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第7話 三浦蓮

 「あれ、三森さん早いね」




 私の視線に気づいた三浦蓮がこっちを振り返った。かなり長い時間練習をしていたのか、髪の毛は汗で濡れている。




 「どうして練習してるんですか?」


 「どうしてって?」


 「新曲、もう完璧に踊れますよね?」


 「もちろん」




 小さな子どもに向けるような優しい笑顔で、ふふっと彼は笑った。




 「でも、もっとかっこよく踊れたら、みんな喜んでくれると思うんだ」




 彼の顔が輝く。比喩じゃなくて、本当に輝いた。休む暇のないスケジュールで疲れているはずなのに、自主練をして、しがないマネージャーにまで笑顔を向けてくれる。


 でもよく見てみると、目の下にクマが出来ている。仕事中は化粧をしているから目立たなかったけど、かなり深いクマのようだった。




 「クマ、いつからですか?」


 「あ、わかっちゃう?恥ずかしいな」




 さっきと似た優しい笑顔だが、少し寂しそうな表情にも見える。




 「デビューした時からかな?そんなに疲れてないはずなんだけど、どうしてか消えないんだよね。でも、元気だから心配しないでね」




 三浦蓮は「プラネット・ファイブ」の最年長で、その性格もお兄ちゃん的存在である。メンバーから頼られているだけではなく、プロデューサーやスタッフからも信頼されており、度々相談役を買って出ていた。その分、彼自身の負担も大きく、歌やダンスの練習時間が少ないことも知っていた。才能があってなんでもすぐに覚えてしまうからすごいと思っていたけど、それでも努力を惜しまずにやっていたことを初めて知った。


 あのクマからみて、睡眠時間もあまり取れていないんだろう。




 「三浦さん、お言葉なんですけど…」


 「ん?」


 「もう少し寝たほうがいいと思います。新曲の練習だって、コンサートまでは時間があるし、何よりもう既に習得しています。無理して練習するよりも、今は体を休めるのが先決だと思います」




 新人の分際で、言い過ぎたと思った。でも、ファンの気持ちは前世の経験でよくわかっている。無理してまで推しに頑張ってほしいなんて、誰も思わないはずだ。




 「三森さん、ちょっとこっち来て」




 三浦蓮は私に手招きをして、スタジオの一面に貼られた鏡の壁に誘った。壁にもたれかかりながら座ったので、私もそれに倣う。




 「僕さ、今ファッションの勉強してるんだ」


 「え?」




 初耳だった。




 「昔から服とかアクセサリーとか好きで、最初にアイドルになろうと思ったのも、僕が一番かっこいいと思っているスタイルをしていたからなんだよね。それで独学で勉強して、スタイリストさんとかにも話聞いたりして、結構自分のファッションに自信を持てるようになった」




 確かに、三浦蓮のファッションはかなり洗練されている。グループのイメージを守りつつ、センスが頭一つ抜けるような着こなしをしている。ファッションに合わせて体作りもしている印象だ。




 「そうしたらね、ある時気がついたことがあって。僕らのライブに来てくれたファンの子たちを見たら、彼女たちもすごくおしゃれをしてきてくれてた。僕の好きな色とかも意識しながら、最高の姿で会いに来てくれてた。すごく可愛いなって思って、自分の手でもっと可愛くしてあげたいなって思ったんだ。だから今、ファンの子たちに着てもらうためのファッションの勉強をしてる。だから、ダンスとか歌は体に染みつくまで練習して、勉強時間をもっと作りたいんだ」




 愛しい女性を思っているような笑顔で、またふふっと笑った。




 「すみません、わかったような口をきいてしまって…」


 「あ、そんなつもりで言ったんじゃないから、気にしないで」




 笑顔のままだが、少し焦ったような表情になる。本当に優しいんだな…


 彼のマネージャーとして、やらなければならないことがあると思った。




 「三浦さん、スケジュール調整させてください」


 「え?」


 「勉強時間確保できるようにしますから。三浦さんの思いはわかりましたけど、やっぱり睡眠時間は譲れません。少し時間かかるかもしれないですけど、稼働時間減らします」


 「いや、でも仕事だから…」


 「三浦さんの仕事は、アイドルです。ファンの子たちのために働いてます。万が一倒れたりなんかして、ファンを悲しませるようなことはしないでください」




 少し考えているようだったけど、ゆっくり頷いた。




 「じゃあ、インタビュー時間も近づいてるので、準備してきます。あ、これ、よかったら食べてください」




 立ち上がって、彼の方を振り返る。仕事の合間に食べようと思ってポケットに入れていたチョコレートを差し出そうとしたとき、彼の手はチョコレートではなく私の手を掴んでいた。




…え?

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