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ドラゴンは幸せが分からない  作者: ほのぼのる500
旅立ちと家出獣人
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―落ちてきた女性 ミルフィ視点―


 攻撃魔法から逃げられないと思った時、会場に掛けられていた防御魔法が作動したようだ。でもなぜか二つの魔法はぶつかり合って暴発し、私の意識はそこで途切れた。

 強い風を感じて目を覚ますと、私はなぜか空にいた。何が起こったのか理解できなかった。でもそれ以上に、現状をどうすればいいのか不安に襲われた。私の魔法は土属性。風属性なら体を浮かせられたかもしれないけど、私は出来ない。

 私は、死を感じた。ここで終わってしまうのだと。

 でも私は助けられた。ドラゴンという伝説の生き物に。

 まさか、ドラゴンが現れ助けられるなんて思ってもいなかったから、最初は唖然とした。次に助かったとわかった瞬間、嬉しさ、悲しさ、悔しさ。いろいろな感情に襲われ、気持ちを抑えられなくなった。

 いつぶりだろう、あんなに声をあげて泣いたのは。

 正気に戻った瞬間、羞恥に襲われた。淑女教育も終わりに近付いた十七歳。まさか、あんな醜態をさらすなんて。

 でも、ドラゴンのルクス様の言葉に心が軽くなった。

 ドラゴンの背に乗り、向かった場所はラクスア国らしい。何があったのかわからないが、問題がありここに来たようだ。

 私は邪魔にならないよう静かに様子を窺った。命の恩人たちの邪魔をするわけにはいかない。

 しばらく様子を見ていると、ラクスア国の王との話し合いは無事に終わったようで、ドラゴン様の仲間たちがホッとした様子になった。

 それに私もホッとした。でもガルガさんという方が私を見た時、次は私の番だと緊張した。

 でも、命の恩人に嘘は言いたくない。何より、私はもう自分に正直に生きたい。


「どうして空にいたんだ?」

 ガルガさんが当然の質問をする。でも、私はその答えを知らない。

「申し訳ありません。それが私にもわからないのです」

「わからない?」

「はい」

 嘘は言っていないと信じて欲しくてガルガさんを見る。

「そうか。言いたくなければいいんだけど、覚えている事を話してくれるか?」

「はい」

 話そうとすると婚約者の顔を思い出し苛立った。

「ミルフィ? 大丈夫?」

 あっ、失敗した。

 一回深呼吸をする。

 もう、マルファ様なんかに振り回されたくない。

「はい、大丈夫です。私には婚約者がいます」

 いましたと過去にしたいけど、まだ婚約者の筈だから。

「彼は父の友人のベルフォア公爵家長男マルファ様。幼い頃に婚約してそれなりにいい関係を築いていると思っていました」

 そう、私は燃えるような愛がなくても、いい関係を築けていると思っていた。

「ですが学園に通いだしてから、マルファ様は変わりました。女性たちを周りに侍りだしたんです」

 最初は、優しい彼に女性たちが集まっているのかと思った。彼は、本当に優しい人だと思ったから。でもあれは違う。今考えれば、優しいから集まっていたのではない。マルファ様が、それを許したから女性たちが侍ったのよ。

「私は何度も彼に態度を変えて欲しいと注意しました。そのせいで、彼に侍る女性たちから暴言を吐かれましたが。いずれ結婚するのです。少しでも彼に態度を改めて欲しかった」

 今考えれば、無駄な時間だったわ。

「でも彼は全く変わらず。だから私は家族に助けを求めました。でもお父様もお母様も『優しい方だから女性が勘違いしても仕方ない』というのです。婚約は家同士の契約です。だから私は我慢しました。マルファ様に侍る女性たちの嫌味や攻撃にも」

 思い出しただけで腹が立つわ、マルファ様に。いえ、彼だけではない。お父様もお母様も、そしてマルファ様の両親も。

「どいつもこいつも、本当に苛立ちますわ」

「「えっ」」

 ガルガさんとバズさんが驚いた表情で私を見ています。もしかしたら醜悪な表情をしているのかもしれません。でも、気持ちが抑えられません。

「マルファ様。いいえ、マルファなんて屑よ。何が優しいよ。あんなのただの女好きなだけじゃない。お父様もお父様よ。注意してくれたっていいのに、何がこれからの関係が悪くなっては困るよ。私が困っているんだから助けなさいよ! 私を助けてくれたのは、お兄様だけ。お母様なんて、お父様を困らせないでって。私の事はどうでもいいというの? 私がマルファのために何度泣いたと思っているのよ! どうしてあんな女たちに嫌味を言われないと駄目なの? 背中を押されたり、足を引っかけられたりしないと駄目なのよ!」

 あぁどんどん、怒りが湧いて来る。こんなのいつもの私ではないのに。

「そんな屑は、捨てればいいよ」

「はい、ルクス様。私はどうして我慢をしていたのかしら。あんな屑のために」

 視界が滲み、ぽろぽろと涙が落ちる。ずっと、ずっと我慢してきた。家族が困らないように。マルファ様に嫌われないように。

「とうとう名前で呼ばれなくなりましたね」

「話を聞く限り屑で十分だろう」

 ルクス様と一緒にいるバズさんとガルガさんの言葉に、ちょっと笑ってしまう。

「はい。あんな奴は屑で十分です。私の家族も……屑です」

 私は元々お転婆だった。外で遊ぶのが大好きで。でも婚約してからはいろいろな事が駄目だと言われた。ベルフォア公爵家を継ぐ屑のために。

 それなのに、我慢した結果がこれ? 

