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「ドラゴン様ですよね? お願いします、私の家族を助けて下さい」
必死の表情にどうするべきか迷いガルガを見る。彼も少し考えると、アグーに視線を向けた。
「何があったのか話して下さい」
ガルガに視線を向けられたアグーは頷くと、泣きついている獣人の肩に手を置く。獣人は泣きながら頷くと、これまでの事を話しだした。
爆弾を背負った獣人は、ラクスア国の僻地に住む獣人だった。穏やかな村だったが、数年前から隣のメディート国から人間が入り込むようになったらしい。村民たちは村長にラクスア国に報告するべきだと言ったが、村長が国を裏切った。金に目が眩んで、村民たちをメディート国のための道具とした。彼らは家族と別々にされ、自分たちが命令に従わなければ家族が死ぬと言われ従っているそうだ。
「どうしてドラゴン様に助けを?」
アグーが獣人の手を掴むと、彼は悲し気に笑う。
「もう限界なのです。こんな物を背負って獣人を殺せなんて。我々の家族の命が掛かっていても出来ません。それに私が死んだら、次は家族が私の役目を負うでしょう。それなら、ドラゴン様に村を一気に焼いてもらった方が」
あっ助けてというのは、家族を殺してくれという事なのか。
「私は既に獣人を殺しています。その罪は償わなければなりません。でも妻や娘たちはまだ誰も殺していません。彼女たちにそんな酷い事して欲しくない。でも、私に彼女たちを助け出す力はありません。だから、酷い事をさせられる前に終わらせて欲しいんです」
「わかった」
ガルガの言葉に驚く。まさか、彼が賛成するとは。
獣人はガルガを見て、何度もありがとうと呟く。
「ただ、俺は殺さない方法を選ぶ」
あっ、やっぱりガルガだな。
「えっ? どういう事ですか? 助けていただけるのでは?」
「あぁ、助ける。でも殺さない。俺はお前の家族を、取り戻してやる」
獣人が苦しそうに胸元を抑える。
おそらく彼はそう言って助けを求めたかったんだろうな。でも、出来なかったんだろう。そんな面倒な事に手を貸す者などいないと思ったから。だから、ドラゴンである我に一気に燃やして貰おうとした。家族を獣人殺しにしないために。
「ルクス」
ガルガに視線を向ける。
「頼みがある」
「なんだ?」
「俺を村まで届けてくれないか?」
「いいぞ」
「ありがとう」
ガルガのお礼に肩を竦める。
彼がお礼を言う事ではないと思うが、律儀だな。
「あの、ご迷惑をおかけしてすみません。村の獣人たちは、ある場所に監禁されています」
「ふっ」
獣人が深く頭を下げると、ガルガに殴られた人間の笑い声が聞こえた。
「なんだ?」
アグーが笑った人間の胸元を掴み持ち上げる。
どうやら彼は、静かに怒りを溜めこんでいたようだ。
「馬鹿な奴らだな。ドラゴンが何だ? たった一匹で何が出来るというんだ?」
あざ笑うように話す言葉に、アグーもガルガも周りにいる獣人たちも黙る。そして可哀想な視線を人間に向けた。
「もう、失敗した事は仲間に伝わっている。今頃別の爆弾を背負って獣人たちを襲う準備でもしているだろうな。はっ、何が助けてやるだ。ははははっ」
「そんな……」
「あぁ、大丈夫。こちらの様子を窺っている人間を見つけたから、逃げられないように結界で閉じ込めておいた」
「えっ?」
驚いた表情をする人間に、ガルガがポンと肩を叩く。
「残念だったな。ちなみにたった一匹のドラゴンに何が出来るかって? 国を廃土にする事ぐらいなら、簡単に出来るんだぞ」
小馬鹿にしたような表情で説明するガルガに、人間が目を見開く。そして我に視線を向け、視線が合うと引きつったように笑い首を横に振った。
「馬鹿な。そんなことは聞いていない。ドラゴンは、ただちょっと力が強いだけで何も出来ない存在なはずだ」
あれ? ドラゴンをそんな風に認識しているのか?
