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【完結】背徳 〜サイコパス医師に堕とされた御曹司の恋〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
29.すべてを共有したい

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95/116

VOGLIO CONDIVIDERE TUTTO すべてを共有したい III

 目が覚めると、毛織の毛布がかけられていた。


 小舟のぶつかり合う音が聞こえる。

 部屋は暗く、窓ぎわの読書机にはうすく月明かりが射している。

 意識がはっきりとしてくるにつれ、ここはどこだったかとジュスティーノは思った。


 全裸ということは、だれかと情交していたのだったか。

 体の奥にのこる、はげしい快楽の余韻。

「……イザイア」 

 ジュスティーノは、ぼんやりとつぶやいてから湿りけのこるシーツに手をついて体をおこした。


 イザイアの滞在する屋敷の部屋だったと思い出す。


 玄関ホールで、帰る算段をしていたレナートの(すき)をつきイザイアについてきた。

 気づかれて部屋にこられるのではと少々心配しながらも、数ヵ月ぶりの逢瀬(おうせ)にしあわせを感じてまぐわった。

「イザイア」

 ジュスティーノは室内を見回した。

 体をかたむけて奥の小部屋のほうも伺ったが、人がいる気配はない。

 ベッドから脚を投げだして靴を履く。

 毛布をめくり、月あかりをたよりに脱いだシャツをさがしてはおった。


 カチャ、とちいさな音がしてドアが開く。


 数本のロウソクを立てた燭台(しょくだい)が、開いたドアからさし出され、室内をオレンジ色に照らした。

 手にしていた人物の顔に、濃く影がかかる。

 イザイアだった。


「目を覚まされたか」


 そう言い読書机に燭台を置く。

「男を受け入れたのが久しぶりなら、さぞ疲れたろう」

「いや……」

 ジュスティーノは気恥ずかしくなり、苦笑いした。

「屋敷側が、若様と従者殿の部屋を用意したそうだ」

 イザイアが窓ぎわへと行きカーテンを閉めはじめる。

「手数をかけてしまったな」

 ジュスティーノはベッドに座った。

 ともかくイザイアのそばに行きたい一心で、あとさき考えずに来てしまった。

 かえって面倒をかけてしまったかと思う。


「なに。部屋が用意できなければ、この部屋に滞在されてもべつによかった」


 イザイアが言う。

 ジュスティーノは、はにかんでうつむいた。

「それでは迷惑ではないか。せっかくの休暇に」

 口元をゆるませながらそう返したが、「休暇」という言葉を口にすると、かすかに引っかかりを覚える。


 やはり休暇を終えたら、隔離施設にもどってしまうのか。

 二週間の休暇のあいだに説得することはできないだろうか。


「レナートは帰ったわけではなかったのか」 

「若様がここにいるのに、おひとりで帰るわけにもいかんのだろう」

 イザイアがカーテンのタッセルを外しがら言う。

「だいぶ怒っていらしたが」

「怒っていたのか」

 さきほどレナートの目を盗んであとにした玄関ホールの方向をながめる。

 いまごろは、腹を立てながらあてがわれた部屋にいるのか。

「律儀なやつだ。休暇をやったのに」

「二度と主人に手を出すなと言われたので、すでにベッドで過ごしてきたあとだがと答えた」

 ジュスティーノはとまどって視線を泳がせた。

 イザイアが淡々とカーテンを引く。

 廊下に出れば、怒りに顔を(こわ)ばらせたレナートと遭遇することになるのか。

「……エルモは」

「休暇あけに薬剤をとどけてくれるよう頼んだので、さっそく調達に行くそうだ」

 イザイアが答える。


 エルモへの注文が二週間も途絶(とだ)えていたのは、こちらに来るにあたって隔離(かくり)期間を設けられていたからか。


 注文が続いていることだけを無事との指標にしていたのが混乱の原因の一つだろうが、いずれにしても隔離施設内の情報が出てきにくいのはたしかだ。

 そこに今後の不安を感じる。


「イザイア」

 ジュスティーノは(ひざ)の上で手を組んだ。

 そのあとの言葉を続けるかどうか迷う。

「……できれば」

 もう行ってほしくない。そう言おうとしたが、イザイアにとっては束縛されるようで嫌だろうか。


 自身は彼を恋人のようにとらえているが、イザイアは自身を性処理相手の一人としか認識していないだろう。

 分かっている。


「いや……」

 ジュスティーノは口をつぐんだ。

 イザイアが、ベッドに近づきながらシャツの(そで)の留め具を外す。

「エルモにもイヤな顔をされましたからな。今後は最低限の連絡は心がけるが」

 そう言い肩をゆらして笑う。


「なにせ休暇というのも急に決まったもので。若様にもご心配をかけた」


 ジュスティーノは、(ひざ)の上で組んだ自身の手を見つめた。

 心の臓がつぶれるかと思うほど心配したのだ。

 いまでも、島にもどれば彼がこんどこそペストに(かか)ってしまうのではと不安でたまらない。


 そう言ってはいけないだろうか。


 愛情や親近感や恋心から出た言葉は、彼にとってはすべて理解しがたい鬱陶(うっとう)しい言葉だろう。


 また嫌な顔をされて別れを言い渡されるだろうか。


「……イザイア」

「だが、こちらには若様ご活躍との便りがとどいていた」

 イザイアが、身をかがめて顔をよせる。

 ジュスティーノは顔を上げた。



「若様のおかげで帰れる時期が早まりそうだ」



 イザイアが手をのばし、ジュスティーノの前髪をなでるようにかき上げる。

 ジュスティーノは切なく眉をよせた。

 彼のためにと、経験のない大仕事に(いど)んだ。不安も無力感も覚えて苦悩したが、むくわれた気がする。

「わたしのためだと自惚(うぬぼ)れてもよいのか、若様」

 ジュスティーノは泣き笑いのような表情になった。

 彼は、島にもどる前提で話している。

 エルモが医師としては立派な人だと評していた。

 のこしてきたほかの医師たちの人手不足を心配する気持ちは彼にもあるのだろう。


 やはり自分にできるのは、彼の伝言通りに待っていることだけなのか。



「……貴殿のためだ」



 泣いて引きとめたい感情をおさえて、ジュスティーノはそう答えた。

「そうか」

 イザイアがそう返事をする。



「愛しているよ、若様」





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