AMANTE DELL'ESILIO 流刑の恋人 IV
パガーニ家の正門を出ると、エルモが馬車とともに待っていた。
大きな通りの端で馬の蹄がカツカツと石だたみをたたく。
御者はむかしの商売仲間なのだとここにくる道中に聞かされた。
いまはこの御者の家に厄介になっているのだと。
ジュスティーノの姿を見つけると、エルモは大きく手をふり駆けよった。だれも連れていないのを確認するようにジュスティーノの背後を見やる。
「旦那はもうここにはいなかったんで? ご自分のお屋敷に帰られたんですか」
「……遠方まで、馬車を出せるか」
ジュスティーノは尋ねた。
「旦那のお屋敷に向かうんですかい? あのあたりはまだペストがあるでしょうし、どうかな」
エルモが渋い表情をする。
「リヴォルノに行く」
「リヴォルノ」
エルモが復唱する。
「港町のリヴォルノですか? 今日中にはムリですよ」
「馬車で寝泊まりでも私はかまわない」
ジュスティーノは、停めてある馬車に向かいながらそう告げた。
もはやリヴォルノに行くことしか考えていなかった。
エルモの連れてきた御者に断られたら、この場ですぐにべつの馬車を頼むつもりだ。
「旦那はどうしました」
エルモが首をのばしてパガーニ家の正門をながめる。
「……兄君に命じられてゴルゴナ島に発ったそうだ」
エルモが落ちつき払って「おや」とつぶやく。
「とうとう流刑に処されたか。あの旦那らしい」
そう言い、ゲラゲラと笑いだす。
「笑っている場合か!」
ジュスティーノは声を上げた。
「……一時的にペスト患者の隔離施設になっているそうだ」
「ああ……」
エルモがそうつぶやいて頭を掻く。
「あの旦那のことだ。そういう非日常ほどワックワクですよ。心配してると拍子抜けしますよ、きっと」
そう言いあとをついてくるエルモを、ジュスティーノはふり返った。
「……恐怖心がないのだったか」
「ないというか、きわめて薄いというか。それでもって常に好奇心を唆るものを求めてる」
エルモが馬車の屋形の扉を開け、ジュスティーノの背中を押す。
「戦の多い時代なんかに生まれてたら、ぴったりだった人なんじゃないですかねえ」
ジュスティーノは屋形の座席に座りながら、エルモの愛想のよい顔を見た。
つくづくイザイアを不憫に思う。
生きづらさを感じてきたのではないだろうか。想像するとせつない。
「リヴォルノまでだと、途中で馬を休憩させることになりますので、三日はかかると思いますが」
横に座ったエルモがそう告げる。
ジュスティーノは軽く唇を噛んだ。気持ちはあせるが、そんなところか。
御者台で出発の準備をはじめた御者が気になった。
屋形の窓から顔を出し、御者に声をかける。
「おまえは? 急な遠出になるが、承知してくれるのか?」
「ああ、大丈夫、若様」
エルモが服の袖をつかむ。
「いい儲け口があると前々から話してたんですから。こんなことも想定して準備してますよ」
エルモがニッと笑う。
「……そうか」
想定の範囲内だったとは心強い。
ジュスティーノは安心して座り直した。
「馬車代は料金プラス紹介料と、ここからさきは、かかった時間に、二割ほど上乗せでよろしいですか?」
エルモが急に早口になり言う。
「え……」
「ほら、なんせ遠方ですから」
「ああ……」
ジュスティーノは、屋形の窓の外を横目で見た。
言っている内容を精査するべきと思ったが、イザイアを追うことばかりが気になってそちらに集中できない。
「請求書は、オルダーニ家に送付でよろしいでしょうか」
「ああ」
夕方近くのこの時間帯でも、あまり人通りのない静かな通りだ。
前方のかなり先のほうはときおり横切って行く人が見える。
あのあたりに広場があるのか。
まだ出発しないのかと、ジュスティーノは御者のほうをちらりと見た。
「ああそうだ」
エルモが声を上げる。
「馬車で寝泊まりとなると、毛布がいりますね。途中の街で調達しますんで」
「……ああ」
「んで、お食事は……と」
エルモがガサガサと音を立てて地図を広げる。この地方一帯の地図のようだ。
用意がいいなとジュスティーノは横目でながめた。
「宿場がなければ付近の店で調達しますが、若様、好ききらいはないですか?」
「ああ」
「必要なものは道々調達しますんで、ご安心ください」
「……ああ」
ジュスティーノはそわそわと窓の外をながめた。
「調達の手数料も上乗せで」
上の空でうなずく。
「まいど」
かたわらでふたたびガサガサと音がする。地図をしまっているらしい。
イザイアは、いまどのあたりなのか。ジュスティーノはもうすぐ夕方になる空を見上げた。
ゴルゴナ島に渡るまえに捕まえたいが。
「OK。出発だ」
エルモが御者に向けて告げた。




