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山肌の家  作者: 梨花むす
11/12

11 ファミレス

 朝葵たちは今、ファミレスにいる。朝葵の腹が、車内で盛大に鳴ったためだ。


「いや、もともとどこかで食事をするつもりはあったんだ。思ったより早かっただけで……」


 なぜか桐人が言い訳しながら、メニュー表に顔を隠している。恥ずかしさに顔を赤くして、ぷるぷると震えている朝葵の顔が、どうもツボに入ったらしい。


(うう……いくら安心したからって……、きのうの夜はちゃんと食べたのに……)


 きっと自分の身体は、丈夫で健康なのだろう。朝葵はそう思うしかなかった。桐人いわく、八緒にもらった金は使い切ったほうがいいそうで、朝葵は遠慮なく腹にたまるメニューを選んだ。

 注文をすませてしまうと手持ちぶさたになり、何となく二人で黙り込んでしまった。

 昨日は一睡もしていない上に、運転までしているからだろう。桐人の目の下にはクマがあり、少し乱れた髪には疲れが見えている。


 ――昨日の夜、自分たちは、何に出遭ったのだろう。


 たった、数時間前の出来事だ。こうしてファミレスにいると、あの家でのすべてが夢だったように思える。

 しかし、あれは現実だ。さっき車を下りる前に、朝葵は自分のリュックを開けた。財布やスマホを取り出すためであったのだが、リュックの中には、ズタズタになった自分の服が変わらず入っていた。


「あの、久万先輩」

「ん?」

「もう、これで終わりなんですかね? その、八緒さんのことって……」

「……」


 門を出た後も、嘘のように何事も起こらなかった。車も無事だったし、集落を抜けるときも何もなかった。そして、今も視線は感じない。


「……これで、終わったんだろう」

「先輩のほうに、八緒さんから連絡は……」


 朝葵は、八緒の連絡先を知らない。日程などは、桐人を通して調整していた。今さらながらに、八緒は朝葵と親交を深めたかったわけではない、ということがわかる。


「いや、ない。たぶん、来ないだろうな」

「はあ……」


 桐人が、朝葵から目をそらしたような気がした。朝葵は、別のことを聞くことにした。


「先輩、昨日の夜、『あれ』見ました?」

「『あれ』……?」

「あー、えっと、夜に部屋を動き回っていたじゃないですか。私の部屋のほうから入ってきて……」

「ああ……、そうだったな」

「怖かったですよお。『憑きもの』って、あんな黒い塊みたいなのなんですね」

「ん?」


 桐人は、きょとんとした表情になった。疲れているからか、子どものように無防備な顔だ。


「……黒い、塊? 吉良は見えてなかったのか?」

「なにがですか?」

「いや、襖から入ってきたのは、()()()()だったじゃないか」

「へえっ!?」


 朝葵が大きな声を出したので、何人かが朝葵たちのテーブルのほうを向いた。朝葵は周囲にぺこぺこと頭を下げながら、桐人に「すみません、お話続けてください」と頼んだ。


 桐人が言うには、桐人が木戸を閉める直前、外の月明かりで一瞬だけ部屋の中が見えたらしい。


「越名さんは、四つん這いで入ってきた」


 そのとき、前に出た右手に握っていたものが、ギラリと光ったのだという。


「それって……」

「俺たちの服を、無惨に切り裂いた()()だろうな」

「そんな、どうして……」


 どうして、八緒にそこまでされないといけないんだろう。八緒の恨みを買った覚えはないし、狙われこそすれ、嫌われていた気もしない。

 桐人が眉をひそめ、朝葵に尋ねた。


「それより、さっき言っていた、『黒い塊』ってなんだ?」


 朝葵は、中庭の奧に黒い塊の存在を感じていたこと、それが家に入ってきて、座敷を這い回っているんだと思い込んでいたことを、桐人に説明した。

 桐人は朝葵の話を聞くと、顎に手を当てたまま考え込んでしまった。店員がやってきて、テーブルに料理を並べ始めたが、桐人はぴくりとも動かない。湯気の出ていたスープや、温かかったであろうスクランブルエッグが、エアコンの冷気でみるみる冷めていく。


(……先に食べちゃお)


 この2日間を一緒に過ごして、何となくわかったのは、桐人がかなり気を遣うタイプだということだった。朝葵が料理を前にしたまま、お預けの状態になっていたら、かえって申し訳なく思ってしまうだろう。

