スラム
わたくしは、ロサセート侯爵家の寄子である子爵家次女マリポッサと申します。
侯爵家の二の姫君の筆頭侍女を承っております。本来は姉が務めるお役でございますが、姫君のお輿入れが近づきましたので侯爵家執事の家に嫁し、現在最初の子を身ごもっております。もちろん、姫君のお子の乳母となるためにございます。
姉がお役目に復帰しましたら、次はわたくしが子をなします。姉もわたくしも夫ともども姫君に従っての嫁ぎ先である隣国の王宮に参ります。やがて乳母となり、姉の夫は姫の、いえ、王妃さまの執事となることでしょう。わたくしの夫は王妃宮厨房をお預かりし、王妃さまの食卓を承ります。夫は、調理の他に毒物についての訓練も終えております。厨房預りにはそれだけの訓練が求められております。
幼少からともに過ごしてきた乳母娘と、その夫となる者のお役目にございますので。
二の姫君は、お名をヴィオレッタと申し上げます。 姉君は王家に嫁がれ、兄君はロサセート小候としてすでに侯爵家の執務を継いでおられます。わたくしどもの主家に当たる侯爵閣下は、ご長男さまが領を差配なさるようになってからは王都屋敷に詰めておられます。王妃殿下の下で王宮奥宮の管理を承り、侯爵夫人もそれに従いまだ幼い王女殿下の筆頭侍女としてお勤めになられております。
あ、二の姫君の扇が馬車の窓からわたくしを招いております。主のお呼びにございます。
「マリポッサ、参りました」
「マリ、あの娘を」
「承りました」
わたくしは、馬車に常に用意しております麻の袋をひとつ抱え、姫君が扇で指し示す、薄汚れてはいるものの明るい目をした十二、三歳くらいに見える少女にゆっくりと近寄ります。
この娘は、確か大道芸人として広場で歌ったり踊ったりしております者たちのひとりでございます。今ひとりでおりますのは、親が酒でも買いに行っておりますのでしょう。客が小銭を投げ入れる篭を膝に乗せ、表情無く蹲っております。膝丈のシャツを身に着けておりますが、下着を着けておりません。親が客の視線を誘うために、わざと着けさせないのでございます。
「あなた、私の主人があなたにこれをと」
わたくしは、少女に麻の袋を差し出し、微笑みます。
この国では、貴族婦人に領民を労わる強い義務が課せられております。それは、国から課せられたものではありません。教会からの宗教的な圧力と言えば信仰心を問われるでしょうか。貴婦人に、神の母がその子を労わるように、あなたたちもまた領民を労わらねばなりません、というのです。
ですが、わたくしの姫君に限っては、そのような義務感からこうして少女に恵みを施しているのではないように思います。姫君のなさりようは少し変わっております。
貴婦人は、普通、教会に喜捨したり、教会主催のバザーに手芸品を寄付したり、洗礼を受ける余裕のない子どもたちに洗礼を受けられるように、侍従をスラムに差し向けて、洗礼を受けていない子を集めて教会で洗礼をうけさせたり、つまりは、ご自分が直接領民と接するようなことはなさいません。
わたくしの姫君は、喜捨や寄付については小侯爵の夫人、義理の姉上にお任せになられました。もうすぐ嫁ぐ身の上ですのでと、この領での習慣をお教えして身を引かれました。
そして、今はこうして馬車で城下町を訪れ、広場の木陰に馬車を停めて車内から領民を見ておられるのです。
わたくしが差し出す麻の袋に手を伸ばしながら、娘はすこし首を傾げました。
「あの」
「はい?」
「これをもらっていいの、何が入ってるの」
ああ、この娘はまっとうな心を持っているのですね。主はこうして大人になりかけの娘にすぐにも必要になる品を詰めた袋を渡します。その子によってはひったくるように袋を受け取り、返せといわれるのを恐れるかのように逃げ去るのですが。
「そうね、一緒に中を見てみる? 使い方も教えてあげるわ」
そして、木の下に止めた馬車を指差します。
「あの馬車に、私のお姫さまが乗っているのよ。よかったら、直接お礼を言う?」
「え? お姫さまが?」
