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第1話 誕生日

”みさとちゃん おたんじょうびおめでとう”




 楕円形の薄いチョコレートに書かれた文字を見つめて、「28歳の」と心の中で呟く。


 今しがたケーキを手渡してくれた店員さんは、きっと私の子どもへの誕生日ケーキを用意したのだと予想しているだろう。ピンクや赤のリボンで装飾されたケーキは、いかにも小さな女の子のためにと考えられた商品に見える。その装飾が特別好きなわけでもなかったが、やはり「誰かのため」にオーダーしたと店員さんに思われたくて選んだ。


 この直径14cmの可愛らしいケーキは、これから一人で平らげる予定だ。




 家に帰ってすぐにスマートフォンでYouTubeを開く。


 「サテライト 誕生日 おめでとうメッセージ」と検索して、出てきた候補からできるだけ長い尺の動画をタップする。彼らがファンに対して「お誕生日おめでとう」と言っている過去の動画の切り抜きが次々と流れてくる。


 朝そのままにしていたマグカップにスマートフォンを立てかけて、ケーキを箱から丁寧に出して、付属のフォークを突き刺した。




 ”サテライト”は私が社会人になってから初めて応援をした7人組の男性アイドルグループだ。私は特に、秋月颯太、通称そーたんを推している。他のメンバーと比べて一見あまり目立たない方だが、コンサートの企画や曲の作詞をしていたりして、ファンの間では影の大黒柱として有名である。彼の作詞した曲を聴いてから、サテライトは私のすべてになった。




「お誕生日おめでとう」




 スマートフォンの中のそーたんに小さく「ありがとう」と呟く。黒髪に交じる緑色の髪の毛が、色白の肌に似合っている。彼と同じ色にしたくて、半年前に私も緑のインナーカラーを入れた。鏡を見るのが好きになった。




 サテライトは、私が応援していた頃から大きく成長して、国民的アイドルになった。今では他のアジア各国やアメリカにも進出をしている。


 国内での活動は少なくなって寂しいが、メンバーが交代でライブ配信をしてくれるようになり、それはそれで嬉しい。


 そういえば、昨日の配信では珍しくメンバー全員が集まって、重大発表をしていた。来年のワールドカップの開会式に出演するらしい。日本人が世界的イベントの演者に選ばれるなんて、きっとすごいことなんだろう。彼らなら世界征服も夢じゃないなぁ、と思う。




 ケーキを平らげた頃には、もう12時を過ぎて私の誕生日は終わっていた。


 数人から届いていたお祝いメッセージには明日のお昼休みにまとめて返そう。それよりも残っている作業を終わらせなければ、明日を迎えることはできない。これから取り掛かれば3時頃には終わるだろうか。




 彼らも頑張っているから、私も頑張ろう。今年のクリスマスライブには休めるように、頑張って働くんだ。去年も一昨年も行けなかったけど、今年はなんだか行ける気がする。私、頑張ってるもん。




 PCを開いて、秋葉原に新しくオープンする施設のPR企画のアイデアをまとめていく。


 広告代理店で働き始めて知ったのは、「クリエイティブ」が必要とされるのはほんの1%だけだということ。残りの99%は、調整と事務。別にクリエイティブな仕事がしたくて入社したわけでもないけれど、企画は結局「過去の産物」とどれだけうまく使いまわせるかになる。とにかく前例や成功例を探して、それをきれいに企画書にまとめることの繰り返し。経験を積むにしたがって仕事量も増えてきて、今では実質週7勤務している。同じことの繰り返しを、繰り返し続けている。


 本当は私以外の人もできる仕事なんだ。代わりはいくらでもいる。




 サテライトのことが再び頭に浮かぶ。彼らには、代わりがいない。だからきっと、彼らの言葉には世界を変える力がある。


 世界征服だって、きっと夢じゃない…




 意識が遠くなっていくのを感じる。PCの画面がぼやけてきた。


 これはまずいぞ。今寝てしまったら、明日の会議までに間に合わない。しっかりしろ、みさと。




 そーたんの声が遠くに聞こえる。




「お誕生日おめでとう」

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