 私は騎士になりたかった。幼い頃暴れた馬から私を助けてくれた女性騎士。あまりにカッコよくて、いずれ自分も騎士にと。でもそれは儚い夢。私はオフィル侯爵家の次女だから。

「夢をあんな屑のために諦めたなんて」

「何になりたかったの?」

「騎士です」

「えっ」

 んっ? バズさんが嫌そうな表情をした。もしかして騎士が嫌いなのかな?

「今からではなれないの?」

 ルクス様の言葉に涙が止まる。

「今から? それは無理だと思います」

 幼い頃から騎士を目指してようやくなれる物だから。それに私はずっと貴族令嬢として生きてきた。家を追い出されたら、どうしたらいいのかもわからない。そうだ。どんなに嫌だ、嫌だと言っても家からは逃げられない。

「私は貴族令嬢として生きてきたので、騎士になりたいと言ったら家を追い出されるかもしれません。そうなれば一人で生きていかなければなりません。お金の稼ぎ方も知らないのに……」

 何て恥ずかしいんだろう。どんなに怒った所で私は……一人では何も出来ないんだ。

「家に帰りたい?」

「帰りたくないです」

 あっ、無意識に答えてしまった。そうか。私は家に帰りたくないんだ。何も出来ない私には、何て無意味な希望なんだろう。

 ルクス様を見る。そして笑った。

「でも私には家に戻る以外の選択がありません」

「酷い顔」

「こら、ルクス。なんて事を言うんだ」

 ルクス様を怒るガルガさん。バズさんは楽し気に笑っている。

 いいな、こんな風に話して笑い合える仲間がいて。私の学園での評価は、屑の周りに侍る女性たちのせいで最悪だった。その噂を信じたのか、それとも関りたくないからか、友人なんて出来なかった。あっ、たった一人だけ。私の事を支えてくれた友人がいたわ。私が攻撃された時、最初に危ないと叫んでくれた友人サーリャ。彼女は私の傍にいたけど、怪我などしていないかな? 心配だな。

「ミルフィ」

「はい」

 ルクス様に視線を向ける。

「私ね。これから幸せを探すために旅に出るの」

「えっ? 幸せ?」

 戸惑った私に向かって頷くルクス様。

「そう。私の友人がね。私が幸せになる事を願っていてね」

「そうなんですか」

 えっと、私はどう答えたらいいのかしら?

「ミルフィは今、幸せ?」

「幸せ……いいえ、私はずっと幸せではありません」

 婚約者と家族のせいで、でも……私の居場所は、他にはない。

「私はやり方を間違ったのでしょうか?」

「そんな事はありません」

 バズさんを見る。彼はとても優しい表情で私を見ている。

「今はミルフィ様の話しか聞いていないので、断言はできません。でも話を聞く限り、ミルフィ様の婚約者が悪いです。そしてそれを助長させたのは、間違いなく婚約者の両親とミルフィ様の両親です」

「ありがとう」

 ずっと私の態度が、私の行動が悪いのかもしれないと考えてきた。だから彼は変わってしまったかもしれないと。

「ずっと不安だったの。私のせいかもしれないって」

 ポン。

「えっ?」

 ガルガさんの手が私の頭の上に載る。その不思議な行動に、どうしていいのかわからず困惑する。

 これは動いたら駄目よね? そもそも手が載っているから動けないし。でもどうして?

「はははっ。そんなに困った表情をしなくても。頑張ったな。偉いぞ」

 ちょっと乱暴な手が、頭を撫でる。

 昔、お父様に頭を撫でられた事があった。「偉いぞ」って。どうしてお父様は、私を助けてくれなかったのだろう?

「ふっ。うぅぅぅ」

 両手で顔を覆う。さっきも沢山泣いたのに。まだまだ泣けるなんて、これはきっと一生分だ。

「今日は、このまま城で寝泊まりする事になっているから。落ち着いたら風呂を借りて寝ろ。ミルフィは疲れ過ぎているんだ」

 ガルガさんの言葉に、泣きながら頷く。


 窓から入る光で目が覚めた。

「あれ?」

 目が開けにくい……もしかして、昨日泣いたからかな?

「おはよう……酷い顔」

 えっ、誰?

