしか回復魔法は機能しない。


 食事もとれずやつれた姿など見せたくなかったのに、入浴する体力もないベットの上の自分を薄青の綺麗な瞳が見つめている。

 名前を呼んで応えたいのに、エイドの喉はもう言葉を発することを拒否していた。


 玉砕覚悟で気持ちを伝えておけば良かった。

 手紙くらい書いておけば良かったのにと悔やんでも遅い。

 踏み出す勇気がなくて、現状維持で満足して恋を叶える努力をしなかったのだから自業自得だ。

 けれど、涙をたたえる美しい瞳に自分だけが映っているのは悪くない。

 書物や植物採集に夢中になって、一緒にいるエイドの存在を忘れることも多々あった。

 得意分野の話になるとこちらの反応も確かめず長々と語りだすところも嫌いじゃない。


『エイドが正装して踊るところ見てみたいよ。今年は間に合うように帰ってこれると思う!』


 年に一度行われる学内でのダンスパーティーへは全員が参加する。

 格式張ったところはない賑やかな宴の目的は学生たちの交流である。

 楽団やゲストも招かれ、盛大に執り行われるパーティーにはいくつかのロマンチックな伝説がある。

 パートナーを伴う必要はなく、踊らなくても問題はないのだが、ラストの一曲に誘った相手とは縁が続くと言うのもそのひとつだ。

 いつからそう言われるようになったかは定かではないが、学園中の誰もがこの伝説を知っている。

 

 もしナルガがその場にいてくれるのなら、声をかけてみようか。

 長年の思いを打ち明けてみよう。

 そんなことを思い描いていたのに、学業への復帰さえできそうにない。


 ナルガは恋愛に興味がなさそうだから。

 忙しそうだから。

 今じゃなくてもいいと先延ばしにしていたツケが回ってくる。

 それぞれにやるべきことがあるからなんて、言い訳にすぎない。

 押しかけてこちらから迫らなければ関係が変わることなんてなかったのに。

 ぎゅっと握られた手はかさついているだろう。

 もっと違うシチュエーションなら良かったのと笑おうとしても表情筋は言うことを聞いてくれない。


「僕はエイドに助けてもらってばかりだ。昔からずっと。キミがいてくれたから、僕は自分の道を迷わず進んでこられた」


 そんな大層なことをした覚えはない。潤んだ瞳が宝石のようで見惚れてしまう。

 学園に美形はいくらでもいるが、エイドにとっての一番はいつだってナルガだった。


「ラストのっ……、ダン……うっ」


 泣いて言葉を詰まらせたナルガと喋れる状況にないエイドでは会話が成立しない。

 推理が必要なセリフはやめてくれと思いながら、エイドは目を閉じた。

 これほど悲しんでくれるのなら、まるっきり脈がないわけでもないのだろう。


「ぃ、いおうと……おもっ、……だからヒアルシの花を……うぅ」


 ヒアルシは【約束】という花言葉を持ち、布を巻いて作ったような花弁を持つ花である。

 花言葉に詳しくはないエイドでも知っているのは求婚や結婚式の際に多用されているからだ。

 白は誠実。赤なら情熱。束ねられる数でまた違った意味を持つとも言われている。

 ヒアルシの花とともに告げる言葉は真実でなくてはならない。

 物語の中でもそう設定される特別な花の名前がエイドの意識を覚醒させた。


「ここで、決めなきゃダメだって……、おも……って。僕に、とっては……ねぇ」


 ぐずぐずと鼻をすすって泣いているナルガの言葉を総合するとエイドに求愛する気だったと言うことだろうか。

 都合の良い勘違いであってはならないと情報を精査したけれど、聞き取れた単語を並べ直すと答えはひとつしかない。


 は? じゃあ俺たち相思相愛だったってことか!?


 明かされた事実に戸惑いはしても、無駄にすれ違ったいた日々を思い返すと腹が立ってくる。

 人生の折り返し地点まではまだ長いが、想いあっているのなら、少しでも早く幸せを享受した方が楽しいに決まっている。

 自分のぐだぐだは棚に上げて、恋をしている素振りさえ見せてくれなかったナルガに文句のひとつも言ってやりたい。

 舌打ちをしてしまっても仕方ないだろう。


「え? エイド、いま……」


 反応があったことに驚いたナルガが勢いよく椅子から立ち上がる。ガタンと後ろにひっくり返った椅子が壁に衝突した。

 大げさなヤツ……。

 あきれていると長い腕を大きく上に振り上げてナルガは歓喜の声をあげる。


「やった! 僕の調合、ヤバいくらい完璧ィ!」


 きいっという音と共にドアが開き、入ってきた医師らしき男性が冷ややかに告げた。


「アンタの薬がなくても静養してりゃ治りますよ。単なる貧血と疲労なんですから。はいはい、病室ではお静かにね」

「そこは愛のチカラだねとか、少しはノッてくださいよ」

「滋養強壮薬はアンタに投与しなさい。名医の私の見立てではこの患者に足りないのは愛情の確認行為だろうね。恋人なら満足してもらえるくらい注いであげなさい。あ、もちろん体調が回復してからね」


 あけすけな言葉に耐性がないナルガの顔は真っ赤になる。

 まだ恋人ではないですとか、いきなり盛ったりしたくないとか弁解している様子が面白くて、エイドは静観した。

 



 回復魔法は万能ではない。

 エイドがどんなに努力を続けてもナルガを必ず助けられるかは賭けのようなものだ。

 賢いくせにエイドの気持ちにも長年気づかなかったポンコツには何度言い聞かせても無駄かもしれない。

 それでもエイドは祈りを込めて魔法を紡ぐ。

 大好きなナルガが痛い思いをしないように。少しでも傷が癒えるように。

 回復魔法の礎は愛だと誰かが言った。


 塞がった傷跡に唇を寄せて、エイドはまだこの世界にはなく、まじないでしかない新たな魔法を唱えた。

 送り出す恋人が明日も無事でいられますようにと願いをこめて。

 

 


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