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山肌の家  作者: 梨花むす
7/12

7 家

(変な造りだなあ)


 大きく左右にうねる小道を、桐人の後ろから息を切らせて上りながら、朝葵は思った。 家までの道を隠しているかのように、入り口は木々が(かぶ)さるままにしているし、道自体は蛇腹のように妙に曲がりくねっている。まるで、家に人が入ってくるのを拒んでいるようだった。

 

 そのくせ、階段の敷石は比較的新しくて崩れたところはなく、木の葉もきちんと掃き落とされていた。あたりは少しずつ暗さを増しつつあったが、道に沿って置かれた石灯籠には灯りが入れられていて、歩くのには困らなかった。


(お手伝いさんとかがいるのかな)

 

 八緒がひとりで、これらの仕事をしているわけではないだろう。家を手入れする人間が、他にいるに違いない。その人が普通の人であれば、朝葵はいくぶん安心できるのだが。

 

 朝葵たちがさらに進むと、山の斜面に広がる、石積みの擁壁(ようへき)が目前に現れた。顔を上げ、「もうすぐだな」と桐人が言った。


(ここが……)


 その擁壁は、山肌を穿つように造られた、大きな家の一部だった。

 

 朝葵の背の二倍はあるかと思われる擁壁は、上に行くに従って白い塗壁となり、さらに上には年代物の瓦屋根が張り出している。朝葵が下から見たのは、おそらくその屋根の端だったのだろう。


「すごいお屋敷ですね。お城みたい……」

「ああ」


 白壁には格子のはまった窓が並び、うっすらとした明かりが透けていた。桐人は、ふと足を止めて窓のほうを見やったが、わずかに眉をひそめたかと思うと、すぐに顔を戻した。


(ん?)


 その仕草が少し気になったものの、桐人が何も言わないので、朝葵はその後ろを歩き続けた。

 道は、擁壁に沿って続いていた。古い擁壁は苔むし、黒ずんだ石の隙間からは涎のように水が垂れ、ぬらぬらとした表面は粘膜のようで、まるでそこに巨大な生き物がいるかのような気がして、朝葵は思わず壁から身体を離した。


 擁壁の終わりとともに、道は左へと大きく折れ曲がって、急な傾斜の階段となった。蛇が頭をもたげたような、その階段を上りきると、屋根のついた大きな門が現れた。


(やっと、着いたあ)


 朝葵がほっとして、息を吐いたとき、


 ぎい……。


「ひえっ」


 古びた木の扉が、重苦しい音を立てながら、ゆっくりと両側に開き始めた。驚いた朝葵の目には、扉の隙間の薄暗がりに、ぼんやりと何かが浮かんでいるのが見えた。


「ようこそ、我が家へ」


 浮かんでいるように見えたのは、玄関の前で艶然と微笑む八緒の顔だった。黒いワンピースに包まれた身体は薄暗がりに溶け、八緒の白い顔だけが、石灯籠の灯りにゆらめいていた。

 

(あ、あれ?)

 

 八緒は、独りきりだった。両開きの門扉を開けた人間は、どこにいるのだろう。八緒は涼しい顔をしていて、動いたようすもない。朝葵がきょろきょろとまわりを確かめている中、桐人は苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。


「待っていたわ。さあ、どうぞ中へ」


 と、八緒が細く白い手をひらめかせ、朝葵たちを手招きした。朝葵と桐人が門の中に入ると、扉はきしむような音を立てながら、勝手に閉まっていった。



 


(はあ……、気が重いなあ)

 

 朝葵は泣きそうな気持ちで、家の中へと足を踏み入れた。家の中には電気が点けられており、外のような暗さはなかったが、


(やっぱり……)


 視線だけは強く感じた。監視カメラを常時向けられているような、いやな圧迫感があった。

 八緒は誰を呼ぶこともなく、朝葵たちが靴を脱いで上がると、満足そうに笑った。玄関を入ってすぐは壁になっており、左右へと板張りの廊下が伸びていた。

 

「まずは、お部屋に案内するわね」

 

 左へと進み、八緒の後ろをついて迷路のような回廊を歩いて行くと、やがて、まっすぐに長く伸びた廊下に出た。外に面したガラス窓には格子がはまり、その形に朝葵は見覚えがあった。


(あ、これ、外から見えたところか)


 ここはおそらく、擁壁の上に位置している部分なのだろう。廊下の内側には柱と中央に格子のはまった板戸がずらりと並び、いくつもの座敷が続いているようであった。八緒は半ばで立ち止まると、戸のひとつを開けた。


