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山肌の家  作者: 梨花むす
6/12

6 車

「人が、消えた……?」


 料金所を抜けると、めまいのするようなカーブを描いて、道路は下へと向かっていった。


「俺と同じ学年に、彼女と親しくしていた子がいたんだ。それが、去年の夏休み明けに突然学校に来なくなった」


(叶が言っていた……)


 ――でも前に、仲のいい人はいたんだって。うちの学部の1つ上の先輩で、女の人

 ――夏休み明けから突然大学に来なくなって、それっきり


「なにか理由があって、大学をやめただけではないんですか」

「いや、どうも失踪したらしい」

「失踪!?」


 朝葵は、慣性で身体を引っ張られながらも、桐人に尋ねた。


「もしかして……、その人、私と同じような髪型の女の人ですか?」

「知っているのか?」

「いえ……、友達がちょっと話を聞いただけです。先輩は、その人と親しかったんですか」

「いや、別にそういうわけじゃない。ただ、偶然話を聞いてしまったんだ」

「話を……?」

「ああ、去年の夏、その子と越名さんが話をしていたところを、たまたま俺が通りかかったんだ。そのときに聞こえたのが、越名さんの『実家に』っていう言葉だった」


(実家に……)


 失踪したその女性も、八緒から実家に来るよう誘われていたのか。


「その人も誘われていたんですね」

「そうだったんだろうな。でも、立ち聞きする気もないし、その子は乗り気みたいに見えたから、別に気にならなかった。その子が夏休み明けに学校に来なくなっても、関係があるとも思ってなかった」


 それはそうだろう。仲のよい者どうしであれば、実家に誘うのは不自然な話ではないし、普通は退学と結びつけて考えるわけがない。

 八緒たちのそばを、一瞥だけして通り過ぎていく桐人が想像できた。


「それからずっと忘れていたんだが、この間、渡り廊下で君たちが話しているのを見て、急に思い出したんだ。それで、お節介かとは思ったんだが、つい口を出してしまった」

「いえ、そんな」

「それに、君はゼミ見学のときに越名さんを怖がっていたし、遠目にもあきらかに腰が引けていたからな」


 桐人は、ゼミ見学のときのことを覚えているようだった。


「私、あきらかでしたか」

「まあな。……最終的に俺が行くことになるとは、さすがに思ってなかったが」

「その節は、大変申し訳ありません」

「いまさらだろ」


 朝葵が肩をすくめ、今日何度目かの頭を下げると、桐人はふふっと笑った。その表情はあまりに屈託なくて、ほんとうに他意のないように見えた。


「まあ、それで、俺なりにいろいろ調べたんだ。君の言うとおり、仲良くなるだけなら大学でもできる。越名さんの目的は、君と交流を深めたいというよりは、君を実家に呼び出すことのようだったし、だったら、彼女の家になにかあるのかと思ったんだ」

「なるほど……」

「結局わかったのは、『憑きもの筋』のことくらいだったが……。そこから人に相談して、いくつかアドバイスをもらったんだ。食事のことは、そのうちの一つだ」


(さっき言った、『詳しい人』のことか)


 その人は誰なのだろうと、朝葵は思ったが、桐人はこれ以上話したくないのか、そのまま黙ってしまった。こうなると、取りつく島もない。朝葵はあきらめて口を閉じ、窓の外へと目を向けた。

 高速を降りてからは、田舎道が続いていた。朝葵は、田畑の間にぽつりぽつりと建つ民家を見ながら、八緒が自分を呼んだ目的について考え始めた。


(前の人は消えてしまった……)


 失踪と、八緒の実家との関連はわからない。でも、もし関連があったらどうか。

 もし、その人が八緒に呼び出された後に姿を消したのなら、八緒の家から無事に帰ってこられなかったということではないのか。

 ならば、今から同じ場所に向かう自分たちも、同じ運命が待っているのではないだろうか。そこまで考え、朝葵は、軽く身震いをした。


 しかし、桐人はともかく、朝葵はこれまでに八緒との接点はない。なぜか気に入られたらしいが、どうして気に入られたのかもわからない。そんな関係の薄い朝葵を呼んで、八緒はいったい何をするつもりなのだろうか。