「ええ、お顔を見ることはできませんけど、馬車の傍でお礼を言うことはできますよ」
「行きたいです」
わたくしは、娘を馬車まで導きながら、姫君は高貴な方だから護衛の兵士がいるけれども、あなたをどうこうしようとしているのではなくて姫君を護っているのだから、怖くないのよ、と言い聞かせます。
緊張気味の娘は、それでもお礼を言わなくちゃ、と言います。心根のいい娘ですわ。
馬車の傍まで来ると、護衛の兵が三人、わたくしと娘に背を向けて半円形に取り囲みます。引馬は一時的に外し、御者が預かって別の場所で帰りまで世話をしますので、それほど怖くもないようにも思われますが、娘にとっては。
「怖くないわ、護ってくれているのよ」
「うん……」
恐怖を感じるのは当然ですわね、貴族にとって護衛兵は普通の存在ですけど。領民、特にこの娘のようなスラム暮らしの子にとって、兵は恐怖の対象で、とにかく関わらないようにするのが普通ですもの。
「さあ、何をいただいたか見てみましょうか」
わたくしが石畳に布を敷いて、袋の中からこれから女性になる少女が近い将来に必要となるあれこれを順に取り出し、使い方を教えていると、馬車の窓から扇が差し出された。
「姫君、御用を承ります」
「名を」
「はい。 娘、主があなたの名をお尋ねです。 わたくしに名前を教えてくださいね」
「ピピ」
「え? ピピですか? 洗礼の時に神父さまに何と呼ばれたか覚えていますか?」
「えーっと、あ、ピピオラ」
「ピピオラですね。 姫君、この娘は、名をピピオラと申します」
馬車の中から小さく声がもれました。主がくすっとお笑いになったのです。
「姫君?」
扇が招くので窓に耳を寄せると、小さな声で教えてくださいます。
「侯爵家の領民に相応しき」
なるほど、なるほど。侯爵家の家名はロサセート、つまりバラの生垣という意味にございます。ヴィオレッタのお名も、バラの生垣に護られた菫の花という意と我ながらに窺っております。ですので、ピピオラ、つまり蝋蜂という名は、バラの生垣に咲く花から蜜と花粉を受け取るというほどの意味と、面白くお思いになったのでしょう。
「マリ、気に入りました。印を授けます」
「仰せのままに。 まず袋を片付けさせます、少々お待ちいただけますか」
扇が少し開き、承諾の意を示します。
「ピピ、使い方はわかりましたね。この先は、必ず下着を着けなさいね、今も話しましたが、男性に下着に覆われた部分の肌を触らせてはいけません。たとえ、親しい友達、父や兄、あるいは神父さまでも、です」
「でもパパが、下着は履くなって」
「侯爵家の姫君が下着を下賜してくださいました、と返事なさいね。もうじき女性の日が来るので、身に着けるようにとの仰せでした、と言いなさい」
「はい」
「侯爵家の仰せですので逆らえません、と言ってもいいです。 では、袋にしまいましょう」
娘を手伝って、この袋に手を出す者が少なくなるようにわざと選んだ、黄ばんだ粗末な袋に下着や石鹸のかけら、縫い重ねた長方形の布を詰め、肩から斜めに掛けさせます。
「さあ、こちらにいらっしゃい」
娘を踏み台に上がらせ、主の待つ窓へと左手を差し出させる。
「ピピ、姫君があなたの手に触れて、赤い紋を付けてくださいます。
その紋を見せれば、教会の隣にある女性のための家で夜寝ることができます。日が暮れてから夜明けまで、そこでベッドが使えます。
人に言ってはなりません、そこでは夜食と朝食が出ます。
姫君がご自分の衣装や宝石をお売りになり、そのお金で賄っておいでです。
ピピは、姫君のお気に召したのです。感謝してお受けなさい」
ピピは目を丸くしております。しばらくぼおっとしておりましたが、やがてブンブンと頭を振り、ありがとうございます、姫さま、ありがとうございます、と唱えるように言いました。
やがて初潮を迎える娘にとって、夜安心して眠れる場所があるということは心からありがたいものでしょう。それはわたくしも親身に感じられることです。特にピピの父は、娘の性を利用しようとするかもしれません。少なくとも夜は安心して眠ってほしい、できれば自ら進んでこの状況から逃れてほしい、そう願うのは数ならぬ身とはいえ女性である以上当然の事にございます。
