それどころじゃないとき
「ふー……」
夜。とある屋敷に侵入した男は大きく、しかし静かに息を吐いた。
そう、彼は泥棒。地主であろう、田舎の大きな屋敷に独り暮らしの男が大金と共に眠っていると噂を聞きつけ、やってきたのだ。もし、家主に見つかっても縛り上げてしまえばいい。よその家と大きく距離があるので多少の騒ぎは聞こえやしない。
覆面にツナギを着用。遠くに車を停め、そこからここまで乗ってきた自転車も後々処分する。完璧だ。証拠は残さない……はずだった。
「ど、泥棒か?」
「え……」
暗闇の中、廊下でバッタリと家主とまさかの鉢合わせ。前述の通り、もし見つかれば掴みかかるつもりだったのだが、あまりの衝撃で彼の思考は停止した。再びエンジンをかけようとする。逃げるか、それとも襲い掛かるか、だがどちらを選ぶ間もなかった。
「ああ、いい、いいっ。今、それはいいから、ちょっとこっちに来てっ」
「え、は? 今それはいい?」
「早く早く! でも静かにね!」
家主は声を潜めてそう言い、手招きした。泥棒、ましてや強盗に変わろうかという存在を差し置いて何を優先することがあるのか、と気になったわけではないが、彼は家主の背に続いた。
「このドアの隙間から見て、とにかく見て!」
「なんですか……え、あれ、え、宇宙人……?」
と、促され、家主と共にドアの隙間から部屋の中を覗くと、そこにいたのはそうとしか言いようがない風貌。宇宙人であった。
小柄で痩せ細った手足に大きな頭。特殊メイクなどではなさそうだ。そもそもそんなことをする意味がない、とまでは言い切れないかもしれないが、可能性は低いだろう。その宇宙人は
「金庫を……開けようとしてるのか?」
「そう、そうなんだよっ! 私も驚いたよ。いやぁ、普段は朝までぐっすり眠っているんだけどさ、大きな物音が何度かして、目が覚めてそれで恐る恐る調べてみたら、あんなのがいるじゃない」
「え、じゃあ、あいつのせいで俺は見つかったわけか……」
「何度か頭をさすってたし、多分転んだんだろうね」
「間抜けな……それにあれ、なんか手こずってません?」
「そうそうそうなんだよぉ。ふふふっ。ほら、頭を掻いてイライラしてるよぉ」
と、家主が嬉しそうに言ったその相手もまた泥棒なわけだが、どうやら宇宙人に出くわしたという異常事態にすぐに誰かに知らせたい、共感したいという想いが上回っているようだ。
「でも、変じゃないですか? 宇宙人なら、金庫をあっさり開けられるくらいの科学技術があってもおかしくないというか、当然だと思いますけど」
「んー、わからないけど、そういうのって資格がいるとか犯罪に使っちゃいけないとか、彼らの中で決まりがあるんじゃない? それか単純に機械音痴なのかも。個人差があるだろうし」
「そうなんですかねぇ……それにしても、針金みたいなものでチマチマと。あれで開くのか?」
「ヌアアアアアア!」
「わかりやすくイライラしてるねぇ」
「いや、声出しちゃダメだろ……。素人丸出し。自分ならもっとうまくできますよ」
「君は君で私に見つかってるわけだけどね」
「ファック! ファァァァック!」
「とうとう、はっきりと、いや地球の言語を話せるんですね」
「さすが英語。むこうさんにとって、地球の公用語扱いなんじゃないかな」
「ファック! パードゥン! アスホォォォォル!」
「英単語覚えたての中学生みたいに連呼してますよ」
「たぶん、一応勉強してきたんだろうね」
「それにしても、なんで地球の金庫を狙ったんだ……。それも銀行とかじゃなくこんなド田舎のものを」
「田舎で悪かったね。でも、あの腕前じゃ銀行の金庫なんて無理でしょ。見つかりにくいところを狙い、と君もそうだったんじゃない?」
「ああ、まあそうっすね。なんかすみません」
「まあ、今はそれよりも、お、おお、開いた、か?」
「イエース! イエス! イエスイエス! イエッ! オッオッオー!」
「滅茶苦茶喜んでますね、いや、大声出すなよ。ド素人がよぉ……」
「なんか感動するなぁ」
「しちゃダメでしょ。このままだと盗まれちゃいますよ」
「フンフンフーン……ファアアアアア!? ファック! ファアアアアック!」
「開いてなかったみたいですね……。はぁ、たくっ……」
「ああ、彼、泣き出しちゃったよ……え、あ」
「ほら、どいてろ」
「フゥゥゥ?」
「俺が開けてやるっ言ってんだよ。まったく見ちゃいらんねえよ。こんなもんはな、ここをこうして、そもそも大体どのタイプの金庫か事前にあたりをつけておくもんなんだよ……よし、開いたぞ」
「オォォォ……マザーファッカー!」
「お前、意味知らないで使ってるだろ。というかあれか? お前、まだガキか? 大丈夫かよ。地球の若いヤツみたいに、悪い連中のいいコマに使われてるんじゃないのか?」
「マザーファッカー! マザーファッカー!」
「わかったっての。ほら、せっかく開けたんだから中を見ろよ……え、これ、ミイラ? それも宇宙人の、うっ」
倒れた彼は、家主の手にあるスタンガンが笑い声に合わせ踊るのを目にした。そして、隣で同じく倒れているであろう宇宙人の呟きが耳に届く。だが、意識はやがて遠く暗く……
「マザーファッカー……マザー……マザー……」