VOGLIO CONDIVIDERE TUTTO すべてを共有したい I
隔離施設の医師と助手のために用意された屋敷は、運河沿いにあった。
イザイアの滞在する部屋の窓は、小舟が行き来するのが見下ろせる。
さほど人通りの多くはない界隈らしく静かだったが、ときおり小舟を護岸に軽くぶつけて止める音と櫂のこすれる音が小さく聞こえた。
ベッドの上で、ジュスティーノはイザイアに口づけた。
ふれたくて堪らなかった唇だ。
彼がほんとうに死んでいたら、たとえ遺体でもこうしていた。
本気でともに死に、おなじ墓穴に葬られるつもりだった。
それが悲劇ではなく、とうぜんの行為に思えていたのだ。
彼にどんなに激しい恋心を持っても、その感情を理解してもらうことはかなわない。
だが遺体になら、不快な思いをさせてしまうかなど気にせずに、どれだけ恋しいのかを吐露することができる。
生きているあいだはかなわないが、人生の最後になら愛しているとぞんぶんに伝えられるのだ。
どうぞ、というふうにイザイアの唇が動いた。
ジュスティーノは強く唇を押しつけた。
イザイアの首に腕を回して、長い灰髪を両手でつかむ。
つめたい唇を舌でこじ開け、まちうけていた舌に絡めた。
「若様」
イザイアが苦笑しているような口調でつぶやく。
こちらがどれだけ切なく会いたかったのか。
死んだと聞かされどれだけ絶望したのか、彼には一生理解することはできないのだろう。
愛することの恍惚も絶望も生み出すことのできない世界にいる彼に、感情を分けてあげたかった。
自身のありあまるくらい激しい感情の世界を、彼と共有したい。
体を密着させたひとときだけでも、分かち合うことはできないのだろうか。
これだけ愛していても、神は奇跡をくれないのか。
「イザイア」
ジュスティーノは興奮した息をはいてイザイアの髪をまさぐった。
彼の存在をむさぼるようにふたたび口づける。
押し倒しても、いいだろうか。
ついそんなことを考え、うす目を開けてイザイアの反応を伺った。
もう自身の手から離れられてしまうのは嫌だった。
体の下に組み敷いて、押さえつけて所有してしまいたい。
「イザイア」
ジュスティーノは、大きく息を吐いて口づけた。
シーツに手をついてまえのめりになり、イザイアの肩を強く押す。
イザイアがわずかに目を開けた。
「若様」
イザイアがククッと笑う。
おもしろがるような表情で自らあお向けになり、ジュスティーノをむかえるように両手をさし出した。
まれなほどに整った精悍な容貌と、シーツの上にひろがるように投げ出された鉛色のゆるく波うった長い髪。
やはり美しい人だと思う。
「どうぞ」
イザイアが言う。
視界が興奮でせばまったようにジュスティーノは錯覚した。
イザイアの首筋の肌と、シャツの下の体しか目に入らなくなる。
この肌の感触を味わいたい。
できることなら一つになりたい。
熱っぽい息を吐きながら、ジュスティーノはイザイアの首筋に吸いついた。
「飽きない人だ、若様」
イザイアはおもしろがるようにクククと笑った。誘うように顎を反らせる。
ジュスティーノは、喉仏に接吻した。
あらい息を吐き、鎖骨に耳たぶの下にと接吻をくりかえす。
イザイアのはだけられたシャツの合わせに手を差しこむ。
厚みのある胸元が心の臓の振動を伝えた。
これを自分だけのものにしたい。
天国の神にすら渡したくない。
ジュスティーノは上体をかがめ、イザイアの胸元に唇を這わせた。
「若様」
イザイアが、ククッと苦笑してジュスティーノの髪をなでる。
「お会いしないあいだに、ずいぶんと強引になられた」
ジュスティーノはうす目を開けた。
好きな人と一つになりたくて、常識もつつしみも忘れる気持ちは彼には分からないのだ。
理解してほしいと迫ったところで、不可能なことを要求される不快さしかないのであろう。
せめて自身のしあわせな気持ちだけでも伝わってほしかった。
口づけているだけで、全身が甘い痺れで満たされているのだと。
頭のなかが心地よく霞んで、天にものぼる気持ちなのだと。
「若様」
イザイアが髪をなでながら呼びかける。
「いま、しあわせか?」
ジュスティーノは目を開けた。イザイアの顔を見る。
「しあわせそうな顔をしておられる」




