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―ルクス視点―
準備が終わり、ガルガ、バズ。そして村の獣人リサラを乗せ、口には縄でぐるぐる巻きにされた六人の人間と一人の獣人を咥える。持ちやすいように、縄に工夫がされているので我は縄を咥えるだけでいい。ぐるぐる巻きの者たちは、揺れは大きくなるだろうが気にしない。
体に力を入れ、乗っている者たちを振り落とさないように注意しながら上空へ上がる。
「綺麗ですね」
リサラの言葉に続いて、バズの声が聞こえる。
「はい。上空から見たこの世界は凄く綺麗です」
そうかな? 我にとっては見慣れている光景なのだけど。
しばらく優雅に空の旅を楽しむ。少しずつ日が落ちてきているのか、見える風景の色が変わっていく。
「あれ?」
何か今光った? でもここは空の上。光物など何もないはずだけど。
「ルクス? どうした?」
我の状態に気づいたのか? ガルガは鋭い時があるな。
「上空に光物がある。あれは……人間が落下して来るぞ」
「ルクス、落ちて来るわけではなく、転がって……言い方が悪いな。倒れているのではないのか?」
ガルガの言葉に違うと首を横に振る。
「違う。ちょうど今、落ちて来るところだ」
我の視線を追うガルガ。だが、彼にはまだ何も見えないはずだ。落ちて来る者と少し距離があるからな。
「あのガルガさん、ルクスさんの言う通り本当に人が落ちてきます」
そろそろガルガでも見えるだろうと思っていると、バズが戸惑った声を出した。
「本当か?」
ガルガはバズの話だとすぐに信じるんだな。何だろう、腑に落ちないな。
「はい。えっと、ドレスを着ている人か獣人です」
あぁ、あのキラキラした物はドレスか。
「あぁ、本当にあれは落ちてるな。というか、助けないと」
ガルガにもようやく見えたようで、我の上で慌てだす。
「落ち着け。助けるのか?」
「あぁ、ルクスには負担を掛けるが頼む」
別に負担ではない。
「わかった」
少し体の向きを変え、落下してくる者の下に急ぐ。
あっ、下から悲鳴が。体の向きを変える時に、揺れが酷くなったみたいだな。まぁ、気にする事もないだろう。
「あと少し」
ガルガがドレスを着た者に手を伸ばしているようだ。
「届いたか?」
「……よしっ、届いた!」
背に微かに反動を感じた。落ちていた者が乗ったからだろう。
「人の女性ですね。えっと、起こした方がいいのかな?」
バズの戸惑った声が聞こえる。
「生きていたのか?」
「はい。もちろん」
我の言葉に、バズが焦って答える。
「んっ。えっ?……えっ?…………死んだのかしら?」
落ちて来た女性が目を覚ましたのか、初めて聞く声が聞こえる。
「死んではないぞ。安心しろ」
ガルガの声はちょっと安心させる事が出来る。おそらく、もう大丈夫だろう。
「生きてるの?」
「そうだ」
「ふっ……うっ」
どうしたんだ? 苦しそうな声でもないし、言葉が出ないのか? 今まで普通に話しておいて?
「うわぁぁぁぁ」
えっ? あぁ、泣いているのか。
「怖かったぁぁあ。うぅぅぅ」
背中にポンポンと小さな振動を感じる。
もしかしたら女性が我の背を叩いているのか?
「ありがとうございます。うぅぅぅぅぅ」
感謝を述べながら泣く女性。しかもドレスを着ている。
「なんだろう。面白い者が落ちてきたな」
「こら、ルクス」
あっ、しまった。声に、出ていた。ガルガの咎めるような声を放置して、そのまま飛ぶ。
「そろそろ着くぞ」
「んっ? あっ、そうだった。俺たちにはやらなければならない事があったな」
ガルガ、まさか忘れていたのか?
