17
「ルクスに水音が聞こえてから三〇分。ようやく俺たちにも聞こえたな」
ガルガが苦笑すると、バズも苦笑する。
「見えた」
「着いたぁ」
疲れた表情で座り込むガルガとバズ。滝までの道が、彼らには少し大変だったようだ。まぁ山に登ったり崖を下ったり、少しでこぼこしていたからな。
「ルクス。見た感じ、聞いた滝のような気がするけど、どうだ?」
「あぁ。この滝で間違いない」
「やったぁ」
ガルガが座ったまま両手を上げる。その隣でバズも安堵した表情を見せた。
川を覗き込む。いた、大きな魚。さっきの滝にいた魚より、大きい。
「ルクス。滝を調べよう。その後に魚を頼む」
まだだったか。
「わかった」
滝に近付き、上を見上げる。
「記憶にあるままの姿だ」
なんとなく嬉しくなる気持ちを不思議に思いながら、滝の後ろに向かう。
「ルクス。あれが洞窟に入る穴だな」
ガルガが滝の後ろにある穴を指す。
「あぁ、あの穴から中に入れるはずだ」
水しぶきで服を濡らしながら、穴に近付く
「水の迫力が凄いですね。僕、凄く楽しいです」
興奮しているのか、バズの声が弾んでいる。
「そうだな。俺も滝の後ろに来たのは初めてだから楽しいよ」
そうなんだ?ガルガとバズを見る。確かに、二人は楽しそうだ。
「連れて来て良かった。……んっ?」
どうしてそんな風に思ったんだ? それに連れて来てなんて。用事があったから来たのに。
首を傾げる。
「ルクス、入るぞ」
「わかった。あっ、待った」
洞窟に入ろうとしたガルガを慌てて止める。
「どうした?」
「魔法を掛けてあるんだ。無断で入ると死ぬ」
「うわっ。死ぬとこだった」
ガルガが洞窟から離れる。
「入ってすぐ死ぬ事はないけどな」
「そうなのか?」
ガルガが洞窟の中を灯りで照らす。
「奥まで光が届かない。深い洞窟なのか?」
「空間が二つあって、奥にある空間に石板を封印したんだ。あれ? 骨がある」
「あぁ……あれは人か獣人の骨だな」
手前にある空間に転がる、数人の骨。どうやらこの洞窟に侵入した者がいたようだ。
「目的はなんだろうな?」
「さぁ?」
洞窟に向かって手を翳し、洞窟全体に掛けた魔法を解く。
「どんな魔法を掛けていたんだ?」
「夢見る魔法」
侵入した者に夢を見せ、死ぬまで魔力を奪い続ける魔法だ。この魔法のいいところは、侵入した者の魔力を使うので我の魔力をほとんど必要としないとこだ。
「夢? どんな夢を見せるんだ?」
「彼らの希望が叶った夢だ。その方が上質な魔力を奪えるからな」
苦痛を与える夢は駄目だ。魔力が安定しないし、そこから逃れようと夢から覚めてしまうかもしれないし。
洞窟内に入り、骨の数を確かめる。
「十九人いるな」
「多いな。どうしてこの洞窟に来たのか、彼らの持ち物からわかればいいが」
ガルガとバズが、散らかっている荷物を確かめる。だが、どれも古く原形をとどめていない物も多い。
「紙があります。あぁ、駄目ですね。ボロボロだし、風化して読めません」
バズが残念そうに言うと、ガルガも諦めた様子を見せる。
「こっちも全滅だ」
彼らがここに来た理由は、我も知りたい。何か方法は……あっ、沢山ある記憶の中に記憶を復元する魔法がある。どうやらこの洞窟の記憶を、見れるようになるみたいだ。
「この洞窟の記憶を呼び起こす」
「「えっ?」」
ガルガとバズが不思議そうに我を見る。それを視界の隅に入れながら、記憶の中で見た魔法を唱える。
魔力がかなり必要みたいだな。まぁ、膨大にあるから大丈夫だろう。
「うわっ。彼らが、この骨の持ち主か?」
洞窟内に浮かび上がった者たちに声を上げるガルガ。バズは驚いたのか、とっさにガルガの後ろに隠れた。
「んっ?」
「ごめんなさい。怖くて」
「ははっ、気にするな。でもこれは大丈夫だ。昔の洞窟内を映し出しているみたいだ」
ガルガの言葉に、バズが彼の横に並ぶ。そして、洞窟内に現れた者たちを見て頷いた。
「人ですね。あっ、獣人もいるみたいです」
バズが指す方を見ると、確かに獣人がいる。
「こいつらの服に付いている紋章。これはメディート国に属する侯爵家の紋章だ。どうして獣人を嫌う彼らと獣人が一緒にいるんだ? 獣人の様子から怖がっている様子はない。どちらかといえば、命令をしているな」
「ガルガさん。獣人の彼が持っている紙の内容を読めますか?」
ガルガが眉間に皺をよせ、獣人の手元を見る。
「この辺りの地図だ。それと、この洞窟に巨大な力を持つ遺跡があると書かれてある」
ガルガの位置より、我の方が読めるので声を出して内容を伝える。
「つまり、こいつらは石板を探しに来たという事か」
そうなるな。この森の地図を持っているという事は、リーガスを裏切った獣人がいるんだな。
「石板の事を誰かに話したか?」
「いや、今まで話した事は……」
ないと言いたいが、どうだったかな?
