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―元冒険者 ガルガ視点―
ドラゴンのルクスに、服の重要性を理解してもらい本来の話し方でいいと言われ、気が緩んでいた。まさか「幸せ」について聞かれるとは。
ルクスを見るが、揶揄っている様子はない。彼女は本気で幸せについて聞いている。でも俺は、ルクスの質問に答えられそうにない。
「悪い、その質問の答えを俺は持っていない」
俺の言葉に、ルクスはジッと俺を見つめる。嘘を言っていると思われているのだろうか?
「本当に知らないんだ」
メディート国で冒険者をしている頃は、多くの者たちを助けた事で「勇者」と呼ばれた。
国にも認められ、幸せだと思った。親に捨てられた俺が、皆に認められる存在になったのだと。
でもその幸せは、一瞬でなくなった。
俺に冤罪を着せたのは、仲間の一人だった。俺は、奴の実力を認めていたのに。彼こそ、次の勇者になる存在だと。そんな信じた仲間に、俺は裏切られた。
罠に嵌めたのが誰なのかわかった時、俺は衝撃を受けた。他の仲間が俺の冤罪を晴らしてくれたが、やるせない思いは消えず。そんな状態の俺に届いたのは、国からの「勇者としては不適格、国を欺いた可能性あり。よって二度と勇者を語るな」という通達だった。
幸せだった俺の世界は、一瞬で崩れ去った。
「ガルガ、大丈夫か?」
過去を思い出し、険しい表情でもしていたのか?
「大丈夫。少し過去を思い出しただけだ」
「過去?」
「あぁ……仲間だと思っていた者に裏切られて、幸せを失ったんだ」
「幸せを失った?」
「あぁ」
ルクスに何を話しているんだ? 幸せが何か知らないドラゴンに話したところで、俺の気持ちが伝わる事はないのに。
「悲しいな」
ルクスの言葉に首を傾げる。
「わかるのか?」
「我にはわからん。でも、記憶の中にいる者が幸せを返せと泣いている。つまり幸せを失うのは、悲しい事なのだろう? まぁ、記憶の中の者は泣くだけでなく、原因を刺し殺して笑っているが」
「えっ? 記憶の中の者? んっ? 誰の事だ? というか、刺し殺す?」
記憶という事はドラゴンであるルクスの記憶だよな? つまりルクスは幸せを知っている? いや、知らないから俺に聞いたんだよな? ……駄目だ、頭がこんがらがってきた。それに刺し殺して笑っているって……不気味過ぎるだろう。
「我の力を得て、生き延びた者だ」
ルクスの力で生き延びたという事は、
「ルクスとは別人?」
「そうだ。その者が死んで力が我に返って来たんだが、どうやら記憶も持って来てしまったようだ」
「そうなのか」
力の譲渡をした者が死んで、力が戻って来た。その力に、力が宿っていた者の記憶があったという事だな。
力を他の者に譲渡? ドラゴンはそんな能力を持っているのか。物語で読んだドラゴンより、凄い事が出来るのだな。
「幸せを失ったという事は、幸せを持っていたんだよな? その幸せは何をして得られたんだ?」
「幸せを持っていたというか、幸せだった時があるという事なんだが。俺の幸せは国に認められた事……なのか?」
俺の幸せは、メディート国の上層部……あんな奴等に認められる事だったのか?
「ガルガ?」
「頑張った事が認められて幸せだと思った。でも、あの幸せは俺が思っていたより、価値がなかったようだ」
俺の言葉に、少し首を傾げるルクス。
「幸せに価値?」
混乱している様子のルクスに、ちょっと笑ってしまう。最強の力を持つドラゴンが、「幸せ」を知ろうとして混乱している。
「ふむ。ガルガの言っている事は、よくわからんな。それにしてもお前は、短い人生なのにいろいろと経験しているんだな」
短い人生? あぁ、ドラゴンに比べたら人の人生など短いだろうな。
「ルクスは、どれくらい生きているんだ?」
「さぁ? 覚えていないな。子供の頃――」
「子供の頃があったのか!」
ルクスが俺を見る。その真っすぐな目に、そっと視線を逸らす。
「悪い。あるよな。うん。ドラゴンにだって子供時代はあるんだ」
真っすぐ俺を見るルクスにちょっとたじろいだ。
ルクスの瞳は不思議だ。赤みがかった金色の瞳に真っすぐ見られると、なぜか逃げ出したくなる。別に魔力で圧を掛けられたわけでも、武器を手にしているわけでもないのに。
「すまない、ルクスの子供時代が想像出来なかったんだ」
「そうか。ずっとずっと昔の事だから、我もあまり覚えていないな」
今のルクスの姿は二四歳ぐらいか? でも実際は、俺たちからは想像も出来ない時間を生きているんだよな。
「不思議だな」
「不思議?」
「あぁ、長く生きるとはどういう感覚なんだ?」
人でも、魔力が強いと長生きだ。それでも、二百年ぐらいだったはずだ。ドラゴンからしたら、二百年などあっという間なのだろうな。
「つまらない」
「えっ? つまらない?」
「あぁ、全てがつまらなくなる。でも、リーガスがいた時は違ったな」
リーガス?
「ガルガは、リーガスに似ている」
俺がリーガスに似ている? んっ? リーガスは人なのか?
「リーガスさんは、何者なんだ?」
「我の……友だった獣人だ」
ルクスの友。つまりドラゴンの友か。
「俺が? ルクスの友に似ているのか?」
「あぁ。彼女は面白い存在だった」
つまり、俺は面白い存在という事か? どこがだ?
「リーガスは、食べるたびに幸せだと言っていた。ガルガはどうだ?」
「まぁ、うまい物を食う時は幸せかな」
「なんだ。ガルガもリーガスと同じで、食べれば幸せになれるんじゃないか」
確かにそうだけど、ルクスの求める幸せはそれでいいのか?
「ルクスは、なぜ幸せになりたいんだ?」
「リーガスが求めたからだ」
ルクスの言葉の意味がわからず、首を傾げる
「リーガスの墓に「幸せになってね」と書いてあった。だから、我はリーガスの願いを叶えたい。だから幸せにならなければならないんだ」
「あぁ、それは……」