BACIARE TRAPPOLA 口づけの罠 II
「ペストの腐臭のつかないものなら」
託された封筒をポケットにしまい、レナートがもういちど手をさし出す。
ここまで何もなかったことですっかり油断している。
イザイアは、さし出された手首をつかみ自身のほうに引きよせた。
レナートがハッと息を呑み、体のバランスをくずす。脚を縺れさせてイザイアの肩につかまるが、体勢が整わずにシャツの胸元をつかんで体を支えた。
「なっ……!」
声を上げたレナートの顎を、イザイアは片手で乱暴につかんだ。
レナートの唇を舌で割り、強引に口づける。
いきおいよく首を横にふり、レナートは唇から逃れた。
「無礼者! 何をす……!」
「届けてほしいものと言っているだろう。人の話を聞いていないのか、従者殿」
レナートのうしろ髪を強くつかみ、イザイアはやわらかな唇を咥えた。
レナートが一瞬だけ身を縮める。外套のなかでゴソゴソと手を動かした。
きょうは銃を携帯していたか。イザイアは口づけながら口角を上げた。
レナートの手をつかみ、ひねり上げる。
「はなせ無礼者!」
レナートが声を上げた。
「これ以上何かしてみろ、撃つぞ!」
上げている声は威勢がいいが、頬は強ばっていた。身をよじり、つかまれた手首を外そうと踠く。
イザイアはおおきな目を覗きこみ、口の端を上げた。
「べつにとって食うと言っているわけではないだろう。届けものを預けているだけなのだが」
イザイアはククッと笑った。
こうもあからさまに虚勢を張られると、加虐心を煽られる。
「若君にちゃんと届けてくれ。従者殿」
イザイアはふたたび口づけた。
顔を横にかたむけ、口腔に舌を差しこむ。
逃げようと奥に動いた舌を深く口づけて追い、むりやりに捕らえて絡めた。
レナートがくぐもった声を上げる。イザイアのシャツをつかんで身体を引き剥がそうとした。
「撃つぞ」とレナートが小声で発したように聞こえた。
イザイアはうす目を開けて、眉根をよせたレナートの顔をながめた。
青年の唇を強引に奪いながら最期をむかえるというのもおもしろいかもしれない。そんなことを考える。
背徳と破滅のシチュエーションにゾクゾクする。
神罰の下りそうな背徳や、破滅に一直線に向かう危険の淵に立ってはじめて心が高揚する。
自身のどうしようもない心のクセは自覚している。
それを感じているときだけが、生きている実感を覚えるのだ。
背徳や破滅や危険だけが、脳に電流の走るような快感をくれる。
久しぶりに興奮した。
レナートの脚のあいだに膝をさしこみ、うしろ髪をグイッと引っ張って上を向かせる。
レナートはさらに眉根をきつくよせ、くぐもった抗議の声を上げた。
命を危険にさらした濫行など、刺激的で高揚する。
イザイアは口腔内を侵しながら笑んだ。
レナートの携帯した銃が腹部にあたる。服を通して伝わる硬い感触に、唇の端を上げた。
挑発するように膝を上げ、大腿を押しつける。
「使ってもよろしいが」
イザイアは、やわらかな唇を自身の唇で食んで告げた。
丸腰の人間を至近距離から撃つのは、ふつうの人間なら躊躇するものか。
撃つ可能性は低いかなと思いいたり、そこでやや興奮はうすれた。
レナートの強ばった頬に唇を這わせる。
唇が滑るたびに、レナートはビクッと肩を震わせた。
「撃ってもかまわんが、接吻はきちんと届けてくれ。若君とはいちどは恋仲のように過ごしたのだ。別れのあいさつくらい、きちんとしてさし上げたい」
レナートが何かを言いかけたが、イザイアはふたたび彼の唇を下唇で割った。
唇を強く押しつけて、舌を深くまでしのばせる。
逃げようとする舌を捕らえ、絡めて翻弄した。
レナートの髪をつかみ小ぶりの頭部を強引に上向かせる。
抵抗する手の動きが、さきほどよりゆるやかになっていた。
シャツをつかんだ手が硬直している。
唇を離すと、レナートは焦点のぼやけた目をしていた。
「たしかに渡した、従者殿」
イザイアは耳元に唇をよせた。
レナートの濡れた口元を親指の腹で拭ってやる。
「間違いなく若君にお渡ししてくれ」
背中を押して方向転換させると、レナートはハッとわれに返った表情をした。
ほんのわずかのあいだでも接吻に酔ってしまった自身が信じられないというふうに、口を手でおおい外套の合わせをにぎる。
「若君によろしく」
イザイアは微笑して出入口のドアのほうに促した。
レナートが、ふり返りもせずドアを開けて足早に退室する。
波の音がする。
渡し場でこちらをじっと見て待っているジュスティーノの姿を想像した。
「……まだおられるのか」