「昔の事だから覚えていない。だが、石板を見られたら面倒な事になると思っていたから話ていないはずだ」
我の言葉に二人が深く頷く。なんだろう? その態度に、ちょっと不満を感じるんだが。
「どうして、バレたんでしょう?」
「さぁな。それは考えてもわからないかもしれないな」
バズの疑問にガルガが首を横に振る。
「それより問題はこの紋章だ」
ガルガが侵入者の服の一部を指す。
「ガルガさんは、この紋章が使われている侯爵家をご存知なんですか?」
「あぁ、メディート国では有名な家だ。なんせ、王族騎士団の団長の紋章だからな」
ガルガの言葉にバズが目を見開く。
「騎士団ですか?」
「そうだ」
「つまり、ルクスさんの石板についてメディート国は知っているという事ですよね?」
「そうなると思う。ドラゴンの森を攻めたのも、この石板を狙っているからかもしれない。森に巨大な力がある事を知っているなら、奴らは絶対にこの森を諦めないぞ」
なるほど、そういう考えになるのか。つまりメディート国は、石板を求めてこれからも森を攻めて来る可能性が高いという事だな。
「面倒だな」
この森は結界で守るから問題ない。でも、結界に触れると我に伝わる。それが何度も、何度もとなると……鬱陶しい。
「ルクス」
「なんだ?」
「お前、なにか悪い事を考えていないか?」
「いや。考えていないぞ」
まだ、考える前だった。だから、ガルガの言う事は間違っている。
「本当か?」
「あぁ、これから考えるところだったからな」
「「……」」
あれ? ガルガもバズもどうして頭を抱えるんだ?
「それは、いや……何を言っても無駄だな」
無駄とは失礼な。まぁ、ガルガの言葉は時々意味がわからないので、そう言われても仕方ないかもしれないけど。
「はぁ、メディート国の事については、俺に考えがある。だから手を出すな」
「ガルガがそう言うなら仕方ない。しばらくは手を出さないよ」
「あぁ、ありが……んっ? しばらく?」
ガルガの言葉に頷く。
「そうだ」
結界が次々と反応したら、苛立って攻撃してしまうかもしれない。だから「しばらく」と言っておこう。ガルガにはウソを吐きたくないしな。
「わかった。しばらくには不安しかないが、俺はやれる事をやるよ」
心配そうに俺を見るガルガ。そんな彼に肩を竦めると、溜め息を吐かれた。
「あっ、倒れた」
バズの視線の先には、侵入者が次々と倒れる光景が広がっていた。だが、その倒れた者たちは皆笑っている。
「気持ち悪いな。どんどん細くなっていくのに笑っているのは」
細くなっていくのは仕方ない。栄養や魔力を吸い取られて言っているんだから。
「最後まで笑ってやがる」
それが「夢見る魔法」だからな。
「最後まで幸せのまま死ねたようだな。いい状態の魔力を吸い取って、洞窟の結界が強化されたようだ」
我の言葉に、ガルガの眉間に深い皺が出来る。
「侵入した者たちが悪いけど、ちょっと憐れだな」
そうか? 死ぬその瞬間まで幸せだったんだぞ?