主の華奢な手がそっとピピの細い手に触れ、呟くように言葉が紡がれると、ピピの左手首の下に赤く小さな菫の模様が浮き上がりました。これはヴィオレッタさまが個人として庇護を与えているというお印にございます。
「さあ、ピピ、お行きなさい。姫君について人に話してはいけませんよ。何か聞かれたら、侍女にこの袋をもらって、使い方を教えてもらったとだけ言いなさい。お印について聞かれたら、痣ですとね、生まれた時からありますけど、と、とぼけていなさいね」
「はい。 お姫さまに、お礼を言います」
「お伝えしますよ。主は印を授けたピピを大切に思っておいでです」
「ありがとうございます、侍女の方もありがとうございます」
「ええ、しっかり生きて行くのですよ」
ピピは馬車に向かってお辞儀をいたしますと、歌とダンスで小銭を稼いで生きているピピの特徴でもあります、踊るような足取りで広場を歩いて行きました。そして、広場の端でもう一度こちらを振り向きますと、にっこり笑って、まるで劇のなかで王に礼を捧げる淑女のように、正式なカーテシーを派手にしたそれなりに美しい礼を披露いたしまして、身を翻して人込みの中に消えていってしまいました。
主はカーテンのわずかな隙からピピオラを覗き見て、扇をわずかに左右にお振りあそばしました。
ピピのその後について、主は気にしておいでにございました。
カサ・クルサーダと名付けられている、女性のための家は、侯爵家の奉公人で子を育て終えた女性たちに任せております。何度か連絡を取りましたところ、ピピは時として泣きながらひっそりと保護を求めてきておりましたようで。主のお尋ねのままにお話し申し上げると、何か思い惑っておいでのご様子にございました。
十日に一度ほどの広場への訪いを続け、幾人もの少女に袋を与えました。
殴られた痣が痛々しい少女をひとり、領地の離れた場所へ逃がしたこともございました。分家の縁を頼んで、療養所の下働きに直して自立できるようにいたしましたのでございます。幾度も使える伝手ではございませんが、その少女は本当に見るもつらい姿にございました。
嫁入りのお行列が整い始め、荷馬車に数々のお道具や御衣裳が乗せられ、もう三日で領城を発つというその日、主は神に祈りを捧げるために教会に一夜のお籠りにおいでになりました。乙女の祈りと言われる、育ててくれた生家と神への感謝を捧げ婚家での護りを願うという、生家を離れる女性のための侯爵家伝統の行事にございます。
姉が姫君の侍女頭に復帰いたしましたので、姉とわたくしでお籠り部屋を固くお守りいたします。
夜に入り、カサ・クルサーダから、ひとりの娘が密かにお籠り部屋に案内されてまいりました。
「ピピ、久しぶりね。元気そうでよかった」
「侍女さま、ありがとうございます」
「姉上、この娘がピピオラです。 ピピ、この人は私のお姉さんよ」
「ピピ、初めまして、私はこの侍女の姉です。姫君にお仕えしていますよ」
「侍女さまのお姉さま、ピピオラです。よろしくお願いします」
姉が、ピピオラに静かに話しかける。
「ピピ、今日は特別なお話があるの。
あなたの歌もダンスも、ますます上達しているようね。小さなお芝居もできるようになったのね。特に王子さまからダンスに誘われて踊る役柄は娘たちの溜息を誘っているようですね。立派ですよ。
毎日頑張って練習していると、姫君のお耳にも入っております。この前のお祭りですっかり評判をとったのね。
おとうさんに聞きましたか、あなたを有名な旅の芸人一座が役者にならないかと誘っているようですが」
「はい」
ピピは俯いております。無理もありません、旅芸人の役者と言えば、男女を問わずご贔屓筋に夜伽を求められるというのが習にございます。
「おとうさまは何と?」
「お金をかなりもらえるみたいで」
「そうですか、行かされるのですね」
「はい」
「ピピ、これは本当に秘密の中の秘密ですが、神に誓って守れるでしょうか。姫君の秘密です」