 朝葵がゆっくりと食べていっていると、桐人がはっと目を覚ましたように身動きをした。そして、マイペースに食事をしている朝葵に気づくと、安心したような表情を浮かべた。


「……悪い。遠慮なく食べててくれ」

「もう食べてまふ」

「はは、そうだな」


 桐人は笑い、自分も料理に手をつけた。朝葵が食べ終わりそうになったところで、桐人が口を開いた。


「……さっきの話だが、吉良も今のままだと納得いかないだろう。俺の考えを言ってもいいか?」

「は、はい。聞きたいです」

「まずは、越名さんの家のことだ」


 朝葵は頷いた。八緒の家については、わからないことだらけだ。


「あの家に行ってみた印象では、彼女の家は『憑きもの筋』というより、自ら憑きものを使役することを選んだ、『憑きもの使い』だと思う」

「行きの時に、『憑きもの筋』の中には、嫉妬とかで噂を立てられた家があるっておっしゃってましたよね。そういうパターンとは、違うということですか?」

「そうだな。少なくとも今の彼女は、積極的に『憑きもの』を使っているように見えた」


 確かに、八緒は『憑きもの』を自分の意思で使用していた気がする。


「彼女の家に、どんな歴史があるのかわからない。しかし、一昨年最後の家族が姿を消し、彼女はあの家にたった一人残った。……『憑きもの』を使う者として」

「そうでしたね」

「『憑きもの』は便利で、富をもたらしてくれたのだろうが、彼女いわく『欲張り』だ。それを使役するには、何かしらの()()が必要だったんだろう」

「対価……。そうか、そりゃそうですよね。『憑きもの』も、タダ働きはしたくないですよね」


 朝葵もアルバイトで働くのは嫌いじゃないが、タダ働きなら、わざわざやらない。朝葵の言葉がのんきすぎたのか、桐人はちょっと頭を抱えるような仕草をした。


「……まあ、それで間違ってない。『蠱毒』でも、『憑きもの』でも、管理を怠るとひどい目に遭うとされている。こういうモノを扱うときは、ちゃんと取り決めを守ることが大事なんだ」


 ――なんにしても、約束せずにすんだのはよかった


「あ、もしかして……。だから先輩は、『約束』をするなと言っていたんですか?」

「そうだ。人ならざるものとの約束は、『契約』と言ってもいい。一方的に破棄をすることはできないし、破れば、ペナルティを必ず課せられる」

「どんなペナルティなんでしょう」

「…………最悪、『死』だろうな。それが最悪なのかもわからないが」

「うわあ……」


 ここまで話すと、桐人は大きく息を吐いた。


「彼女の家が払っていた()()については、想像するしかないが……。ヒントは、彼女の家から消えたものは何か、それから彼女が欲しがったものは何か、ということだろう」

「え、そんなのわかります?」

「……俺たちが知っている範囲でも、彼女の家では、1年ごとに若い女性が消えている」

「あっ……」

「一昨年は、彼女の姉が消えた」


 ――一昨年に姉がいなくなって……、それが()()


「そして、去年は……学生が一人」


 ――じゃあ聞きますが、越名さん、佐々木はどうなったんですか


「佐々木……陽菜さん…………」

「吉良も聞いただろ。やっぱり佐々木はあの家に行っていた」


 ――……陽菜(ひな)さんは、私のそばにいたいと言ってくれたわ


「それで……姿を消した」


 朝葵の手が、小さく震えだした。先を聞くのが怖い。今、朝葵が感じている寒気は、エアコンのせいだけではない。

 しかし、桐人の口は、そのまま動き続けた。


「そして今年になって、彼女が欲しがったのは……君だ」

「私……」


 八緒の言葉やふるまいの、ひとつひとつが思い出される。彼女の不可解な行動も、桐人の言ったとおりなら合点がいく。

 信じざるを得ない。自分は、『憑きもの』への対価として呼ばれていたのだ。


「……やっぱり『あれ』は、私を探していたんですね」

「うん……。だからこそ、逆に君が『憑きもの』の存在を感じ取ったのかもしれないな」

「私が助かったのは、身代わりのおかげでしょうか?」

「……そうなんだろう。身代わりはボロボロにされたが、それで終わってくれたからな」


 桐人はふと、寂しそうな微笑みを浮かべた。なんだか、泣きそうな顔にも見える。


「何にせよ、こうして無事に帰れてよかったよ」


 桐人は、後悔しているのかもしれない。わずかな違和感を見逃して、佐々木陽菜を助けられなかったことを。

 それは、誰にとっても難しいことだっただろう。しかし、根の優しい桐人は結局、同じような危険に遭うかもしれない朝葵を見過ごせなかったのだ。


(ほんと、全然人嫌いなんかじゃないな、この人)


「……はい。2人とも無事で、よかったです」


 朝葵が笑って言うと、桐人は、今度は屈託なく笑った。



 ◆



 食事を終え、朝葵と桐人は再び車に乗り込んだ。ドライバーの桐人は、大学のある街まで、しばらく運転をしなくてはいけない。


 自分は助けられてばかりだな、と朝葵は反省した。朝葵は八緒を怖がるばかりで、桐人のように前向きに調べたりはしなかった。朝葵だけだったら、佐々木陽菜と同じ運命をたどっていたに違いない。


(あのとき腰が抜けちゃったの、情けなかったなあ)


 木戸から出られたときに、さっさと家から逃げていれば、『あれ』の近くで震えていることはなかったのだ。考えれば考えるほど申し訳なくなって、朝葵は、運転席の桐人に声をかけた。


「あの、先輩。廊下では腰が抜けちゃってすみませんでした。私が動けたら、もっと早く逃げられてましたよね」


 朝葵がそう言うと、桐人は前を向いたまま、きゅっと口を引き結んだ。やっぱり腹が立っていたのかな、と朝葵は心配になったが、桐人の答えは意外だった。


「……逃げていたら、かえって危なかったかもしれないぞ」


ここまでお読みいただいてありがとうございます。次で最後になる予定です。最後まで、引き続き楽しんでいただければ幸いです。

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