15
「どうした?」
「ルクス以外のドラゴンがいるのか?」
興奮気味のガルガに少し体が引く。
「今はいない。過去にいたんだ」
我にドラゴンの知識を教えてくれた者。名前は……忘れた。
「過去?」
「あぁ。我が生まれた時には、多数のドラゴンがこの世界にいた。今は我だけだ」
そういえば、ドラゴンたちはこの世界を去って行く時に何か言っていたような……なんだっけ? 結構重要な事だと思ったんだけど、思い出せないな。思い出せないという事は、そんなに重要な事ではなかったという事か? いや、昔すぎて忘れただけかもしれないな。
「あっ!」
そうだ。忘れると思ったから、石板に言葉を刻んで封印したんだ。あれは、どこだっけ?
「どうした?」
「ドラゴンたちから聞いた重要な事を、石板に刻んで封印した事を思い出したんだ」
「重要な事?」
ガルガが神妙な表情で我を見る。
「そうだ。時間経過は記憶をあやふやにするからな。だから、忘れてしまった時のために、石板に残したんだ。ただ、その石板をどこに封印したのかを忘れた」
「「……」」
呆れた様子で二人に見られているが、気にしない。時間というのは、恐ろしいものなんだ。どんなに覚えていようとしても、忘れていくからな。うん、我は悪くない!
「あっ、力の暴走について石板に残した可能性はないですか?」
バズを見る。
「どうだろう?」
石板に刻んだ言葉……言葉……。
「まったく思い出せない」
「石板の事を思い出しただけで凄いのかもな」
「そうかもしれないですね」
二人からの視線を無視して、石板について思い出せる事がないか考える。確か、この世界とドラゴンの関係について書いたような気がする。うん、そうだ。とても重要な事だったので、面倒くさかったが石板に残したんだ。
「その石板に残した内容は、重要なのか?」
「かなり重要だ。ドラゴンの姿で石板に文字を刻むのは大変なのに、その当時の我は書き切ったんだからな」
自慢気に言うと、ガルガに呆れた表情を向けられた。なぜだ? たぶん、その当時の我は凄く頑張ったのに。
「それで、どの辺りに封印したのか何か思い出せたのか? 些細な事でもいいぞ」
ガルガの言葉に、記憶を思い出そうと頑張る。頑張るが、残念ながら何も。
「あっ、滝だ!」
そうだ、思い出した。滝の後ろにある洞窟に封印したんだ。
「滝? ドラゴンの森に滝があるのか?」
「ないのか?」
記憶では大きな滝があったはずなんだけど。でも、この記憶はかなり古い。もしかしたら今は、滝がなくなっているかもしれないな。
「ドラゴンの森については、わからない事が多い。地図もないしな」
地図もないのか。あれ?
「リーガスが地図を作っていたと思うが」
確か数年を掛けて、この森を調べていた。
「そうなのか?」
「あぁ」
「地図はあるのか。でもそれは、この森を守る獣人たちしか見られないだろうな」
森を守る獣人たちだけか。んっ?
「我も駄目なのか?」
「あっ……ルクスは問題ないな」
我の言葉にハッとした表情をするガルガ。
「そうだよ。ルクスがいるんだから、その地図を見る事が出来るはずだ。よしっ、明日はこの辺りにいる獣人に会いに行こう」
楽しそうに言うガルガにバズが視線を向ける。
「あの、僕も一緒でいいのでしょうか?」
「あぁ、大丈夫だろう」
ガルガの言葉にホッとした様子のバズ。
彼はいろいろな事が心配なんだな。その場になって見ないと答えなど出ない事を心配するなんて、我には考えられない。
「出来たぞ」
ガルガが三人分のコップに朝食のスープを入れて持って来る。
「ありがとうございます」
嬉しそうに受け取るバズ。
「次は僕が作ります」
バズを見ると少し恥ずかしそうに笑っている。
「バズは料理が出来るのか?」
「はい。ガルガさんほどおいしくは作れないかもしれないですが」
ガルガから受け取ったスープを飲む。
「……薬草が多いのか?」
「薬草って……まぁ、正解だけどな。朝だからさっぱりした味にしたんだ」
薬草の味が濃いのは当たったな。さっぱりした味?
