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【完結】背徳 〜サイコパス医師に堕とされた御曹司の恋〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
25.片翼で飛ぶ

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VOLA CON UNA SOLA ALA 片翼で飛ぶ III

 パガーニ家本邸の応接室。

 さきほど執事に通され、ジュスティーノは屋敷の主を待っていた。

 テーブルには、横にひかえたレナートのものと二つ紅茶が置かれ、芳ばしい香りを立てている。

 

「医師殿の屋敷とおなじ豪奢(ごうしゃ)な内装ですね。医師殿の趣味というわけではなかったのか」


 レナートが軽く室内を見回す。

「ついてこなくていいと言ったのに」

 ジュスティーノは顔をしかめた。

「そんなわけにはいかないでしょう。このまえと違って御家同士の交渉ごとなのですから」

 別室には、経理にくわしい者やその他の専門の者もひかえている。

 カツカツと鮮明な響きの靴音が聞こえ、応接室のドアが開いた。


「お待たせしました」


 三十代なかばほどの身形(みなり)のよい男性が入室する。

 イザイアの兄、グイド・パガーニだ。


 紳士然とした折り目の正しいしぐさで立ち上がった二人を見る。

「お座りください」

 言いながら、グイドがふとレナートに目を止める。


「おいそがしいなか時間を空けていただき、いたみ入る」


 ジュスティーノは、目線に気づいていないふりをして椅子に座った。

「詳細については、先立って伺った家の者が話したかと」

「ええ……」

 グイドが、ジュスティーノの様子を伺うように見る。

 レナートがとくに何の感情も浮かべず姿勢よく座っているのを横目で確認して、ジュスティーノは言葉を続けた。


「とくに懇意(こんい)のこちらの御家とは、直接お話しをしておきたいと」

「懇意ですか」


 自身で紅茶を淹れながらグイドが苦笑する。

 紅茶ポットから、やや冷めかけたと思われる紅茶が流れ出た。

「そう思っていただけるなら幸いですが」

 淹れた紅茶を手前に置くと、グイドは座って品よく脚を組んだ。


「各御家の所有地をすべて消毒など。若君、大胆なことを」

「弟君から教わったことだ。通常なら終息まで三年はかかるペスト禍を、街中の消毒をおこなって一年で終わらせた例があると」


 グイドが無言で手を組む。

「……そうですか。弟から」

「貴殿も聞いていたのでは?」

「いいえ」

 グイドが答える。


「必要以上の雑談をするほど弟との仲はよくないもので」


 ジュスティーノは、グイドの生真面目そうな顔を見つめた。

 当主をつとめているだけあって手強(てごわ)い部分のありそうな人物だが、イザイアほどムダに裏をかいてくるクセはなさそうだと判断する。


「ジュスティーノ様」


 レナートが横からしずかな口調で呼びかける。

 グイドを睨みつけるように見てしまっていたことに気づいた。

「失礼」

 そう言い、目線をそらす。

「いえ」

 グイドはそう返して、ふたたびレナートを見た。

 (くだん)の手紙をよこした従者かと考えているのだろうが、ここでそれを確認すればレナートに恥をかかせることになる。

 すぐに目をそらした。



「しかしあの値段では、オルダーニ家にはほとんど(もう)けはないのでは?」



 グイドが切りだす。

「儲けは考えていない」

「ほう」

 そうつぶやく。

「お父上と御家の方々はそれで納得しましたか?」

「納得も何も、社会奉仕と寄附(きふ)は身分のある家の義務であろう」

「若君」

 グイドが軽く眉をよせる。


「懇意と言ってくださるのならあえて本音を言いますが。わたしには、あなたが弟をとり戻すことに躍起(やっき)になって御家を巻きぞえにしようとしているように見える」


 ジュスティーノはドキリとした。

 どんなきれいごとを並べようが、それがほんとうのところなのは間違いない。

 やはり上辺(うわべ)の言葉などで言いくるめられる人ではないのだ。

「何とでも」

 ジュスティーノは答えた。


「私個人の動機はお考えの通りだが、それで家に損害を負わせるほどバカではないつもりだ。値段は父と財産管理にたずさわる者もまじえて、最低限オルダーニに損害のない範囲にはおさえてある」


 「ご心配なきよう」そうジュスティーノは続けた。

「御家の方々にはどうとご説明しました。貴家には関係のない所有地に口を出すには、それなりの理由がないと納得はさせられなかったのでは?」

「正直にそのままを話した。世話になった医師が隔離施設におもむいたので、少しでも協力したいのだと」


「世話に」


 一瞬だが、グイドがべつの連想をしたかのように眉をよせる。

 男性にしては指の細い手を、口元にあてた。

「失礼」

「けっこう。否定はしない」

 ジュスティーノはそう返した。

 グイドがしばらく無言で目をそらし、ややしてから口を開く。 


「もし仮に、うちが(がん)としてお断りした場合はどうするつもりでした」




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