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―ドラゴン ルクス視点―
我の言葉を聞き、眉間に深い皺を作ったガルガ。しばらくその状態で、ぶつぶつ言っている。耳を澄ませると「説明をどうすれば?」とか「俺には無理だ」など、少し困った様子だ。
幸せになる方法を聞いただけなんだけど、難しい事なのか? でもリーガスは、とても簡単に幸せになっていた。そういえば、何かを食べた時以外にも……あぁ、花が綺麗に咲いているのを見た時も「こんな時間を過ごせて幸せだ」と言っていたな。他にも、「のんびり出来るのは、なんて幸せなんだ」とも言っていた時がある。
リーガスは、幸せを多く持っていたんだな。それに比べてガルガは、幸せを失ったと言う。多く持っている者と失う者。幸せとは、つかみどころがない物だな。
「ルクス」
ガルガを見ると、とても神妙な表情をしていた。
「どうした?」
「幸せなんだが」
「あぁ」
「人それぞれ幸せを感じる時は違うんだ。だから、幸せになりたいならルクスはいろいろな事を経験して自分の幸せを探すしかないと思う」
「幸せを探す? 我は幸せになったら、もう一度眠りにつくつもりだったのだが」
「ルクスにとって、眠る事は幸せな事なのか? それなら眠りについてもいいと思うが」
眠る事が幸せ?
「暇だし、つまらないから眠るだけだ。それ以外の感情はない」
「それだと眠りにつくのは薦められないな」
「そうか。幸せになるのは難しいのか?」
リーガスを思い出す限り、とても簡単そうなんだけど。
「何かを食べるだけではダメなんだな」
リーガスと同じ事をすればいいと思ったんだけど、どうも違うようだ。難しいな。
「リーガスさんという獣人は、小さな幸せを見つけるのが上手かったみたいだな」
「小さな幸せ?」
「あぁ、日々の中にちょっとした幸せ。気持ちが落ち着いたり、ホッとした瞬間に幸せを感じる事が出来る者だ。俺は……俺にもあったな。仲間たちと共に強い魔物を倒した時や、誰かを守った時。そんな時は、幸せだったと思う。だが、俺にそれを感じれる余裕がなかったから、その時はその幸せに気付かなかったが」
幸せだったのに気付けなかった?
「日常の中にある幸せは、ちょっとした事が多いから気付かない者も多い。あとで、あの時は幸せだったと気付くんだ。でもそれに気付く時は、幸せではない時が多いかもしれないな」
ガルガの話を聞けば聞くほど、わからなくなる。つまり幸せとは、傍にあるのか? それとも探さなければ見つけられないのか?
「我の幸せは、身近にありそうか?」
ガルガが首を横に振る。
「それを知るのは、俺ではなくルクスだけだ」
「我が?」
「そう。俺の幸せとルクスの幸せは違う。ルクスの友のリーガスさんとルクスの幸せも違うんだ」
「そうか」
確かにそうだな。我は、リーガスのように食べても幸せは感じないからな。
我の幸せか。
バサバサという音が聞こえ、上空を見る。
「ドラゴン騎士団だ」
「目障りだな」
「えっ! あっ、ルクス待て――」
上空を飛ぶ物に向かってブレスを吐く。獣人の姿なので、ドラゴンの時より威力が弱いようだ。
「ルクス! 加減しろって! どうして一瞬で消滅するほど威力で攻撃するんだ!」
ガルガの言葉に、上空の黒い煙を見る。その黒い煙は、ブレスの威力が弱かったために残った残骸。一瞬で跡形もなく消す事は出来なかった証拠だ。
「獣人の姿だから、ドラゴンの時よりかなり威力は弱かったんだが」
ドラゴンのブレスだったら、何も残さない。
「今ので弱かったのか?」
「あぁ」
我の言葉に呆然と空を見るガルガ。
「あれで弱いのか……」
ガルガは少し考えこむと、ルクスに視線を向けた。
「さすがドラゴンと言いたいが、あれの半分ほどの威力にする事は出来ないか?」
「半分? 無理だな」
「無理か」
「あぁ、方法を知らない。そもそも、攻撃を弱める方法など、記憶にない」
我の言葉に、また考え込むガルガ。
「放出する魔力を少しにすればいいのでは?」
ガルガの言葉に、首を傾げる。
「なぜ?」
「なぜって、ブレスの力を弱めるためだ」
「ふむ」
放出する魔力?