ラクスア国に入ると、一番大きな建物に向かう。
「ルクス、よく王城の位置を知っていたな」
ガルガの感心した声に、小さく笑ってしまう。
「ルクス?」
「王はその国で一番大きな建物に住んでいるとリーガスが言っていた。だから目に付く建物に近づいただけだ」
「ははっ。なんだ」
ガルガが呆れた様子で笑いだした。
あれ? 下が随分と騒がしいな。
見ると。武器を持った者たちが集まって来ていた。
「やばっ。これって奇襲だと思われていないか?」
ガルガの言葉に、あぁそうかと納得する。
「そう見えるだろうな。どうする?」
「どうするって、村の事を知らせる事しか考えていなかったから……」
困った声が聞こえるので、表情もそんな感じなんだろうな。
「あの、風の力で声を届けたらどうですか?」
あぁバズは風属性だな。それなら、出来るな。
「いい考えだ、バズ。それでいこう。バズ、風を……王城の一番上。あそこに届けてくれ」
王城の一番上? 建物の一番高いところだな。
見ると、周りと比べると豪華な服を着た男性と女性が見えた。
「はい」
バズの風魔法で、ガルガの声が豪華な服を着た二人に届く。しばらくすると、武器を持った者たちが構えを解いた。
「ルクス、王城の前の広場に下りよう」
「わかった」
王城の前に縄で縛った者たちを転がすと、我も下り立つ。その姿に、集まっていた獣人たちに緊張が走ったようだ。
「うわぁ。本物。ねぇ、本物よ」
女性の興奮した声に視線を向けると、口を手で塞がれた女性獣人の姿が見えた。
「何をしているんだ?」
「あれはきっと、さっきみたいに叫ばないようにだと思います」
「そう。気にしないのに」
バズが、ドレスを着た女性を支えながら我の背から下ろす。ガルガとリサラが我から下りたのを確認して、獣人化すると集まった獣人たちが一気に騒がしくなる。
「なんだ?」
「ルクスが獣人化したからだろう。リサラも驚いている」
ガルガの視線を追うと、リサラが目を見開いている。
「驚かせたか?」
「いえ、そんな、まったく」
「いや、驚いているだろう。言葉がおかしいぞ」
ガルガが楽しそうに笑うと、リサラが困った表情を見せた。
「すみません。まさかお姿を変えられるとは思わなかったので」
我に頭を下げるリサラ。
「別に気にしない。それより、誰か来るぞ」
我の言葉に、近づいて来た者に我々の視線が集まる。それに少し緊張した面持ちを見せる、犬の獣人。周りがその獣人に敬意を見せているので、ラクスア国の重鎮だろう。
「ドラゴン様。お会いでき光栄です。私はラクスア国の王コロジール・ラクスアと言います。どうぞよろしくお願いいたします」
温和な笑みを見せ、我に向かて頭を下げるコロジールにちょっと戸惑う。
まさか、我に声を掛けて来るとは思わなかった。
「我はルクス。あ~……急に訪れて悪かった」
おい、ガルガにバズ。どうしてそんなにビックリした表情をしているんだ?
「ルクスが真面な事を言うなんて」
我にも出来るわ。まぁ、記憶の中から引っ張りだした言葉だが正解だろう?
それにしても、ガルガとバズは我を何だと思っているんだ?
じろっと睨むと、ガルガは笑って視線を逸らした。
「すみません、ラクスア王。私は、ルクスと旅をしているガルガと言います。話を聞いていただけますでしょうか?」
ガルガは顔を引き締めると、コロジールを見る。
彼はガルガの言葉に頷くと、温和な表情が消えた。
「先ほど少し伝えたように、ラクスア国の辺境地にメディート国の者が侵入。村の者を人質に取り、ドラゴンの森の守り手を殺害しようとしました。我々は偶然、ドラゴンの森で不審者に遭遇。メディート国の思惑を知り、人質を救出。これからの事をお願いしたいために、ラクスア国に来ました。こちらはリサラ。辺境地に住む村民です。詳しくはこの者から聞いて下さい。あとそこに転がっているのが、侵入してきたメディート国の者と裏切り者の村長です」
ガルガに紹介されたリサラは、コロジールに深く頭を下げる。
「話はわかりました。すぐに対応いたします。リサラ殿、大変な目にあっている事に気づけず、申し訳なかった」
コロジールの言葉に涙を浮かべて首を振るリサラ。
どうやら、ラクスア国の王は話の通じる者のようだ。