ピピが真剣な表情で顔を上げる。
「姫さまの? もちろんです。どんなご用でも果たして見せます。 とてもとても感謝しています」
姉は、微笑んでピピの意気込みを制した。
「いえ、ピピ、そうではありませんよ。姫君には、ピピにもうひとつ恵みをお与えくださるとの仰せなのですが、まず、ピピが秘密を守れるかどうか、またピピが本当に姫さまの護りを欲しがるかどうか聞いてからにしなくてはならないと言っていらっしゃるのです」
「はい、誓います。 神さまにお誓いして、決して他言いたしません」
「いいでしょう。ピピの口が堅いことは私もよくわかっています。カサに来るときも、周りに注意して密かに裏道を選んでいると聞いています。
姫君、ピピは誓約するそうにございます。お心のままに」
主は同じ部屋にいるのだが、座ったソファに衝立を立てまわしてピピの目から遮られております。ピピは、そこに主がいることに気付いて、あわてて膝を突いて顔を伏せました。
「それでは、ピピ。 姫君はご身分がおありなので、ピピと直接話すことができません。ですので私が説明します。
姫君は、あなたが旅芸人一座に買われることを大変心配しておいでです。あなたももう知っていると思いますが、からだを買われることがあって、今までのようにうまく逃げることができなくなるでしょう。
姫君はあなたに子が授からないという護りを与えてもよい、との仰せです。ただ、大変に遠いところに嫁がれるので、その護りを解くことができないかもしれないと迷っておられます。護りは直接あなたに触れないと解けないのです。
この護りはあなたが望まない相手との子を授からないようにすることができますが、これがある限りあなたは石女、たとえ好きな人ができて、その人に子を産んであげたいと望んでもできないことになります。
ピピ、あなたはどうしたいですか。あなたが望んで、秘密にできるならば、からだを誰に何度買われても子は授かりません。その代り、愛する人の子を身ごもることもできません」
護りとか恵みとか、言葉は装うことができますが、本来これは“呪い”にございます。どれほど苦しい思いの中から生まれたものかは想像に余るほどにございます。主の祖母の君である先々王の王女殿下に伝わっておりまして、おそらくは側室に子ができないようにというまじないでもあったのであろうと思われます。
下賤の身には測りがたいことではありますが、ご自身のお産みあそばされた正嫡の男子に王位が継がれないことを許すことができないという、強い気持ちあるいは実家に対する義務感から生まれた魔術ではないかとお察しいたしております。同じ女性、同じ夫の妻に子のできない呪いを掛ける。どれほどの屈辱であるか、どれほどの苦悩であるか、思いをいたすことすら不敬にございましょう。ましてこの呪いを主が持っていることが知られれば、嫁した先の宮中で命すら危ういのでございます。
主は、隣国、いや、敵国と申し上げて間違いございません。戦の和平が整い隣国に嫁することが決まりまして後、祖母君から密かにこの呪いを授けられたのでございます。
曰く、「まずそなたが王子を産まねばなりません。その後、側室を迎える日が来ましたら、この呪いのことを思い出しなさい。使うも使わぬもそなたの心次第。持っていることと使うことは違います。そなたにこれを使わない幸がもたらされたとしても、娘なり孫娘なりに授けたいと思う日が訪れるやも」と。
祖母の君のお声は乾いておりました。呪いとともに苦悩をお受け継ぎあそばしたのでしょう。それでも、敵国に嫁す孫をお思いあそばされ、また、曾孫や玄孫をお思いあそばされ、最後の一手として、あるいは心の支えとしてお伝えあそばされたのだとお察しいたします。
傍仕えの身としましては、本来呪いであるものをスラムの少女に護りとして与える、そのお心を褒め称えるのでございます。誠に深いお心の、わたくしの姫君にございます。
ピピは、ほとんどすぐに心を決めたように見えましたが、しばらく口を開かずに考え込んでおりました。さすがに主のお心に添った娘です。
「お姫さまにお伝えください。
