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―ガルガ視点―
もの凄い勢いで落下するのでビビる。
静かに敵に近づこうとした作戦が、さっそく駄目になった。
「ルクス!!!!!」
地面には無事に着地成功。それにホッとしながら、上空を見る。ドラゴンの尻尾が左右に揺れている。
「はぁ、まぁ無事に着いたからよかったか」
ルクスの魔力に包まれたのがわかったから、大丈夫だとは思ったけど怖かった。本当に怖かった。
「誰だ、きさま」
まぁ、あれだけ派手に登場したらこうなるよな。
俺の周りを囲う六人に、視線を向ける。
武器は剣に、弓もある。あとは、腰に下げているのは魔道具だな。何が起こるかわからないから、時間を掛けるのは悪手だな。
「初めまして。獣人を解放して欲しいんだが」
俺の言葉に馬鹿にした様子で笑う者たち。たった一人なので、気が緩んでいるようだ。
「お前、頭は大丈夫か? それで『どうぞ』なんていう奴がいるわけないだろうが」
「そうだな」
右足を少し後ろに引き、目の前にいる者との間合いを確認。
「それなら、しょうがない。力ずくだな」
言い終わった瞬間、目の前にいた者を倒す。次は左にいる者だ。
二人倒したところで、少し呆然としていた敵が動き出す。でも遅い。もうすでに、三人目を倒し四人目に向かう。少し反撃されたが倒し、五人目に視線を向けて動きを止めた。
「動くなよ」
五人目の腕の中には、子供の獣人。残った二人を見る。
「どうする?」
「向こうに知らせろ」
向こう?
二人の視線は、先ほど見つけた建物の方を見ていた。
呼ぶなら早い方がいいぞ。だって、そろそろルクスが、
ドドドーーーーン。
巨大な音と一緒に地面が揺れる。
やり過ぎないように言ったのに。
二人を見ると、揺れで隙が出来ている。その隙を見逃さず、獣人の子供を助ける。
「あっ! 待て!」
バキバキバキ。
地面の揺れが落ち着くと、木々の倒れる音が森に響く。
「何が起きているんだよ!」
「しるか!」
目の前の二人がケンカを始めたので、そっと獣人の子供に話しかける。
「獣人たちが監禁されている場所は?」
「あっち」
俺が怖いのか震えている獣人の子供は、縋るように俺に視線を見てある方向を指した。
「ありがとう。一緒に来るか?」
「うん」
ケンカ中の二人を見ながら、子供が教えてくれた建物に向かって移動する。
「ここ?」
「うん」
獣人の子供が心配そうに扉に手を当てる。もしかしたら、この子の家族が中にいるのかもしれない。
建物を調べ、最後に扉を確かめる。
「おい、何していやがる」
俺のことに気づいたのか、苛立った様子で近づく二人。
「後ろに下がって」
獣人の子供を下がらせると、近づいて来た二人に俺から襲い掛かる。
「えっ。うわっ」
「あっ」
あっという間に二人を倒すと、獣人の子供に視線を向ける。
「大丈夫か? 怖くなかったか?」
「凄くかっこいい」
えっ?
キラキラした目で俺を見る獣人の子供に笑ってしまう。
「かっこよかったか?」
「うん。凄く、凄くかっこよかった」
獣人の子供の返答に笑いながら、倒れた一人に近づく。彼が倒れた時、首から提げている鍵が見えたのだ。
「これか」
倒れている者から鍵を引き千切ると、獣人たちが監禁されている建物の扉に鍵をさす。
「合っているみたいだな」
鍵を回すと、ガチャリと音が聞こえた。そっと扉を開けると、薄暗く汗臭かった。建物の中に入ると、巨大な檻がある。そしてその中に子供や女性、年配の獣人たちがいた。
「ママ」
獣人の子供が檻に近づき、ある女性に必死に手を伸ばす。
「ルイ―ス」
手を伸ばされた女性は、子供の手を掴むと泣き出した。
その様子を見ながら檻の周辺に視線を向ける。
何処かに檻の鍵がある筈だ。
「お兄さん。鍵なら扉の傍にある棚にあるよ」
年配の獣人が指す方を見ると、棚が見えた。
「ありがとう」
「それはこっちの言葉だよ。ありがとう。本当に、ありがとう」
俺に向かって深く頭を下げる年配の獣人。彼の体には、殴られた痕があちこちにあった。
鍵を開けると、獣人たちが体を支え合いながら檻から出て来る。
その様子を見て、監禁が随分と長い間だった事に気づいた。獣人は人より体の作りが強い。それなのに、足が弱っている。
「大丈夫ですよ。元の生活に戻れば、すぐに体は元に戻ります」
ある獣人が、俺の様子を見て笑って教えてくれる。それに笑って返すと、一緒に建物を出た。
「何をしていやがる」
苛立った様子の獣人が、俺たちの前に来る。
「お前か? こいつ等を出したのは。余計な事をしやがって。おい、誰が出てきていいと言った。戻れ!」
威圧的に怒鳴る獣人は、おそらくラクスア国を裏切った村長だろう。
「うるさいな」
「なんだと」
村長は俺の胸ぐらを掴むと、殺気を向ける。
「部外者は黙っていろ。メディート国に引き渡してもいいんだぞ?」
「やれるものなら、やってみろ」
村長から少し後ろに視線を向けると、こちらに飛んで来るルクスが見えた。
「あぁ、それならやってやるよ」
「その前に、逃げた方がいいぞ」
「はっ? というかお前、何を見ていやがる」
「空飛ぶドラゴン」
俺の言葉に、眉間に皺を寄せる村長。
周りの獣人も少し戸惑っている様子がわかった。
「わぁ、ママ。ドラゴン様だよ」
子供の声に、獣人たちが視線を空に向けポカンと口を開けた。
「終わったのか」
上空から聞こえるルクスの声に、ここに来る前に聞いた声も間違いなくルクスの声だったと知る。
「あぁ、大丈夫だ」
「それは?」
「それ?」
ルクスが何を聞いているのかわからず首を傾げる。
「ガルガに引っ付いているそれ。それは何だ?」
引っ付いている?
