始まり
若菜ちゃんはずっと私の親友で、そして誰より私を分かってくれる大事な人だった。
幼い頃二人でよく遊んだ空き地は既に大きなマンションが建っていて、二人で隠れんぼした河原は今じゃ誰も入れない場所になっている。
今でもちゃんと思い出すよ。
真夏の昼間、若菜ちゃんが麦藁帽子を被って私の元に駆け寄りながら、こう呼ぶんだ。
「潤ちゃぁぁぁぁぁん!」
そして私は目が覚めた。
目の前にはさっき夢で見た子よりも大分成長した若菜ちゃんがいた。
「わぁ!びっくりした。」
「潤ちゃん起きてよ!もう遅刻しちゃうよ!」
幼馴染の栗毛の天然パーマがかかったカワイイこの子が私の親友、林 若菜。
そして私はバスケ部期待の新人、生まれつき赤毛のボーイッシュな女、川村 潤。
一見全く共通点のなさそうな私たちだが、私が5歳のときにこの街に引っ越してきて、その相向かいに住んでいたのが若菜ちゃんだった。
初めて見たときからすごく可愛いい子だなって思ったけど、ここまで正直に変わらず育ってくれて両親に感謝だ。
だって若菜ちゃんは今でも子供の頃と変わらず両頬にくっきりえくぼを浮かべて笑うんだ。
このとびきりの笑顔はずっと私のそばにあって、きっとこれからだって変わらないんだ。この頃はまだそう思ってた。
「科学の宿題やった?」
「あっやばい・・・忘れてた。」
「じゃあ今日居残りだ。あはは。」
「えぇ。試合前だっていうのに。」
いつも二人で笑いあって家から20分程の距離にある同じ公立高校に向かう。若菜ちゃんはすごく頭がいいが、私はいわゆるスポーツ馬鹿で宿題を忘れて廊下に立たされることは多々あった。
その度に若菜ちゃんはこっそり授業中に教室を抜け出して、授業が終わるまで廊下でおしゃべりするんだ。
そしてまた先生に若菜ちゃんまで見つかって、結局二人で最後まで廊下に立たされるのだ。
この日はラッキーなことに科学の先生が風邪で突然の休みだった為、授業は文化祭の出し物を決める自習の時間に変わった。
私は教室の真ん中の一番後ろの席で、若菜ちゃんは廊下側の前の方の席だった。
私達二人は同じ出し物に参加しようと前と後ろの席でアイコンタクトを取りながら、『リレー』の種目のメンバーを決めるときに同時に手を上げた。
実は私たちは走るのがとても得意で、小さい頃から恐わいおじさんの家の壁にらくがきをすれば二人で一目散に逃げ回るって事を度々していたからだ。
『リレー』の枠は女子が5人、男子が5人で内2人は私達に決まった。
そして自習の時間が終わり、いつものように若菜ちゃんが私の席に駆け寄ろうとしたとき、一人の男子が若菜ちゃんを引きとめた。
彼の名前は 大友 雄介、若菜ちゃんと席が近く何度か二人で授業中に笑っていたのを思い出した。
私と大友はまだそんなに話したことはないが、クラスでも信頼のある男だ。
私はそんな大友と若菜ちゃんを横目で見ながらポケットにあった携帯を取り出し、携帯を見ているフリをしながら二人を見ていた。
何か大友が若菜ちゃんにいい、若菜ちゃんはそれをものすごく喜んでいた。
二人の話が終わり若菜ちゃんがまた私の席に近づいてきた時、すぐに私は聞いてしまった。
「大友何て?」
「なんか一緒のリレーだから明日から朝皆で練習しないか?って。
すごくいい提案じゃない!?」
「うん。でもなんで若菜ちゃんに言ったの?」
「たぶん席が近いからだよ。
潤ちゃん。明日からもっと早く起こしに行くから覚悟してよ!」
「えぇ~。」
この時からなんだか心に靄がかかった気持ちになったが、それには蓋をし普通通りに過ごした。
そして次の日から私達リレーのメンバー達は早起きして朝練を始めたのだ。
私は決して朝が強い訳ではなく、またバスケ部って事もあり毎日リレーの朝練には参加することができなかった。