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「ルクス」
「どうした?」
「旅をするにあたってルールを決めよう」
「ルール?」
ガルガが真剣な表情で我を見て頷く。
「そうだ、一緒に行動するにあたってルールというのはとても重要だ。例えば、料理を作る順番を決めたり。ルクス、……料理を作った経験は?」
「ない」
「そうだと思った。あれっ? ルクスは何を食べるんだ?」
「大気にある魔力を吸収しているから、食事は必要としない」
「そうなのか? ドラゴンって本当にすごい存在なんだな。あっということは、人や獣人が作った物は食べられないのか?」
「いや、食べられるぞ。リーガスが作った物を食べた事がある。ただ彼女は壊滅的に料理が下手だったらしい。仲間から、料理は絶対に作るなと言われていた」
「壊滅的に下手?」
ガルガの不思議そうな表情に頷く。
「リーガスの料理を完食出来たのは我だけだ。他の者は一口食べただけで、どこかに走って行った。そして二度と口にしなかったからな」
「それは……。ルクスは食べ切れたのか?」
「あぁ、かなり刺激的な辛味とえぐみだったが、特に問題はなかったな」
「辛味とえぐみか。まさか、それをおいしいと感じたのか?」
「んっ? おいしいとは感じなかったが。というか、おいしいと感じた事が今までに一度もない」
「……」
「どうした?」
微妙な表情のガルガに声を掛けると、なんとも言えない表情をされた。なんなんだ?
「ドラゴンって強いが、それ以外は……何も持っていないんだな」
「そうか?」
「あぁ。俺にはそう見える」
ガルガがそう言うなら、そうなのかもな。ただ、何を持っていないのか分からないが。
「あれっ、何を話し合っていたっけ?」
「ルールだろう?」
我の言葉にハッとした表情をするガルガ。彼は思ったよりうっかりした性格のようだ。見た目は冒険者をしていただけあって厳ついのに、うっかりな性格とは。面白いな。
「料理は俺が作る。一人で食べるのは味気ないから、食べられるなら一緒に食べよう。あとは、夜の見張り役なんだが。ルクスが一緒だと魔物は来ないんだよな。でも、魔物や魔獣だけが脅威なわけではなく、人や獣人も警戒する必要がある。となると、夜の見張り役は順番でやろう」
「我に眠りは必要ない。それに結界を張れば問題ないだろう」
「結界まで張れるのか?」
「それほど難しくないぞ」
「いや、難しいからな」
そうか? ただ単に、攻撃を弾く結界だろう? いろいろ付与するなら、少し面倒だけど難しいと思うほどではないけどな。
「ルクスと一緒だとルール決めが難しいな」
「そうか?」
「あぁ、旅をして困った事が起こったらその時に決めよう」
「分かった」
「準備が出来たようだな」
ガルガの視線を追うと、二人の獣人がこちらに来るのが見えた。先ほど、祝いに参加して欲しいと言って来た獣人がいる。
「お待たせしました。席に案内します」
獣人たちの後に続くと、多くの獣人が集まる場所に案内された。周りより数段高い位置にある椅子に勧められ座る。ガルガは獣人たちと同じ場所のようだ。
「ドラゴン様」
崖の上で我に話しかけてきた獣人が前に出てきた。
「永い眠りからの目覚め、おめでとうございます。そして森に侵略してきた者たちを排除していただき、ありがとうございます。簡単ではありますが、この場を設けさせていただきました。たくさん食べ、飲んでこの夜をお楽しみください」
獣人たちが期待を込めた視線で我を見る。この視線の意味は分からないが、どうすればいいのかは知っている。リーガスがやっていたようにやればいいだろう。
目の前にあるコップを持ち、獣人たちを見る。
「この場を設けていただき感謝する。森に平和を、乾杯」
「「「「「乾杯」」」」」
獣人たちが嬉しそうに笑うと、コップの入った物を次々と飲み干していく。
上手くいったようだ。リーガスが何度か、この挨拶を宴でしていた。そういえばあの宴も、森に侵略してきた者たちを追い払った後だったな。
手の中のコップを見る。並々と入っている……赤い液体。
「これか」
リーガスが良く飲んでいたのを見た。そういえばどうしてあの時は一緒に飲まなかったんだ? あぁ、あの時の我はドラゴンだったからだな。
コップを口に近づける。
「ルクス、待て」
慌てた様子で傍に来たガルガを見る。
「なんだ?」
「酒を飲んだ事はあるのか?」
「酒? これの事か。ないな」
「だったら一気に飲むなよ。ルクスが酔ったら、恐ろしい事になりそうだ」
酔う? あぁ、リーガスがよく陥っていた症状か。泣いたり、笑ったり、絡んできたり。酷い時は地面にダイブしたり、川に落下したり、賑やかだったな。
「我が酔う事はない。だから大丈夫だ」
「飲んだ事はないんだろう? どうしてわかるんだ?」
ガルガが不思議そうに聞くが、どうしてわからないんだ?