「朝葵さんはここよ」


 中は6畳くらいの座敷になっており、電気が点けられて明るくなっていた。

 

「すみません、ありがとうございます」

「久万くんは、朝葵さんの隣のここを使ってね」

「……ありがとうございます」


 朝葵がぺこりと頭を下げると、桐人も軽く頭を下げ、畳の上に荷物を置いた。朝葵も荷物を降ろすと、水と食料で重くなったリュックは、どさりと重い音を立てた。

  

「うふふ。道が長いから、お荷物も重かったでしょう」

「はあ……、確かに長かったですね」

「お茶でも……、と言いたいところなのだけど、あなたたちはどうせ飲まないわね」

「えっ……」


 朝葵が驚いて声を出すと、八緒は、くすくすとおかしそうに笑った。怒るでもなく、すでに承知のことといった様子であった。


「ふふ、仕方ないわ。でも今夜は2人とも、お話くらいは付き合ってくださるでしょう? お食事が終わったら、また呼びにくるわ」


 八緒は、洗面所などの場所を朝葵たちに伝えると、自分の部屋に戻ると言って、さらに奥の方へと歩いて行った。八緒の足音が消えると、桐人が口を開いた。


「とりあえず、食事にするか」

「……はい」


 朝葵たちの部屋は、大きな座敷を(ふすま)でいくつかに区切ったもので、桐人と朝葵の座敷の間も、(らん)()と4枚の襖があるきりだった。朝葵たちはお互いの部屋の間の襖を開け、食事を始めた。

 

(ここで、一晩過ごすのかあ……)


 朝葵は、持ってきたおにぎりをほおばりながら思った。

 

 6畳の座敷は、旅館とは違って床の間も押し入れもなく、座卓もない。一組の布団と小さな照明が、端にぽんと置かれてあるだけだった。


(隣は、暗いし……)

 

 それぞれの座敷の隅に電灯のスイッチがあり、朝葵と桐人の座敷だけが明るくしてあった。桐人の座敷との間だけでなく、もう一方の座敷との間も欄間と襖があるばかりだ。座敷を隔てる透かし彫りの欄間が、向こう側の暗闇を切り取っていた。


(この障子が、一番嫌かも)

 

 奧は障子戸となっており、その外もまた廊下になっているらしい。入ってきた板戸が擁壁の方なら、奧の廊下は山の方という位置関係になるだろう。

 今は廊下に明かりが点いていないから、座敷の照明が明るく反射し、障子紙は真っ白だ。しかし、照明が落ちてしまったら……。月明かりで、見たくもない影が浮かび上がりはしないだろうか。

 

(早く帰りたい……)

 

 今もなお、何者かの視線を感じる。朝葵はじわりと泣きそうになったが、桐人を見て、なんとかこらえた。

 桐人は、黙々と食事をとっている。桐人だって、ここにいる義理はなかったのだ。自分が巻き込んだ桐人を差し置いて、朝葵が泣くわけにはいかなかった。

 朝葵は、おにぎりをリュックからもう一つ取り出して、思い切りかぶりついた。


 

 朝葵たちが、持ってきた食事を食べ終わったころには、外はすっかり暗くなっていた。片付けをしていると、すっと板戸の格子に人影が映るのが見えた。

 朝葵はびくりとしたが、戸の向こうからの声で、それが八緒だとわかった。


「朝葵さん、久万くん、もうよろしいかしら。出てきていただける?」

「あ、はいっ」


 朝葵が戸を開け、慌てて廊下に出ると、桐人も自分のほうの戸を開けて出てきた。朝葵が戸を閉めたとき、座敷の間の襖が閉まっているのに気づいた。桐人が閉めてくれたのだろう。

 朝葵は桐人のそばに寄り、「襖、すみませんでした」と言った。桐人は、「ああ」と素っ気なく答えたかと思うと、視線は合わせず、


「約束だけはするなよ」


 と、小さな声でぼそっと言った。何のことかと朝葵が聞き返す間もなく、八緒の声が響いた。 

 

「せっかくですから、椅子のあるところでお話ししましょう。応接間にご案内するわ」


 八緒はまた朝葵たちに向かって、ひらひらと手招きをした。薄暗い廊下での八緒の唇の色は、普段のローズレッドよりもずっと濃くなっていた。

ここまでお読みいただいてありがとうございます。次のお話も、引き続き楽しんでいただければ幸いです。

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