 ――ね、私、あなたと一緒に過ごしたいの


 ……あれは、どういう意味なのだろう。


「……なんで、私なのかな」

「え?」


 朝葵が思わず口にしてしまった疑問が、桐人にも聞こえてしまったようだった。


「あ、すみません。ちょっと、色々考えてて……。いや、なんで私だったのかなって思って」

「ああ……、そのことか」

「どこかで出会ったことはあったのかもしれませんけど、ほんとに越名先輩と話したのは、あのときが初めてで」

「そう言ってたな」

「目をつけられた……って言い方はよくないんでしょうけど、私からしたらそんな感じなんです。でも、心当たりがなくて」

「…………」

「なんなんでしょうね?」


 朝葵は首を傾げ、こぼすように言った。特に答えを期待していたわけではなかったが、桐人からは意外な答えが返ってきた。


「……君はこれまで、男性と付き合ったことはあるか」

「はい?」


 桐人の、急にプライベートに突っ込んだ質問に、朝葵は驚いてしまった。動揺を隠すように、できるだけ明るい声で朝葵は答えた。


「もう、いきなりなんですか。やだなあ。……悲しいことに、確かにこれまで一人もいませんが」

「その、まあ……、それがおおまかな理由だと思う」


 桐人は、口ごもりながら言った。


(どういうこと?)


 さすがに意味がわからず、朝葵は桐人の方を見たが、桐人は目を合わせようとしなかった。


「え、もしかして、暇そうだし、文句を言う彼氏もいなさそうってことですか……」

「いや、そういうわけじゃ……」

「うう……、見た目にわかるもんなんですね。悲しいなあ」


 朝葵は、がっくりとうなだれた。桐人が何か言おうと口を開いたようだったが、何を言ってもフォローにならないことに気づいたのか、そのまま口を閉じた。


 そうしているうちに、民家は次第に姿を消し、車は日が陰るに従って存在感を増した、暗緑色の山々の方へと進んでいた。


「……うす暗くなってきましたね」

「ああ、もう少しで着く。予定通り、日が暮れる前には着きそうだな」


 朝葵が時計を見ると、18時27分だった。あと少しで、とうとう八緒の家に到着するのだ。朝葵の胸は、緊張感できゅっと痛んだ。

 桐人は、少し朝葵の方に視線を向けると言った。


「君には、納得のいかないことがたくさんあるだろう。ただ、とりあえず今日は俺の言うとおりにしてもらえないか」

「……わかりました。あの、久万先輩……、ひとつだけいいですか」

「なんだ?」


 桐人は訝かしげに返した。朝葵は自分の気持ちを奮い立たせ、桐人の方を向いてにっこりと笑った。そして、ずっと気になっていたことを口にした。


「その、『君』」っていうんじゃなくて、名前で呼んでもらえませんか。ここまで来たら、私に気を遣わないでほしいんです」


 朝葵の言葉は予想外だったようで、桐人は一瞬あっけにとられたような顔をしていたが、やがてぷっと吹き出すと笑った。


「なんですかあ」

「……はは、そうだな。吉良さん、でいいか」

「呼び捨てでいいですよ。先輩には頼ってばっかりだし」

「わかった、そうするよ。……あ、ここだな」


 そう言うと桐人は、谷あいの方に入っていく細い坂道へと車を向けた。道はかろうじて舗装されてはいたが、古いためかところどころがひび割れており、車はガタガタと揺れながら下りていった。

 道沿いから離れ、山の間の細い道を抜けると、件の集落へと出た。


(ここが……)