「ドラゴンの身に状態異常は起きない。だから、酔う事はない」
毒も呪いも、我には効かないからな。酒も同じだろう。
「酔わないというより酔えないんだな、それは」
「酔うと、良い事があるのか?」
我の言葉にガルガが考え込む。
「楽しい気持ちになったりするから、ある。ただ、酔いすぎると悪い方に転ぶ事もある」
「んっ?」
悪い方に転ぶ?
「記憶が飛んで、その間にいろいろとやらかしていたり。なぜか血まみれだったり」
記憶が飛んだり、怪我をするのは悪い方に転んだ時だったのか。
リーガスはよく、次の日に悲鳴をあげていたよな。記憶にない傷に気付いた時とか、ずぶ濡れな自分の姿に。あれは、悪い方に転んでいた時だったのか。
「酒は適度に飲むのが一番だ」
「そうか。我にも適度ってあるのか?」
「ないだろうな、酔わないなら。というか、ルクスに酒はもったいないような気がする」
ぶつぶつ言い出したガルガを見る。薄らと頬が赤くなっている。
「もしかして酔っているのか?」
「酔っていないぞ。まだまだ俺はいける!」
これは、リーガスでも経験済みだ。確実に酔っているな。
ガルガが座っていた場所を見る。テーブルにはお酒が半分ほど入ったコップがある。
「半分? いや、一杯と半分か?」
コップの大きさは、普通のコップより大きい。でも乾杯からそれほど時間が経っていないので、それほど飲んではいないはずだ。でもガルガの様子から、酔っていると思う。リーガスが飲んでいた量の、十分の一で酔ったのか?
「ドラゴン様」
「どうした?」
そういえば、どうしてこの者は我をドラゴン様と呼ぶんだ? あれっ? この者に名前を教えたかな?
「食事の方は足りていますか? 酒はどうでしょうか?」
「あぁ、問題ない。お前の名は? 我はルクスだ」
「おぉ、ドラゴン様に名前を教えていただけるとは、ありがとうございます」
大げさだな。ガルガぐらいの対応が、ちょうどいいんだが。
「私は、森の賢者と呼ばれているアグーと申します」
アグー? どこかで聞いたような気がするな。
「あっ。リーガスの隣にいたアグーか?」
「いえいえ、それは私の祖父にあたります。長生きはしておりますが、さすがに数百年は無理ですので」
「奴の子孫か。我の知っているアグーは、リーガスに振り回されていたぞ。まぁ、度を超すと怒り狂ってリーガスを追い掛けまわしていたが」
「私の祖父がですか? とても落ち着いた性格だったと聞いているのですが」
「落ち着いた? 確かに普段はそうだったかもしれないな。でもリーガスがいろいろと問題を起こすものだから、落ち着いていられなかったんだろう。よくリーガスの名を呼びながら、森を走り回っていたよ」
我の言葉に、嬉しそうに笑うアグー。
あぁ、リーガスの隣にいたアグーに似ているな。特に笑った時の表情がそっくりだ。