「ルクス! その言い方は駄目だ。ミルフィ、目が腫れているぞ。冷たい水で冷やした方がいい」

 あぁ、そうか。皆と一緒の部屋に泊まったんだ。こんな事は初めてだから、寝る前はドキドキしたな。寝られるかなって思ったけど、ぐっすりだったな。

「ふふっ」

「どうした? はい」

「えっ?」

 ガルガさんからタオルを受け取る。

 あっ、冷たい。冷やしたタオルを作ってくれたんだ。

「ありがとうございます」

 目に当てると、目の周りに熱があるみたいだ。

「気持ちいい」

「それは良かった。それよりどうして笑ったんだ?」

「それは……」

 今更、恥ずかしがってもね。昨日の醜態を見られているんだから。

「今日初めて会った方と同じ部屋で寝られるのか心配だったけど熟睡できたので、自分でもビックリしちゃって」

「いろいろあって疲れていたんだろう。少しは落ち着いたか?」

 タオルを目に当てているのでガルガさんの表情は見えない。でも、彼が心配そうに私を見ている気がした。

「はい。ありがとうございます」

「それは、良かった。朝ご飯がもうすぐ来るから食べようか」

「はい」

 昨日のような苛立ちは落ち着ている。怒りのような感情も。

 昨日、この部屋に案内してくれた男性獣人が、朝ご飯をワゴンで持って来てくれた。

「ガルガ様。王が話をしたいと言っています」

「わかった。朝ご飯を食べた後でいいか?」

 ガルガさんは凄いな。私が王に呼ばれたら緊張して朝ご飯は食べられないと思う。

「はい。一時間半後に迎えに参ります」

「わかった、ありがとう」

 バズさんとガルガさんが、ワゴンからテーブルに朝食を移動している。

「手伝います」

 ルクス様を見ると、窓から外を眺めているのが見えた。何か考え事だろうか?

「ルクス。一緒に食べるか?」

 ガルガさんが呼ぶと、ルクスさんがテーブルの上の料理を見る。

「うまそうか?」

「城の調理長が作った物だ。きっとうまいに決まっている。食べないと損をするぞ」

 ガルガさんの言い方に笑ってしまう。

「ガルガさん、言い方が駄目だと思います」

「そうか? 大丈夫。ここには俺たちしかいない」

「上にいるぞ」

 ルクスさんがガルガさんを見て、指を天井に向けて指す。

「上?」

「あぁ、3人。あれ? 慌てている」

 天井を見るルクスさんに、ガルガさんとバズさんも天井を見る。つられて天井に視線を向けるが、私にはわからない。

「もしかして監視か?」

 ガルガさんの言葉にバズさんが息を呑む。

「監視? あっ、誰もいなくなった」

「「「……」」」

 部屋が静かになる。

「よしっ、ここは王城。監視ぐらい当たり前なんだろう。気にするな。飯が冷める。食うぞ」

「そうですね」

 ガルガさんとバズさんは気にしない事にしたようだ。ルクスさんは元々気にしていないように見える。

「……」

 天井を見る。

「昨日の私は、叫んで、泣いて、ふて寝……全部、見られていたの?」

「ぶっ」

 ガルガさんがスープで咽ている。

「大丈夫ですか?」

「あぁ。大丈夫だ」

 バズさんは、気配りの出来る人だな。

「ミルフィ、食べよう」

 ルクス様の言葉に頷くと椅子に座る。

「どうぞ」

 ガルガさんからスープの入った器を受け取る。一口飲むと温かく優しい味がした。

「食べて落ち着いたら、お風呂を借りれるようにしたから」

 ガルガさんの言葉に首を傾げる。お風呂だったら昨日……昨日? あれ? 記憶が。

 あぁ、そうだ。昨日私は、泣きながら寝てしまったんだった。なんてこと、十七歳にもなって。

「気にするな。それだけ疲れていたって事だ」

「はい」

 でも、気になる。口の周りを拭く。まさか涎とか大丈夫だよね?

「少しは落ち着いたか?」

 食事が終わり、ゆっくり過ごしているとガルガさんが私を見た。

「はい」

「そうか。良かった」

 微笑んだガルガさんを見ると、心が温かくなる。

 窓から外を見る。今日はとてもいいお天気で太陽の光が眩しい。

 私は、家に戻って……戻る? 戻りたい? 本当に?

「苦しいな」

「自分を大切にしろよ」

 えっ? 

 小さな呟きのあとに聞こえた言葉に、ドキッとした。ガルガさんを見ると、優しい目をしている。

「後悔しないようにな。どうせ、生きていればいろいろな事に後悔する。それなら、今は後悔しないようにするんだ。結構重要だぞ」

「そうですよ。我慢して後悔する人生を送るのが嫌なら、思い切って決断するのも良いですよ。俺も家族を捨てて来たんです。拾ってくれたのがガルガさんとルクスさんで良かった」

 バズさんが家族を捨てて来た? こんないい人が、そんな決断をするなんて。どんな家族だったんだろう? 

「お風呂に入ってスッキリしておいで」

 ガルガさんとバズさんを見て頷く。

 うん。頭をスッキリさせて、私の幸せを考えよう。今なら、ちゃんと向き合えると思うから。

「はい。行ってきます」


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