「誰がそんな事を言っていたんだ?」
アグーも不思議そうに人間を見る。
「ア……誰でもいいだろうが! 魔王の手先のドラゴンなんて、我々の敵ではない!」
「「「「「……」」」」」
辺りを静寂が包む。
「ガルガ」
「なんだ?」
我はガルガを見て、首を傾げる。
「こいつの言っているドラゴンは……赤子の事か?」
生まれたばかりのドラゴンならば、確かにちょっと力が強い程度だ。地面に尻尾を叩きつけても、ひび割れは作れるがクレーターを作る事はない。山に雪崩を起こす事は出来るが、山を平らには出来ない。
「いや、そうではない。おそらく間違った情報を本当だと思っている勘違い野郎だ」
「ですね」
ガルガの言葉にバズが賛同する。
なるほど、勘違い野郎か。
「アグー、ルクスが今回の事に関わった者たちを結界内に閉じ込めている。そちらで対応してもらえるか?」
どうやらガルガは、勘違い野郎を無視する事にしたみたいだ。
「はい。こちらで対応します。ガルガたちは、これから村に行くのですか?」
アグーも無視か。
「あぁ、すぐに村に行って獣人たちを助けて来る。ついでに、ラクスア国に報告もしてくるよ」
「わかりました。気を付けて……」
アグーの視線が我に向く。
「やり過ぎないようにお願いします」
「……んっ? 我に言っているのか?」
「はい。あそこは緑が多い村でした。今はどうなっているのかわかりませんが。あそこで火を噴くと、周りへの影響が大きいです」
「あぁ、わかった。つまり、木々に気を付けて攻撃しろという事だな」
「えっ? まぁ……はい」
少し戸惑った様子を見せるアグー。それほど心配しなくても、木々を燃やさないように攻撃する事は出来る。だから、大丈夫だ。
「なんでだろうな。その言葉に、安心できないのは」
ガルガの言葉に、頷くアグー。
「あっ、いえ」
我の視線に、焦って首を横に振るアグー。
どうやらアグーもガルガと同じ思いになったようだ。なんとなく釈然としないが……今までの事を思い出し……。
「まぁ、そう思うだろうな」
なぜか納得出来てしまった。
「あはははっ」
我の言葉を聞き、笑い出すガルガ。アグーとバズは驚いた表情の後で笑った。
「さてと、行くか。あっその前に」
ガルガは、アグーに地図を借りると一ヶ所を指した。
「ここは?」
「獣人たちが背負っていた爆弾と同じ物が大量にある。外に持ち出せないように、ルクスが結界を張ったが近づく者がいないか見張っておいて欲しい」
「わかった。仲間に見張らせておこう」
「頼む。あとは……特にないかな。二人はどうだ?」
ガルガが我とバズを見る。
「もう、ないと思います」
「我もそう思う」
ガルガが頷くと、アグーは他の獣人の下に行った。
「よしっ、行くか」
ガルガの言葉に本来の姿に戻り、ガルガとバズを乗せる。
「「「「「お願いします」」」」」
助けを求めた獣人だけではなく、森に住む獣人も我々に向かって深く頭を下げる。ガルガはそれに手を上げると、我の首辺りをポンと叩いた。
二人を乗せ、僻地にある村に飛ぶ。
「早いですね。もう見えてきましたよ」
「さすがルクスだな。あっという間だ」
少し速度を上げたので村までは十数分。確かにあっという間だな。
「村の近くに開いた場所があるな、あそこに――」
「待って下さい。村から少し離れた場所に、人が集められています」
ガルガの言葉を遮ったバズが、ある方角を指す。
「バズは目が良いんだな。何処だ?」
バズの指した方を見て首を傾げるガルガ。我はバズが見た元を確認できたので、高度を上げバレないように近づく。
「なんだ、あの建物は」
村には似合わない頑丈な建物。その周りを、武器を手にした人間たちが囲っている。
「悪い事をしてそうですね」
「そうだな。爆弾を作っている場所かもしれないな」
「どうしますか?」
ガルガとバズを乗せたまま、少し体を震わせる。
「「うわっ」」
振動に焦った二人を見る。
「んっ? あぁ、もしかして任せてくれって事か」
ガルガの言葉に頷く。
ドラゴンの姿でも会話が出来ないと不便だな。前の時は、身振り手振りで意思疎通を試みたが、今ではやる気が起きない。やはり会話が一番だ。何か方法がないか、沢山ある記憶の中から探してみるか。
「ルクス」
ガルガの真剣な声に振り返る。
「やり過ぎるなよ」
……頷く。
「今の間が凄く気になるが……村人の救出も大切だからな。バズはどっちに付いて行く? 俺としてはルクスを止める役目を頼みたいんだが」
「えっ、僕がですか? 無理だと思うんですが」
ガルガが笑ってバズの頭をポンと叩く。
「大丈夫だ。ルクスはバズを気に入っているからな」
まぁ、ガルガの言う通りだな。けっこう気に入っている。ガルガと同じぐらい。
「そうなんですか? 嬉しいです」
バズの弾んだ声が聞こえる。どうやら、我に気に入られて嬉しいらしい。
んっ?……胸がほわっとする。これは、なんだろうな。
「ルクス。俺を獣人たちが監禁されている場所まで運んでもらえるか?」
頷いて、獣人から聞いて来た場所の上まで跳ぶ。
「さて、ここからどうするか」
「魔法で下に下ろす。それでいいか?」
「あぁ、そうしてくれ」
「えっ?」
ガルガは気付かなかったが、バズは我の声に驚いた様子だな。
「あれ? 声が?」
「どうした?」
「ガルガ。下が騒がしい、急いだほうがいいぞ」
「そうだな。ルクス、頼む……えっ?」
ガルガも我と会話が出来ている事に気づいたようだ。目を見開いて我を見ている。
「行くぞ」
「あっ、いや、会話! ちょっ、ま」
ガルガの慌てている様子を無視して、ガルガを我の魔力で包み込み下に飛ばす。
「うわぁぁぁぁぁ」
「あっ」
バズが焦った様子で下を見る。
「ちょっと早かったか」
もう少しゆっくり落とした……下ろさなければ駄目だったようだ。
悪い、ガルガ。わざとではない。