 八緒の実家があり、『憑きもの筋』の伝承が残る土地なのだ。


 三方を山に挟まれて、ぽっかりと開けた集落である。集落を貫くように、正面の山に向かって道がまっすぐに伸びていた。

 桐人は、その道へと車を進めた。道の両脇には、山裾に作られた大小の段々畑が並び、その間には、茅葺きの民家が点在していた。それは、時代を遡ったような農村の風景だった。


 黄昏時の、薄墨を流したような暗さが、この古い集落に非現実的な雰囲気を醸し出していた。まるで別世界に迷い込んでしまったかのような、底知れぬ不安を覚え、朝葵は運転席の桐人のほうを向いた。

 桐人も口を固く引き結んでおり、その横顔はさっきよりもやや尖っているように見えた。おそらく桐人も緊張しているのだろうが、それでも朝葵は、桐人が隣にいることが心強く思えた。


 道は、鬱蒼とした山のふもとで終わっていた。剥き出しの土の道が途切れ、砂利が敷き詰められた場所に、桐人は迷わず車を停めた。


「さあ、着いたぞ」

「は、はい」


 朝葵が車を降りると、じっとりとした生ぬるさが、身体に纏わりついてきた。


(う……)


 風もなく、澱んだ集落の空気は土地を覆い、足を出すにも、泥の中を進むような重苦しさがあった。朝葵が来た方を振り向くと、家々には灯りがともり、人が生活を営んでいるようすはあったが、外には誰一人としておらず、もの寂しい光景ばかりが広がっていた。


 ――それなのに。


(見られてる……)


 朝葵たちを囲む、『目』の存在を感じた。大学の時よりも、その気配は格段に増していた。視線に敵意は感じないが、かといって好意的でもない。見張っているという表現がぴったりの、鋭さが含まれていた。

 桐人と一緒に、トランクから荷物を降ろしているさなかにも、背中から刺すような視線を感じ、朝葵は思わず手で払う仕草をした。それをちらりと見ると、桐人はぼそっと言った。


「……明日の、夜明けまでの辛抱だ」

「夜明け……ですか」

「ああ、夜明けになったら、家を出る。だいたい、5時半くらいになるだろうな」


 朝葵は、腕時計を確認した。18時35分。夕陽は山の向こうに沈んでいこうとしていて、西の空を禍々しい赤色に染めていた。

 桐人は荷物を背負い、車をロックすると、朝葵のほうを向いて言った。


「じゃあ、行くぞ」


 朝葵も自分の荷物を背負ったものの、戸惑ってキョロキョロとまわりを見渡した。行くと言っても、入る家が見当たらない。朝葵は、おずおずと桐人に尋ねた。


「あの、越名先輩の家はどこに……」

「この上だ」

「上?」


 桐人が指し示した方向に目を向けると、山の木々の間に、石畳の階段が見えた。


「あ、山の……」


 どうやら八緒の家は、この突き当たりの山の中に建っているらしかった。上を見ると、ちらりと瓦屋根らしきものが見えたので、家はそれほど高いところにはないようではある。

 しかし、目の前の階段は、どうも家とは逆の方向に曲がっていて、しかも途中が木で隠れてしまっているため、家までどのくらいの道のりがあるのかはわからなかった。


「これ、上るんですね……」

「まあ、仕方ないな」


 桐人は、こともなげに言った。


 朝葵は、桐人の背負うリュックを横目で確かめた。桐人の荷物は小さく、朝葵と同じくらいの食料や水が入っているはずなのに、ちっともかさばっている感じがなかった。

 一方、朝葵のリュックは、買ったものを詰め込んだあと、ぱんぱんに膨らんでいた。


(……身体の大きさの違いかな)


 桐人の足を引っ張るわけにはいかない。背の高い桐人を見上げながら、普段からもう少し運動しておけばよかったと、朝葵は思った。

ここまでお読みいただいてありがとうございます。次のお話も、引き続き楽しんでいただければ幸いです。

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