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「ルクス。幸せを見つけるために一緒に旅に出ないか?」
んっ? 旅に出ないと幸せは見つけられないのか?
「旅に出ると、幸せは見つかるのか?」
「それはわからない」
「わからない?」
「あぁ、ルクスの幸せが何なのかわからないからな。だから、いろいろと経験しよう。そうすればきっと、ルクスだけの幸せが見つかるはずだ。ついでに、俺の幸せも」
ガルガの幸せ?
「ガルガも探しているのか?」
「あぁ。失くしたから。また、見つけないと」
ガルガの言葉を考えるが、やはり「幸せ」という物がよくわからない。でも、彼と一緒に旅をすれば見つけられるかもしれないらしい。リーガスの願いは叶えたい。それならば、
「よしっ。旅に出よう。いつ出る? すぐ出るのか?」
「準備が必要だから今すぐは無理だ。それに、今日の夜はルクスの目覚めを祝うと言っていただろう?」
祝い?
「あぁ、言っていたな。忘れていた。それなら明日……準備? 必要な物などあるのか? 空を飛べばどこにでも行けるのに」
「さっきの話を忘れてやるなよ。それと、空を飛ぶのはダメだ」
「なぜ?」
「空を飛べばどこにでも行けるが、ルクスにはいろいろと経験させると言っただろう」
「あぁ、言っていたな」
「空を飛んでしまうと、旅の道中にあるいろいろな経験が出来なくなる」
「降り立った場所で経験をすればいいのでは?」
「それもいいが、旅の道中で出会う者たちとの経験は大切だ。それに協力して、魔物と戦う事もいい経験になる……んっ? なぁ、もしかしてルクスの魔力を感じたら魔物は近づいてこないのか?」
「あぁ、近づかないな。それどころか、我の魔力を少しでも感じたら、即行で逃げていくぞ」
「つまり、魔物討伐の経験は無理と。戦いの中で得られる経験もあるんだが」
「戦いの中の経験? 我の攻撃で、敵は一瞬で消え去る。そこから何を経験するんだ?」
「あぁ、そうだ。ブレス攻撃は一瞬で決着がつくんだった。ルクス。お前はとりあえず力加減を憶えてくれ」
「力加減が、そんなに重要か?」
別に問題があるように感じないんだが。
「人や魔物の倒され方でルクスの居場所がバレる。メディート国は森の侵略を諦めていないはずだ。あそこの王族は面倒な性格をしているからな。まぁ、そこに属していた俺が言うのもあれだが」
「つまり、また森を攻撃しに来ると思っているのか?」
「あぁ、来るだろう。そして最初に狙うのはルクスだ。ルクスを倒せば森を手に入れられると考えるだろうから」
「ん~、……やはりメディート国を――」
「待て。それは止めてくれ。メディート国には、お世話になった人もいるから」
ガルガが世話になった者がいるのか、それなら滅ぼすのはダメか。
「力加減か。だが、魔力を弱める方法など我は知らん。記憶の中にもない」
どうしたらいいのだ?
「まぁ普通は、自分の力を弱めようなどと思わないだろうからな」
「そうなんだよ。魔法師も魔王も魔術師も聖女も天使も誰もが、自分の持っている力の強化しかしていない」
「そう……か? んっ? 魔法師? 魔王? えっ、天使? 待て。ルクスはいったい誰に力を与えたんだ?」
「我が個別に与えたのではない。昔、人間が攻撃してきた時、何もかもが面倒になり死んでもいいと思った。だが、自分で死ぬのも面倒で人間に殺されてやろうと。奴らもそれで満足するだろうと思ったし。まぁ、とりあえず、全てが面倒だったんだ。だが、人間は弱すぎた。奴らの攻撃が、我には全く効かない。だから魔力をほとんど放出して防御力を無くしてから眠ったんだ。これだったら奴らの攻撃も効くだろうと」
「面倒って……そんな事で、死のうと思ったのか?」
「あぁ。長く生きすぎて、生きる事に飽きたのもあるな」
「飽きたのか。あっ、それで魔力を放出してどうなったんだ?」
「記憶によると、我の力はこの星以外の場所に飛ばされ、死にそうになっていた者に寿命と力を与えたみたいだ。力と寿命を与えられた者たちは、それぞれの道を究めた者もいれば、力に振り回されて暴走した者などさまざまみたいだがな」
「その中に、魔王とか天使がいるのか」
ガルガの言葉に頷くと、彼はなぜか頭を抱えた。
「ルクスの力はそんなにすごい力なのか」
「筆頭魔術師や、大聖女とかもいるぞ。あと、大悪魔とか怪人などと呼ばれた者もいるようだ」
「善と悪が入り乱れているな」
善と悪? なんだそれは?