「いい死に方だと思うけど」
「ん~、まぁ幸せのまま死ねるんだから、そうなのか?」
まぁ、死ぬ姿は綺麗とは言えないけどな。
指をパチンと鳴らし魔法を終わらせる。わかった事は、メディート国の者が侵入した事と獣人が混ざっていたという事だな。
「ルクス。この場所はメディート国に知られているみたいだから、石板を移動させないか?」
ガルガを見ると、真剣な表情をしている。
「そうだな。知られているなら封印する場所を変えた方がいいだろうな」
でも、次はどこに封印しようかな?
洞窟の奥に行き、掌を壁に向け魔力を流す。壁に見えていた物に、次々とヒビが入っていく。
「洞窟の壁ではないのですか?」
バズが興味を引かれたのか、壁に近付く。
「洞窟の壁ではなく、我の力で作った偽壁だ。この偽壁に封印に必要な魔法陣を描いたんだ」
壁に魔法陣を描くと、外から壁を調べた時に魔力の流れで気付かれるかもしれなかったからな。
偽壁に描いた魔法陣に我の力を送り、魔法陣の一部を壊せば、
ガラガラ。
偽壁は崩れ、最奥の空間が現れる。
「あの中央にあるのが石板か?」
「違う。あれは偽物」
ガルガが我の言葉に驚いた表情をする。
「どうして偽物を?」
「この空間に入った者は、それなりに力のある者だ。我の偽壁を壊せるぐらいには。そんな者が石板を手にしたら、面倒……大変な事になると思ったからだ」
「面倒事を避けるためだな」
「……」
その通り。あと、凄く暇だったからいろいろこの洞窟に手を加えたんだったな。その一つが、偽の石板作り。あれは、ちょっと楽しかった。
「で、どこに本物の石板があるんだ?」
「……どこだっけ?」
ガルガとバズが我を見る。うん、ちょっと呆れられているみたいだな。我も、ちょっと自分で呆れているから。
「えっと……あれ?」
実は結界を無理矢理突き進むと、別の空間に繋がるようにしたんだよな。あっちの空間にも偽の石板があるけど、あっちはどうでも良くて。本物は、こっちにあるはずで……。
「あっ!」
思い出した。
中央にある偽の石板に近付き手にする。偽の石板に施した攻撃魔法が我を攻撃するが、力でねじ伏せる。
「すっかり忘れていたけど、こんな仕掛けだったな」
偽の石板を横に放り投げると、石板が載っていた台座を蹴り上げる。
「おい、何をしているんだ?」
「んっ? 台座を割っている」
バキバキと石の台座が割れると、中から赤く輝く石板が姿を見せた。
「これだ」
本物の石板を手にすると、ガルガとバズを見る。
「綺麗な石板ですね。光ってる」
石板に手を置くと、文字が石板に浮かび上がる。
「凄いな」
ガルガが興奮して、その文字を追う。そして、どんどん顔色を悪くしていった。
「おい、どういう事だ? ドラゴンがこの世界から去ると、この世界は崩壊するのか?」
えっ? 石板に浮かび上がった文字を読む。
「あぁ、そう言えばそうだったな。この世界はドラゴンが作った物だから、ドラゴンがいなくなると力が維持出来ず崩壊するんだった。前に言ったが、我が最後のドラゴンだ。他の皆は飛び去ってしまったからな」
石板を見たらいろいろ思い出したな。えっと、力の暴走については……。
次々と浮かび上がる文字を追う。
「あった。えっと、最後の成長期? あぁ、成体になる時に起こりやすいのか。我にはもう関係ないな」
成体になってから随分と時が経った。
「あとは、怒りを爆発させた時だって」
そういえばドラゴンが怒り狂って、自分の命を燃やす事があるらしい。あれが力の暴走を引き起こすという事か。
「そんなに怒る事態がなければ、力の暴走は起こらないんだな」
「どういう事だ?」
ガルガを見る。まだ少し顔色が悪いけど、大丈夫だろうか?
「力の暴走の原因は『怒り』だ」
「怒りですか?」
バズが首を傾げる。
「そう。苛立ったとかではなく、我の命を燃やすほどの怒りを持った時のようだ」
そんな怒りを持つ時などあるのだろうか? 自分の事だけど、想像が出来ない。
んっ? ガルガの表情が曇った。どうしたんだ?
「ガルガ。どうかしたのか?」
「いや、ん~」
悩むガルガをバズと見る。
「なんでもない。大丈夫だ」
ガルガの表情から「大丈夫」がウソだと気付く。でも言いたくないなら、聞かない方がいいんだろうな。
「そうか」




