IL DESTINO È IN BALIA DEL VENTO 運命は風に翻弄され II
近隣の所有地の視察から戻り、ジュスティーノは屋敷の玄関口へと入った。
応接室のほうから執事に案内され玄関ホールに来たエルモと遭遇する。
いつもはなかにも入らず、玄関口で応対した執事に要件だけを伝えてとんぼ返りしていたのだが。
「どうした。めずらしいな」
ジュスティーノが手袋を外しながら声をかけると、エルモは持っていた帽子を胸もとにあてて会釈した。
何かかすかな予感が頭のなかを過ったが、一瞬で消える。
「こちらも厄介な買いつけばかりを頼んですまないが、イザイアが注文するものも入手困難なものが多いだろうに。時間はいいのか?」
「いやまあ……きょうは」
エルモは曖昧な感じの笑みを浮かべ、頬を掻いた。
「いつも玄関先でササッと現状報告だけでしたからな。たまには関連の書類をお見せして、きちんとご説明しないと」
「そういうことか」
ジュスティーノは微笑した。
「んじゃ、これで」
エルモはもういちど会釈すると、早足になり玄関口のほうへと向かった。
「あ、エルモ」
頼みたい件があったことを思い出す。
ジュスティーノは、ふり向いてエルモを呼び止めた。
エルモが開けられた玄関ドアのまえで帽子を頭に乗せながらふり返る。
真昼の強めの陽光で逆光になった顔が、目つきの強い顔に見えた。
彼の商人としての素の顔なのだろうか。ジュスティーノはそう思った。
「イザイアは、ワイン樽の注文はしていたか?」
ジュスティーノは尋ねた。
外した手袋を背後のレナートに手渡す。
「ワイン樽ですか」
エルモがいつもの愛想のいい笑顔になる。
「あたしは、うけたまわってませんが」
「彼のことだ。以前に送った一樽だけなら、そろそろ飲み干してしまうころなのではと思ったのだが」
イザイアがグラスのなかのワインを一気に飲み干していた様子を思い浮かべる。
思わず口元がゆるんだ。
早く会いたい。
そのためにいま、懸命に手をつくしているのだ。
「んじゃ、一樽送りますか」
エルモがいつもの様子でニッと笑う。
「屋敷では何種類かを気分によって選んでいた。数種類ほど送ってあげたほうがいいのだろうか」
「樽の置き場所はあるんですか?」
レナートが不快そうな表情で口をはさんだ。
「もと修道院の建物ですから、地下にワイン樽の貯蔵庫はあると思いますよ」
エルモが苦笑する。
「ワインで溺れて死んでしまえばいいのに」
「レナート」
ジュスティーノは眉をよせて嗜めた。
「あの人は元気か」
あらためてエルモにそう尋ねる。
イザイアの姿を思い出すと目元が熱を帯びる。
「まあ……たぶんお元気じゃないかと。直接会ってるわけじゃないからたしかなことは言えませんが」
エルモが指先で頬を掻く。
「そうか」
ジュスティーノは口元をゆるめた。
「ほんとうは直に会って様子をたしかめたいのだが」
注文が入り続けているのなら、イザイアは健在なのであろう。
エルモがとくに異変を口にしないのなら、彼はいまだ感染もせず無事なのだと判断できると思っていた。
「直々に行くとかやめてくださいね、若様」
エルモが苦笑する。
「ワインは送ってあげてくれ。とりあえずまえとおなじものを一樽。ほかのワインも入り用かは書きつけで尋ねてくれれば」
ふと横にならんだレナートと目が合う。
レナートはがっちりと腕を組み、非常に機嫌悪そうに眉をよせていた。
「……二度と様子見になんか行きませんよ」
「べつに何も言っていないだろう」
「ワインは……とりあえずは一樽でいいんじゃないですかね。何ていうか、お飲みになるヒマもないかもしれないですし」
エルモが苦笑いして言う。
「やはり忙しいのか」
「いちおう関連の各御家は、患者へのつきそいを禁止したようですね。代わりに患者を舟に乗せたり運んだりする人夫を追加で雇うようですが」
「そうか」
会合には先日からオルダーニ家も参加する流れになったが、それ以前の会合で決まったものか。
やはり情報の上でもエルモの存在は必要だと思った。
「医師たちも少しは楽になっていくだろうか」
エルモはなぜか無言で宙を見上げ、そのあとレナートのほうをふり向いた。
「まあそんなところで。従者の坊っちゃん、若様が直々に島に行ったりしないようにしっかり止めてくださいね」
そう言うとエルモは片手で帽子を頭に乗せた。