あぁ、未だに胸倉を掴んでいる獣人に視線を向ける。
村長は、顔色を真っ白にして微かに震えていた。
「獣人を虐げてきた、原因の村長だ」
「あぁ、それが」
ルクスの中で、村長は「それ」みたいだな。獣人として扱って貰えないなんて可哀そうに。
「ルクス、このままラクスア国に報告に行きたいが、連れて行ってくれないか?」
僻地の事とは言え、ラクスア国。国が彼らを守らないと。
「わかった。それは連れて行くのか?」
「あぁ、もちろん。あと、こいつ等もだな」
俺が倒した者たちを見る。
さて、どうやって連れて行くか。それが問題だな。
「あっ、向こうの建物にいた者たちは?」
「…………」
「ルクス?」
まさか、全員が死んだのか?
「生きている者はいなかったぞ」
あららっ。
「ガルガさん、ごめんなさい。止める間がなかったです。尻尾でバン。それで終わってしまって。建物も完全に崩壊しました」
あちゃ~。
「まぁ、それなら仕方ない」
「ガルガに言われたから、加減はしたんだぞ」
ルクスの言葉に笑ってしまう。
「どこがだ?」
「壊れたのは建物だけだった。地面はセーフ」
あぁ、なるほど。いや、納得してどうする。でも、ルクスがそう言うという事は本気を出したら……。
「尻尾を本気で叩きつけたら?」
「それはもちろん、地形が変わるな。前は巨大な穴が出来て、その後その場所は湖になった」
それに比べたら随分と加減してくれたんだな。
「あの」
鍵の場所を教えてくれた獣人が傍に来る。
「もしかして、彼らが建てた建物を破壊したのですか? そうだとしたら逃げて下さい。あの場所を管理しているのは、メディート国なんです。彼らに目を付けられたら殺されてしまいます。あの国の者は、我々に何をしてもいいと考えている。本当に、酷い国なんです」
俺の元いた国って、外から見ると本当に酷い国なんだな。いや、ある程度は知っていた。でも、ここまで恐れられ、そして嫌われているなんて。中にいると気づかないものだな。
「どうやって管理をしているんですか?」
「この村と隣接している村に、騎士たちが在住しています。その騎士たちが、何度も確認に来るんです」
やはり、ラクスア国が動く必要があるな。
「ラクスア国に現状を伝えてきます。少し待っていて下さい」
「国に? 動いてくれるでしょうか?」
それは、俺には答えられない。もし国が動かないのなら、獣人たちを森に連れて行った方がいいかもしれないな。
「とりあえず、すぐに行ってきます。えっと、こいつ等は……とりあえず縄で縛って」
どうしよう。置いていくのは心配だ。それにラクスア国に侵入した犯罪者として連れて行きたい。
「ガルガ。全員を縄で縛って塊にしてくれ。そうすれば我が縄を咥えて運ぶ」
あっ、それは良いな。そうしよう。
「その運び方だと、凄く揺れそうですね」
バズの言葉に想像して笑ってしまう。
確かに、揺れるだろうな。
「恐怖に慄いてもらおう」
俺の言葉に獣人たちが、笑い出す。そして、あちこちから楽しそうに縄を持って来てくれた。
「ありがとう。バズ、手伝ってくれ」
そういえば、この村の獣人たちはドラゴンを見て驚いてはいたけど、恐怖を感じている者はいなかったな。何故だろう?
「あの」
傍にいた獣人に声を掛けると、少し緊張した面持ちで俺を見た。
「ドラゴンを見ても怖くなかった?」
「えっ? 怖くはないです。ドラゴン様は、この村をお作りなった存在で、ずっと信仰の対象でしたから」
信仰の対象! それにこの村を作った?
「そうだったのか」
「はい。とても綺麗なお姿ですよね」
うっとりするような表情でルクスを見る獣人。
彼女の本性がバレる前に村を出発しよう。うん。それが良い。
「ガルガ様」
様? 呼び方に驚いて視線を向けると一人の女性獣人が頭を下げた。
「国に報告する際、私もこの村の代表として一緒に行っては駄目でしょうか? この村の実情について、直接訴えたいのです」
実情を知るのはこの村に住む者だけだ。一緒に来てくれた方が、話は進むだろう。
「わかった。ルクスに聞いてみるよ」
女性獣人はルクスを見ると、頬をゆるめる。
「ルクス」
「話は聞いていた、乗せてもいいぞ」
「うわっ」
小さな声を洩らす女性獣人に、ちょっと笑ってしまう。
実情を訴えたいのもあるが、ドラゴンに乗りたい気持ちもあるんだろうな。
「ありがとうございます。すぐに準備をしてきます」
興奮気味に走り去る女性獣人。その姿に、周りからくすくすと笑い声が上がった。




