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『どうしてこの者の名前が刻まれた石だけ大きいんだ?』
あれ? 名前の下に言葉が刻まれているな。
『「ルクス、ごめんね」えっ? もしかして我の知っているリーガスなのか?』
戸惑いながら、石に刻まれた言葉を読む。
【ルクス、ごめんね。私が弱かったせいでルクスは眠ってしまった。もっと私に力があれば。ルクス、どうして何も言わず眠ってしまったの? いつ起きるの? もう一度、飛んでいる姿が見たい、声が聞きたい。ねぇ、ルクス。目覚めたら今度こそ幸せになってね。私は、ルクスと出会えて幸せだったよ。ありがとう】
『リーガス』
我が目覚めるのを待っていたのか? 我のせいで、いろいろな者に狙われてしまったのに。
ツキッ。
微かに胸が痛み、首を傾げる。
今の感覚はなんだろう? 初めての感覚だから、気になるな。沢山ある記憶の中に、答えはあるだろうか?
頭の中で記憶を辿る。仲間を裏切った者が感じた感覚に似ているな。彼は裏切った事を「後悔」している。
『つまり我は、後悔をしているのか?』
しかし、何に対して後悔をしているんだ?
大きな石に刻まれた名前を見る。
リーガスに何も言わず眠った事だろうか? それとも、彼女の望みを叶えてあげられなかった事だろうか? 我の事なのに、分からない。
温かな風が吹くと、ふわりと懐かしい香りがした。
『この香りは、リーガスが好きだった花だな』
あぁそうか、ここは。
『墓場だ』
リーガスの亡き母が眠る場所に、ここは似ている。
一度だけリーガスと一緒に墓参りというものをした。その時に見た場所と、ここは一緒だ。という事は、石に刻まれている名前は、亡くなった者の名だ。
大きな石を見る。そこに刻まれたリーガスという文字。
『そうか、リーガスは……。リーガス……久しぶりだな』
リーガスと出会ったのは、彼女が幼い頃。我が眠っている場所に、彼女が落ちて来た。それが我と彼女の始まりだ。たまたま目の前に落ちてきたから助けたが、少しずれていたら放置していた筈。彼女は運がよかった。
まぁ、我にとってはその後の方が大変だったがな。なんせリーガスは、我を見た瞬間真っ青になり悲鳴をあげ泣き始めたからな。「食べないで」と「ごめんなさい」と「許して」を何度も、何度も繰り返して。我は「人間は食べないから安心せい」と言ったが、ドラゴンの言葉。リーガスに伝わるわけもなく、出会ってから数時間も泣き声を聞き続ける事になったんだよな。
『ふっ、あれはつらかった。リーガスは泣きつかれて寝てしまうし。本当にどうしたものかと悩んだものだ』
目が覚めてからも、リーガスは騒々しかったな。
我が食べないと分かったら、今度は聞いてもいないのに我の下に来た経緯を話し始めた。「私はリーガスです。ずっと妾の子だと馬鹿にされ、邪魔だからと崖から突き落とされたのです」と。そして「行くところがないから、一緒にいさせて下さい」と泣きながら頭を下げた。
「別によいぞ」と言ったが、ドラゴンの言葉。体を使ってなんとか伝えたが、あれは疲れた。もう二度と、あんな伝え方はしたくないものだ。
一緒に生活を始めて数日。我は、リーガスとは一緒に生活が出来ない事に気付いた。リーガスは、まだ幼く弱いため守られる存在。我は強いが、獣人に変化出来ないドラゴン。しかも人間の言葉を習得していなかったので、意思疎通も難しい。
『リーガスとの生活は楽しかったがな』
変化のない日常が、リーガスによって変化した。それが、正直楽しかったのだ。でもリーガスをこのまま傍に置くと、命に係わる。だから「仲間たちがいる場所へ帰れ」と、伝えようと思った。
どう伝えたらいいのかと迷っていた時、森がにわかに騒がしくなった。原因は、森に沢山の獣人が入ってきたため。森に来た理由は分からなかったが、丁度いいと考えた。彼等にリーガスと託せると。
我はリーガスを銜えると、彼等の前に落した。魔法で怪我をしないようにしたが、彼等の慌てた姿にちょっと焦った。リーガスが怪我でもしたのかと。無事な彼女を見た時は、誤解させた獣人たちに苛立ったものだ。「リーガス!」という名を呼ぶ獣人が現れなければ、威嚇をしていただろう。
リーガスと呼んだ獣人が泣きながら彼女を抱きしめたので、我はその場から離れた。彼女を心配する者がいるなら、もう大丈夫だと思ったから。そして、我とリーガスの関係もその日で終わったと思った。まさか数年後、また会うとは思わなかったからな。
『まぁあれは、リーガスが我に会いに来たんだが』
少し成長したリーガスと、顔を引きつらせたリーガスに似た獣人が目の前に現れた時は驚いたものだ。しかも、リーガスの話から偶然ではなく我に会いに来たと言う。
『あの日から、新しい関係が始まったんだよな』