ピピオラは、護りをお授けいただきたいと思います。
秘密を守ることをもう一度お誓いします。これがとても大切な秘密で、私のようなスラムの女が知っていいようなことじゃないこともわかります。私は生涯石女で構いません。
ピピオラは、この御恩に報いることはできないかもしれません。ですがいつか必ず、お姫さまがお嫁に行くお城の城下町に一座を率いて参ります。今はまだどうすれば一座を率いてお姫さまの近くに行けるか想像もできません。ですが、必ず、かならず。
力は届かなくとも、ピピオラの心はいつもお姫さまのお膝元に」
ピピは涙を流しておりました。スラムに生きる彼女は娼婦が堕胎するのがどんなに痛く辛いことか、堕胎のチャンスを逃がして出産するとどんなに大変なことになるか、その目で見てきているのです。
主は、無事に寝ずのお籠りを終え、領城を離れる前に終えるべきすべての行事をこなしました。あとは嫁入り行列に運ばれていくばかりにございます。
国境を越え、隣国の迎えを受ける日。
花嫁行列に付き添ってきた神父さまが、主に最後の祝福をお与えになりました。
「レディ・ロサセート、あなたは神の敬虔なる僕として、教えに従いよく領民を護り、導き、保護を必要とする少女に手を差し伸べ、神の母のお示しになった慈悲を体現してきました。嫁ぐ国で国母となられた時にも、その慈悲をあまねく国民にお示しになられますように。
両国に神の恵みがありますように。 神よ、あなたの娘に慈愛あらんことを」
主は、微笑んで祝福をお受けになったように見えました。ひざまずき、手を合わせた姿は、まさに聖なる神の母のお姿にあられました。
それでも。
わたくしは忘れることはありません、姫君の少女たちへの慈悲と施しをほめたたえるパーティーからお帰りあって、御衣裳を改める姉とわたくしに、ただ一度、耐えかねたように零した主の言葉を。
「体を買われるピピオラと、顔も知らぬ敵国の王にただ従順に蹂躙され、王子を得るまで許されることのないわたくしと、どこが違うというのでしょう。
慈悲? とんでもありませんわ、同病相憐れむ、いえ、わたくしは泣くことを許されているピピオラを羨んでさえ。
ピピオラは不妊でも生きていけます。ですがわたくしは。
不妊など許されるはずもない。敵国の王、わたくしの公子さまの敵の子を、命を掛けて産み、母として慈しんで育てるのです。
憎い男の子、でも、わたくしの愛しい子、きっとわたくしの心は千々に引き裂かれる。
せめて愛してもらえるように王の好みの女を演じるといたしましょう。演じる場所が広場か王宮か、それだけのこと。ピピオラのように上手に演じられますように。
ピピオラを心の頼みにしているのは、むしろわたくし」
主の言葉に、この度の出産で娘を得た姉は、お心に触れて泣き崩れました。
先の戦では、宮廷舞踏会で親しくダンスをなさいました公爵令息は戦死なされ、主の涙は尽きることがございませんでした。かの方をお守りしてともにお亡くなりになられた方々、隊を率いた貴族の次男、三男の姿も幾人か消えました。夫や婚約者を失って喪服を纏う女性も少なくはありません。
相手国も同じこと、これから主が嫁しておいでの宮廷でも、王弟殿下が戦死なされ、他にも犠牲となられた方々がおいでです。
多大な犠牲を払った戦を収め、和平の象徴として宮廷にお入りになる主は、故無き誹謗中傷の対象になり、王弟殿下の敵と付け狙う女性たちの密かなターゲットになることでしょう。王妃とは名ばかり、態のいい人質か人身御供。
もはや、主を庇ってくださるのは、王その人以外にはおそらくあり得ぬと我らは覚悟を決めております。主は故国の為に孤独な、それでいてひたすらに柔らかな、形を変えた戦いに臨まれるのです。
わたくしは、幾度目かもう数えることもやめてしまいましたが、主の前に膝を突き、両手にお手を戴き、心からの忠誠と決して御側を離れぬと、命を掛けると、お誓い申し上げましてございます。
There is no Other Way to Live
Greeting, Granite