「……まぁ、言われればそうだな」
我を見たガルガが小さく笑う。バズは、少し驚いた表情をしている。
「どうした?」
「いえ、結構さっぱりした味なので」
「そうだな」
それがどうかしたのか? 我がバズを見ていると、彼が困った表情をする。それに首を傾げる。
「すみません」
バズが謝った?
「ルクス。バズが困っているぞ」
「なぜ?」
我が困らせているのか? そんなつもりはないのだが。
「ルクスの味音痴に驚いてると、睨まれたからだろうな」
「睨んだ覚えはないぞ」
「いや、ちょっと睨んでいたぞ?」
指で目元に触れる。睨んでいたのだろうか?
「よく、わからない。バズ、我は睨んでいないぞ」
「はい。そうみたいですね」
バズとのよくわからないやり取りが終わると、スープを飲み切る。
「ごちそうさま」
おいしいかどうかは、まだよくわからない。ただ、なんとなく体が温かいな。
「よしっ。獣人を探して地図を手に入れるぞ!」
ガルガの言葉に、視線をある方向に向ける。
「獣人ならあっちにいるぞ」
我の言葉に、ガルガとバズが視線を向ける。
「そうなのか? まったく気配を感じないけど」
「少し遠いからな」
だいたい五キロだな。
「行く方向も決まったし、行こうか」
ガルガの言葉に頷くと、五キロ先の獣人の下に向かう。
んっ? 森に張った結界が発動した? これは、攻撃を受けたので反撃したみたいだな。誰なのか知らないが、無駄な事を。
歩き始めてそろそろ一時間かな。ゆっくりだから、獣人に会うにも時間が掛かるな。
「ルクス。本当にこっちで大丈夫か?」
ガルガが心配そうに我を見る。
「あぁ、そろそろ気配を感じるのではないか?」
「そうか」
ガルガが歩く先を見る。そしてハッとした表情をしたあと、安心した様子になった。
「まさかここまで離れていたとは思わなかった」
そういえば、どれくらい距離があるのか言い忘れていたな。まぁ、もういいか。
「止まれ! お前たちは誰だ?」
武器を持った獣人たちが目の前に現れると、ガルガが両手を上げる。
「俺たちは、敵ではない。俺はガルガ。ドラゴンのルクス。あと……仲間予定のバズだ」
ガルガの説明に笑ってしまう。
そこまで正直に言う必要はないだろうに。
「おい今、ドラゴンと言わなかったか?」
「言った。ほんとにドラゴン様なのか?」
ドラゴンという言葉に反応した獣人たちから、戸惑った声が上がる。
「アグーから何か聞いていないか?」
「森の賢者様からはドラゴン様が目覚められたとは聞いたが。本当に?」
疑うような視線を向けられると苛立つな。
「ドラゴンの姿を見せればいいのか?」
我の言葉に、先頭にいる獣人が戸惑ったように頷く。
「わかった」
獣人の姿からドラゴンの姿に戻る。戻った時間は数分。獣人の姿に戻り獣人たちを見ると、全員が地面に座って頭を下げていた。
「申し訳ありませんでした。ドラゴン様を疑ってしまい」
先頭の獣人の体が震えている。怖がっている様子に、ガルガを見て肩を竦める。
「気にする必要はない。それより、頼みがあるんだ」
「何でしょうか? 出来る事でしたら、何でも致します」
先頭の獣人が我を見る。
「そんなにかしこまらなくていいぞ」
「いえ、ドラゴン様は我々にとって最上の存在ですので」
最上の存在ね。面倒だな。
「森の地図を持っているか?」
「はい。とても大切な物ですので、厳重に管理させていただいています」
「その地図を見たいんだけど、いいか?」
「わかりました。すぐにお持ちいたします。こちらでお寛ぎ下さい」
獣人たちが用意した椅子に座り、暫く待つ。
「どうぞ」
慌てたのか、少し髪の乱れた獣人が我の前に地図を広げた。
「滝は……」
ガルガが地図に書かれた滝を指す。
「三ヶ所ですね」