リーガスと再会してから、彼女は度々我に会いに来た。どうやら彼女の父親はある程度地位のある人物らしく、彼女には護衛が付いていた。その護衛は、我の傍に来ると震え上がって護衛の意味を成していなかったが。
我はリーガスの成長が楽しかった。会いに来る度に成長する彼女は、我にとって珍しい存在だった。変わらない日々を過ごす我にとって、リーガスはちょっとした非日常。彼女はつまらない我の生活に、少しだけ楽しみをくれた。
そんな日々を過ごして数年。リーガスの様子がおかしい事に気付いた。何か思いつめている。それが何か分からないが、嫌なものを感じた。だから、様子を見に行った。
上空からリーガスの様子を魔法で見ると、彼女は婚姻の儀という行事を行っていた。多くの獣人が笑顔なのにリーガスは悲しげで、それが気になる。しかもリーガスの隣にいる獣人の視線に嫌悪感を憶えた。だから、上空からリーガスの傍に下りた。
一気に騒がしくなる周り。リーガスは驚いた表情をしたが、我を見て安堵した表情に変わった。その表情に、様子を見に来て良かったと思った。
我の下に駆けて来るリーガス。それを止めようとする、獣人たち。なんとなくムカついたので、牙をむいて威嚇した。ついでに尻尾で周りを薙ぎ払った。叫び声に悲鳴。振り返ると建物が崩壊していた。簡単に潰れる物に興味はない。だから、気にせずリーガスを乗せて飛び出った。
追って来る獣人。それを無視し森に向かって飛んだ。途中で、獣人が森まで来ると面倒になると思いブレスで追い払った。
『リーガスはそれを見て慌てていたな』
えっとなんだったかな。
『あぁ「やりすぎ! 馬鹿! あぁ、なんて事を」と言っていたような……』
まぁ、既にブレスで追い払ったあと。灰になった者は戻せないと無視したら、凄く怒りだしたな。
『我に向かって「馬鹿」だの「もっと優しく」だのと怒った者はリーガスだけだ』
そして我がリーガスと森に帰って来た日から、また我々の関係が変わった。
リーガスは家に戻らず、森で生活を始めた。しかも、どこからか獣人たちを連れ帰って来ては、鍛え始めた。
一緒に生活をして知ったが、リーガスは獣人の中ではそこそこに強いらしい。我に比べると弱いが、リーガスが連れ帰った獣人たちでは手も足も出ないようだった。
そんな少し変わった日々を数年。人間たちが、森に攻撃をしてきた。しかも、人間たちはリーガスを狙った。我を人間たちに従わせるための人質として。
リーガスと彼女の仲間は、森を守るために攻撃してきた人間と戦った。我もブレスで応戦したが、リーガスに威力を弱めてほしいとお願いされた。強いすぎる力は、狙われ続ける原因になるからと。面倒だったが、仕方ないとブレスの威力は最低限に弱めた。
最初はリーガスたちが森に詳しい分、有利に戦っていた。でも人間たちは数が多く、しつこい。リーガスたちは少しずつ疲弊し、ほんの少し隙が生まれた。その好機を人間たちは見逃さず、リーガスは大怪我を負う。
我は、人間たちの行動を面倒に感じてきていた。遥か昔から、人間たちは何度も何度も森を攻撃する。その度に薙ぎ払って来たが、それが本当に面倒だったのだ。
しかもリーガスが「我を利用するために狙われて」大怪我を負う。リーガスの血を見た瞬間、すべての事がどうでもよくなった。まぁ、リーガスに怪我を負わせた者はすぐに灰にしたが。
我は、終わりを願った。丁度人間たちが攻撃しているので、あれで終わろうと。
しかし人間たちは弱かった。あまりの弱さに呆然。
これでは死ねないと、我は力を外に放出した。魔力が弱くなれば、人間たちの攻撃も効くだろうと。そして、眠っている間にすべてが終わっている事を願い眠った。
『まさか死なずに、ずっと眠っていたとは思わなかった』
人間たちよ、弱すぎるだろう。あれほど、無防備に攻撃しやすいようにしてやったのに。
リーガスの墓に刻まれた文字を見る。
『目が覚めるのを待っていたのか? 悪かった』
そうだ、リーガスの望みを叶えよう。そうすれば、リーガスも喜んでくれるだろう。
『リーガスの望みは「目覚めたら今度こそ幸せになってね」だな』
幸せか。我はリーガスの望み通り、幸せになろう。……あれ?
『幸せってなんだ?』
我の幸せは……何も思い浮かばないな。リーガスは、何かを食べては「おいしい、幸せ」と言っていたな。つまり、おいしい物を食べればいいのか?
ガサガサガサ。
草をかき分ける音に視線を向けると、人間がいた。姿からオスだろう。森を攻撃していた者たちの仲間だろうか? だが、敵意は感じないな。
「ドラゴン。あぁ、本当に」
人間のオスの言葉に、首を傾げる。
「すごい。とても驚異的な力を感じる」
この者は、それなりに強いようだ。ある程度の力を持っていないと、相手の力量や魔力量は分からないからな。