「調整をした事がない」
「……」
あっ、ガルガが溜め息を吐いた。
「普通は調整をするのか?」
「あぁ、そうしないと魔力切れを起こして命に係わるからな」
「魔力切れ? 人間はそんな心配をしないとダメなのか?」
「ルクスの魔力は……膨大だな。でも、ずっと使い続ければなくなるだろう?」
ガルガの言葉に首を横に振る。
「いいや、なくならない。使った分はすぐに補充されるからな。ドラゴン・コアにはそれだけの力がある」
我の言葉に目を大きくするガルガ。
「それは、凄いな。あっ、ルクス。ドラゴン・コアの力について、無暗に話さない方がいい。狙われるぞ」
「わかった」
我を狙った者は殺せばいい。だが、周りが騒がしくなるのは面倒だ。
「ドラゴン様ですか?」
んっ? 崖の上にある墓の前で会った獣人たちが、少し困惑した表情で目の前まで来た。
「この魔力。ドラゴン様ではないですか?」
「そうだが」
どうして、そんな確認をするんだ?
あっ、そうか。魔法で獣人に変化しているんだった。
「あぁ、よかった。見つけた」
獣人の一人が我の前に出て来て、頭を下げる。墓の前でされた膝をついて頭を下げるより、こっちの方が気楽でいいな。
「我に用事でもあるのか?」
「確認したい事がございます」
「なんだ?」
「ドラゴン様が、これからどうなさるのか教えて下さいませんか?」
我の今後か?
「ここにいるガルガと幸せを見つける事にした」
「そうでし――」
「俺と?」
驚いた表情をするガルガが不思議で視線を向ける。
「あぁ、ガルガが言ったんだぞ。『いろいろな事を経験して自分の幸せを探すしかない』と」
「言った。確かに言ったが、一人で……待て。俺が断ったらルクスは一人で幸せを探すのか? 威力が異常に強いルクスが一人で? 全く迷いなく力を振るうルクスだ。これからもいろいろと……」
ぶつぶつと言い出すガルガを見ると、なぜか顔色がどんどん悪くなっていく。
「どうした」
「ルクスを一人にするのは危険だ。見張り役がいる」
見張り役?
「ガルガが我を見張るのか?」
「あぁ、俺が見張り役だ。ルクスがさっきみたいに攻撃したら体を張って……いや、無理。体を張るのは無理だから……説得する」
自分で言った事を、すぐに無理だと言って頭を振るガルガ。その様子が面白い。
「あの、少しいいですか?」
困った様子の獣人たちに視線を向ける。
「なんだ?」
「えっと、ドラゴン様の目覚めのお祝いをしたいのですが、参加して頂けますか? 人が森を襲い被害が出たので、盛大なお祝いは出来ませんが」
お祝いか。リーガスが、我の誕生した日を祝いたいと騒いでいたな。生まれた日など知らないと言ったら、リーガスは出会った日が生まれた日だと勝手に宣言した。
あれ? 我の誕生した日の祝いはどうなったんだった?
……思い出せないな。という事は、生まれた日が来る前に眠りについたのかもな。
「リーガスが楽しみにしていたのに」
ツキッ。
んっ? また胸が、微かに痛んだ?
「ドラゴン様? 参加は無理でしょうか?」
心配そうにこちらを窺う獣人たちに視線を向ける。
「大丈夫、ガルガと一緒に参加するよ」
「んっ? 俺も?」
「わかりました。ドラゴン様、ガルガ様。準備が出来ましたらお呼びしますので、もう少しお待ち下さい」
嬉しそうに笑う獣人たちに、ガルガが口を閉ざす。
「わかった」
我の言葉に、獣人たちが嬉しそうに頷くと準備をしに行った。
「ルクス」
ガルガを見ると、真剣な表情をしている。
「なんだ?」
「俺の事を勝手に決めるな」
「んっ? ダメなのか?」
「あぁ、ダメだ。とりあえず俺が関わるなら一言、言ってくれ」
「わかった」
いちいち面倒だが、ガルガが言うならそうするか。あぁ、そういえば、リーガスも勝手に決めたと怒った事があったな。気を付けておこう。