コロジールが騎士団長を呼ぶと、空の旅で意識を失っている者たちが連れて行かれた。
「ラクスア王、すみません。言い忘れていた事があります」
コロジールがガルガを見る。
「ドラゴンの森にも奴らの仲間がいるのですが、話を聞きますか? それとも森の守り手たちに任せますか?」
コロジールはガルガと我を見ると、少し考え込む。
「話を聞きたいので、申し訳ありませんが森の守り手を紹介いただけますか?」
「わかりました。伝えておきます」
「ありがとうございます。こちらから使者を向かわせます」
ガルガとコロジールが頭を下げ、どうやら話はまとまったみたいだ。
「これで問題は解決だな」
ガルガを見ると、嬉しそうに頷く。どうやら満足いく結果だったようだ。
「こちらの問題は解決しましたが、あの女性はどうしますか?」
バズの言葉に、すっかり忘れていた落ちてきた女性を見る。我やガルガに視線を向けられた女性は、少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「えっと、先ほどはすみません。あんな醜態な姿をお見せしてしまって……」
「別に醜態ではないだろう」
「えっ?」
驚いた表情で我を見る女性。
「泣いただけだろう?」
「えっと、ですが大声を上げてしまい」
「それだけ『何かがあった』という事だろう? 気持ちを爆発させる事は、悪い事ではない。泣いている者を醜態と言う奴は、屑だ」
「……はい」
んっ? 女性の口元が微かに上がるのが見えた。それに首を傾げる。どうして笑っているんだ?
「ルクス、えっとお嬢さん。話が出来るように、場所を借りたから行こう」
いつの間に?
ガルガを見ると、初めて見る男性獣人と共にいた。
「誰だ?」
「借りる部屋まで案内してくれるんだよ」
「そう。助かるよ」
男性獣人を見ると、もの凄く緊張しているのか小さく震えている。
「大丈夫だって、ルクスは恐ろしい存在ではないから」
男性獣人の様子を見たガルガが、彼の肩をポンと叩く。それに少し飛び上がる男性獣人。
「あっ。悪い」
まさかという表情をするガルガ。彼もそれほど驚くとは考えていなかったようだ。
「いえ、失礼いちゃ……いたしま、した」
大丈夫か? こいつ。
ジッと我が見ると、額から汗が伝う。
「ルクス」
「なんだ?」
ガルガを見ると、可哀そうな目で男性獣人を見ていた。
「ルクスの存在が緊張するみたいだから、ジッと見てやるな」
「そうか、わかった」
我の魔力と相性が悪いのかもな。
男性獣人から視線を逸らし、少し離れる。
「部屋は何処に?」
「すみません。尊い方に会って、落ち着かないんです。部屋はこちらです」
男性獣人から出た「尊い方」を少し不思議に思いながら、ギクシャク歩く彼に付いて行く。
「こちらです。すぐにお茶とお菓子を用意します。あっ、お食事の方がいいでしょうか?」
我は見ず、ガルガだけを見て問う男性獣人。
なんだろう、彼の態度が面白くなってきた。近づいて反応が……あ~ガルガから視線を逸らす。
どうやら、我の気持ちがバレたようだ。睨まれた。
「食事はいらないです、ありがとう」
「わかりました」
男性獣人は我々に頭を下げると部屋を出て行く。ゆっくり歩き去る男性獣人は、ある程度離れると急に走りだした。しかも「いやっほう」と叫んでいる。彼は大丈夫なのか? あっ、バズも彼の去った方を見て唖然としている。ガルガには聞こえなかったみたいだな。
しばらくすると、表情を引き締めた男性獣人が入って来る。そしてお茶とお菓子を用意すると部屋を出て行った。なんとなく、彼の様子を窺う。曲がり角2個目で走り出し、今度は「上手く出来た」と叫んでいる。面白い。
「お嬢さん」
「はい」
正面に座って話しているガルガと女性を見る。
「貴族か?」
「はい」
「そうか。悪いんだが、話し方をいつも通りにさせてもらう。かしこまって話すのは苦手なんだ。問題ないか?」
「あっ、はい。問題ありません」
女性は頷くと、お茶を一口飲む。
「ありがとう。それじゃ、名前は?」
女性は背を伸ばすとガルガを見る。
「カシャート国オフィル侯爵家の次女ミルフィ・オフィルと言います。皆様のお陰で死なずにすみました。本当に、ありがとうございます」




