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―家出獣人 バズ視点―
幸せを探す旅なんて。でも、ガルガさんもルクスさんも揶揄している様子はない。もしかして本当に「幸せを探す旅」をしているのだろうか?
「バズの幸せは何?」
ルクスさんの言葉に首を横に振る。
「バズも幸せを知らないのか?」
ルクスさんの質問に首を傾げる。
幸せを知らないとはどういう意味だろう?
「我は幸せがどういう物か知らない。だから、旅をしながら探す事になった」
ルクスさんは不思議な事を言うな。生きていれば、幸せを感じた時はあると思うんだけど。僕にも幸せな時はあった。そう、あったはずなんだけど。どうしてだろう? それを今、思い出す事が出来ない。
「僕は、どうしたらいいんだろう?」
代々騎士を輩出する家に生まれた。父も母も騎士。祖父も祖母も騎士。僕の周りの者は、全員騎士。だから僕にも騎士になる事を当然とした。
でも僕は血が苦手で。幼い頃、血を見て倒れた事がある。
あぁ、そうだ。あの時から、何かが変わったんだ。血を見て倒れた僕を、両親も周りも許さなかったあの日から。
泣いて嫌がる僕を、無理矢理騎士団の訓練に参加させた。何度逃げ出しても連れ戻されて。兄たちから、その度に訓練という名の暴力を受けた。傷を負う度に血には慣れていったけど、騎士が本当に大嫌いになった。
それでも、十五歳になれば学校に通える。そうなれば、騎士ではなく他の道を選ぶ事が出来る。それを、たった一つの希望にして耐えた。
でも、その希望をあいつらは奪った。僕の知らないところで、騎士学校に通う事が決まっていたんだ。何度も「嫌だ」と伝えたのに。
僕の声は、誰にも届かなかった。
父は逃げ出そうとした僕を部屋に閉じ込め、母と兄たちは僕を無視した。
閉じ込められた部屋から見た空は曇っていて、あの時から……僕はおかしくなる。
父も母も、兄たちも。あの時から、僕にとってどうでもいい存在になった。だから、密かに勉強して作っていた魔道具を使って家を爆破した。逃げ出しても追いかけてくるなら、追えないようにしないとダメだと思ったから。あの家に、いい思い出なんて一つもない。だから、何もかも爆破してなくす事にしたんだ。
「家を燃やして逃げてきたんです」
「はっ?」
僕の言葉にガルガさんが目を見開く。ルクスさんは特に反応しない。本当に彼女は不思議な獣人だな。そういえば、彼女はなんの獣人なんだろう? 耳は人と同じだ。皮膚にも獣の形跡がないな。
「バズ。家を爆破したって、どうしてだ?」
どうして?
「だって、僕を……僕の意志を無視して勝手に未来を決めるから。何度も、何度も『嫌だ』と言ったんです。でも誰も僕の声に応えてくれなくて。それでも僕は、わかって欲しくてちゃんと伝えたんです! 伝えたんだ! でも無視をされて」
あれ? おかしいな、心が苦しい。それに、言葉が止まらない。
「僕の声には無視したくせに、あいつ等の声には従えというんだ。どうして僕だけ? なぁ、騎士はそんなに偉いのか? 騎士の家に生まれたら、騎士以外の道は許されないのか? なぁ、どうしてダメなんだ? 僕は騎士が大嫌いなんだ! 国を守る大切な存在? だから僕の人生を奪っていいのか? ガルガさん、ルクスさん。どうして僕は、騎士にならなければならないんだ? 僕はそんな者になりたくない!」
どうして、彼らにこんな事を言っているんだろう?
息が切れる。あぁ、苦しい。
馬鹿だな僕は。もう何度もあいつ等に言った言葉。それが、伝わった事などないのに。ずっと経験してきたのに……僕はまだ凝りていないんだな。あぁ、ガルガさんとルクスさんの顔が滲んで見えない。彼らは今、どういう表情をしているだろう?
「そんなに嫌なら、騎士になる必要はないだろう」
「えっ?」
ガルガさんの言葉に、息を呑む。僕の声が……届いたのか?
「バズの人生だ。邪魔をするなら爆破して正解だな」
ルクスさんの言葉に、目を見開く。
「おい、爆破するのはダメだろう」
「なぜだ?」
「なぜって、それは……家族だから?」
「なんだ、その意味のわからない理由は。だいたい家族ならば、子供の声に耳を傾けるべきらしいぞ」
ルクスさんの言葉に首を傾げる。「らしい」という事は、ルクスさんの経験上ではないのかな?