「彼らはそれぞれ経験を積み、そして寿命を迎えて死んだ。我が死んでいれば、彼らの力は星に吸収されたが、我が生きていたため戻って来た。ここまでが、戻って来た魔力からわかった事だ。彼らの記憶を持って、魔力が戻って来た原因は不明だ」
「あのさ、ルクスはその……魔王の記憶に忌避する事はないのか?」
「なぜ? 魔王の記憶を嫌う必要があるんだ?」
我の言葉にガルガが神妙な表情をする。
「俺が認識している魔王とは違うのか? もしかしてルクスの記憶の中にいる魔王は、優しいとか?」
「いや、優しくはないだろう。魔王は複数いるが、どの魔王もかなり恐れられている。中には楽しそうに命を狩っている者もいる。星を崩壊させて、全ての命を消滅させた魔王も」
「魔王が複数! しかも星を崩壊? その記憶にも嫌悪感はないのか?」
「ないな」
「どうして? 多くの者を殺しているのに」
不思議そうに我を見るガルガ。彼が不思議に思っている事が何なのかがわからない。
「ガルガだって多くの命を奪っているではないか? それなのになぜ、魔王だとそんな反応をするんだ?」
「多くの命?」
「冒険者は魔物を狩る存在。ガルガだって魔物の命を沢山奪ってきたんだろう?」
自分は良くて魔王がダメなんて、変だろう。
「人の住む場所に魔物が出てきたから狩ったんだ。それに奴らは魔物だから」
「人間の住む場所とガルガは言ったが、その場所はかつて魔物たちの住処があった場所かもしれないぞ。人間は少しずつ住む場所を広げているからな」
「それは……」
少し戸惑った表情になるガルガ。
知らなかったのか? 人間は昔から少しずつ少しずつ住処を広げている。きっと今も変わらないだろう。
「それと我にとって命に区別はない。人間も魔物も命は命だ」
「えっ、そうなのか?」
微かに目を見開くガルガ。
「なぜ驚く? 命は命だろう? 外側の見た目が違っても命に違いはない」
「そう言われると、そうなんだが……」
複雑そうな表情で頷くガルガ。
「ルクスと話していると、当たり前だと思っていた事が本当にそうなのかわからなくなる」
我は、ガルガが何に悩んでいるのかがわからないけどな。
「ガルガはいろいろと難しく考えすぎだ」
「えっ?」
どうして、そんな驚いた表情をするんだ?
「我にとって、敵かそれ以外だ。うるさくするのも我にとって敵。だから消す。それ以外は我にとって害がないから放置。それが全てだ」
「ははっ。ルクスは単純でいいな。俺は……。俺も単純に考えてみるか」
ガルガを見ると、少しだけすっきりした表情で我を見た。
「魔王の事は、魔王が復活してから考えるよ」
ガルガの言葉に首を傾げる。
「魔王の復活? この星に魔王はいないぞ」
「えっ? 魔王がいない? メディート国では、魔王を封じた勇者が有名なんだけど」
我が眠りにつく前には、魔王という存在はいなかった。
「我が眠っている間に生まれてたのか? だが記憶の中の魔王と同じなら、彼らは独特の魔力を持っているから気付くはずだ。この星に、魔王に似た魔力は感じない。だからいないだろう」
「そうなのか。それは残念だな。冒険者の多くは、魔王を倒して勇者になる事を夢見ているのに」
「魔王を倒すと言っているが、絶対に無理だぞ。魔王の魔力はガルガの数十倍だ。ガルガと同じ強さの者が数十人集まっても倒せないだろう」
「えっ。そんなに強いのか?」
「記憶の中にいる魔王たちは、強い。我と比べると弱いが、人間よりははるかに強い」
ガルガがショックを受けた様子で項垂れる。
そんなに魔王を倒したかったのか?
「メディート国で語り継がれている勇者の話は嘘だったのか。冒険者たちが強さを求める原動力でもあるんだけど」
「どんな話しなんだ?」
「『メディート国を襲った魔王を、勇敢な冒険者が封印して平和を取り戻した』という話が有名だな」
「倒したのではなく封印したのか?」
「想像以上に魔王が強く討伐は出来なかったそうだ。そこで封印したと聞いている。いずれ魔王は復活する。だから『冒険者たちはその時に備えよ』と、冒険者になった時に教えられるんだ。まぁ、この世界に魔王がいないなら備える必要なんてなかったんだけど」
我の力を得た魔王の中にも、封じられた者がいるな。封じられた魔王は、我の力が暴走して死んだみたいだが。
「その時に備えよ」か。あの世界も、魔王が死んだ事も知らず復活を待っているんだろうか? まぁ、我が知った事ではないが。
「『勇者と魔王』の話は、冒険者たちのやる気を引き出すための嘘なんだろうか? 魔王を討伐したら、かなりの褒章が貰えるとも聞いたんだが」
「さぁ? 人間の考える事はわからない」
ガルガが我の言葉に小さく笑った。