「まぁ……そうだな。ルクスの言う通りだ。爆破するのはどうかと思うが、どうにもならない状態から逃げ出すのは正解だと思うぞ。うん。逃げ出して正解だ」
「ははっ、そうか、逃げて良かったんですね」
空を見る。今日はよく晴れていたから、きれいな夕焼けが広がっていた。
「きれいだな」
あの曇り空を見た時から感じていた苦しみやむなしさが消えていくみたいだ。
「ありがとうございます」
逃げていいと言ってくれて。家を爆破したのは、意見が分かれるみたいだけど。
「はははっ」
笑う僕にガルガさんがポンと頭を撫でた。あぁ、いつぶりだろう? 笑うのも、頭を撫でられるのも。
「ううぅ」
涙がこぼれる。拭っても、拭っても、あとからあとから溢れてくる。
「頑張ったな。バズ、お前は頑張った」
あぁ、そうだ。僕は、家族に理解して欲しかったから頑張ったんだ。届かない声も、いつか届くと信じて。苦しくて、悲しくても僕は……頑張ったんだ。
昔は優しかったから。いつの間にか変わってしまったけど。父と母、そして兄たちも優しかったんだ。僕は、そんな家族に戻りたかった。だってあの時は、幸せだったから。
「あれ?」
僕……寝てたのか?
起き上がると、炎が見えた。
「夜?」
「あぁ、夜中だな」
「うわっ。あ、ルクスさん」
「ガルガが言った通りだな。目が腫れている」
目が腫れる?
……あぁ、僕もしかして泣き疲れて寝てしまったのか? そうだよな、たぶん。だって、泣いた後の記憶がない。もう十五歳なのに、恥ずかしい。
「どうした? 赤くなったり青くなったりして」
その事には触れて欲しくなかったな。
「いえ、えっと大丈夫です。目は――」
「はい。冷やすといいらしいぞ」
ルクスさんから冷たい濡れタオルを受け取る。お礼を言って、その布を目に当てる。熱を持っていたのか、気持ちがいい。
「バズ、家を爆破した事は気にするな。我は、邪魔な者は全て燃やして灰にしてきた。家を爆破するなど、大した事ではない」
「……燃やして灰?」
「あぁ、森に侵入した人間やワイバーン。それに我の友を悲しませた獣人も全てだ」
それは、すごく大事なのでは?
「えっと、それについて文句を言ってきた者はいないのですか?」
「いないな。文句を言ってきた者も邪魔なら燃やせばいい」
文句だけで燃やされるのか? さすがにそれはダメだろう。あぁ、ガルガさんが言っていた常識を知らないというのはこういう事か。
「文句ぐらいなら許してあげても」
「なぜ?」
「えっ、なぜって……被害が出たわけではないからかな?」
「我の時間を無駄にした」
「……そうですね」
ガルガさんを見る。寝ている。ダメだ。僕ではルクスさんに常識を伝えられない。どうしたらいいんだ?
「バズ」
「はい」
「一緒に旅をするかどうかは、落ち着いてから決めたらいいそうだ」
ガルガさんが言っていたのかな?
「わかりました。あの、いろいろとありがとうございます」
「……何もしていないが?」
不思議そうに僕を見るルクスさん。本当にわかっていないようだ。
「えっと、僕の話を聞いてくれたので」
「相手を知るためには、相手の話をよく聞くのが一番らしい」
ルクスさんは時々、不思議な言い回しをするな。今も、自分の経験ではなく誰かから言われた言葉みたいだ。
「そうかもしれないですね」
大切な相手だったら話を聞くはずで、聞かないのは……どうでもいい相手だから。両親も兄たちも、僕のことを……。
「バズ」
「えっ? はい?」
ルクスさんを見ると、目の前にコップ。とっさに受け取ると、甘い香りがした。
「飲むと、いいらしい」
ルクスさんを見ると、僕をジッと見ている。
これは、飲めという事だろうか?
「いただきます」
甘い香りの飲み物を一口飲む。口に広がる温かい甘味。
「おいしい」
「そうか。それはよかった」
ルクスさんを見ると空を見上げていたので、つられて空に視線を向ける。
「星がいっぱいだ」
星って、こんなにきれいだったんだ。




