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【完結】背徳 〜サイコパス医師に堕とされた御曹司の恋〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
20.あなたが欲しい

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VOGLIO TE あなたが欲しい I

 オルダーニ家の屋敷にくらべ、パガーニ家の屋敷は白地に金を基調とした華やかな内装が主だ。

 当主とその家族のみがくつろぐリビングは、(きら)びやかな調度品がいくつも飾られ、金の(ふち)どりのテーブルにはさきほど運ばれた高価な食器が置かれている。

 小柄な女中が静かに紅茶をそそぐのを、イザイアはソファに座りながめた。

 茶葉の香りが部屋にただよう。

 女中のなめらかな(ほお)をイザイアは口の端を上げて見ていた。

 乱暴にあつかえば折れてしまいそうな細い手足、やわらかく弾力のある肢体。

 ミルクか花の香りがしそうな肌理(きめ)こまやかな肌は、とうぜんジュスティーノのものとはちがう。


「酒を」


 女中に向けて言う。

 当主の弟には気をつけろとでも言われているのか、女中は一瞬だけ手をゆらした。

 聞こえないふりをする。

「新入りか?」

 女中がむこうを向く。

「あとでわたしの部屋に」

「やめないか」

 手ずからドアを開け、兄のグイドが入室する。

 執務の合間であっても整えた黒髪は崩さず、クラバットをきちんと締めた服装。

 「ここはもういい」と女中に声をかけて早々に退室させる。


「使用人をからかうのはやめないか」

「これは失礼しました。ここのところは男ばかり相手にしていたものですから」


 イザイアは脚を組んだ。

 言葉とは裏腹な尊大なしぐさをグイドは眉をよせて見る。

「ひさしぶりに小柄でやわらかい体をと」

「おまえの玩具にするために(やと)っているわけではない」

 カチャと音を立て、グイドは自身のぶんの紅茶を淹れはじめた。

 手慣れているというほどではないが、経験はありそうな手つき。イザイアは「ほお」とつぶやいいた。

 自身で淹れた紅茶を手近に置き、かたわらの椅子に座る。

 じっと見ているイザイアと目が合うと、怪訝(けげん)な表情をした。


「兄上が淹れたほうを飲ませてくれませんか」


 何を企んでいるのかというふうにグイドは眉をよせたが、黙って立ち上がりイザイアに紅茶をさし出した。

 イザイアはわざと目を合わせて受けとり、紅茶を口にする。

 しばらくのあいだ、グイドは弟の様子じっと見ていたが、軽いいやがらせと解釈したのか、不機嫌な表情で椅子にもどる。


「先日、オルダーニ家の従者の方から手紙をいただいた」


 おもむろにグイドが切り出す。

 イザイアはククッと笑った。

「タイミング的にそうではないかと思っていました」

 グイドはイラつきをおさえているのか目を眇めた。(ひざ)の上で手を組む。


「……若君の従者にまで手を出したのか」


「ほう。みずからそこまで書いてよこしましたか」

 イザイアはゆっくりと紅茶を口にした。

「そんな恥を書くわけがないだろう。文の雰囲気から何となくそう思っただけだ」

 イザイアはカップをしずかに皿の上に置いた。 

「とがめられる(いわ)れはありませんが? オルダーニ家に行けと言われたのは兄上だ」

 イザイアは肩をすくめた。

「行ったさきに体の相性のよい若君と、美少年然とした従者がいた。わたしならどちらも手を出すのは予想がつくでしょう」

 あらためて平然と紅茶を口にする弟を、グイドが顔をしかめて見つめる。


「……若君は、すっかり飽きたものなのだと思っていた」

「そうお考えなのだろうと思っていました」


 イザイアは口の端を上げた。

 グイドが眉間にしわをよせる。

「わたしへの嫌がらせのためだけに若君とまた関係を持ったのか」

「そんな目的でおもしろくもない性交などしません」

 イザイアはそう返した。

 ふたたび紅茶を口にする様子を、グイドがしかめつらで見る。

 たたみかけるように言いたいところなのだろうが、さすがにこの弟に感情的に責めてもムダなのは分かっている。


「若君が思いのほか飽きのこないお方だった」

 イザイアはカップを置いた。


「たまにある例外ですな」


 イザイアは肩をゆらして笑った。 

 物品や何らかの物事に対して執着することならまれにある。

 医学もその一つだ。

 薬物をどれだけ投与すれば、患者にはどれだけの変化があるのか。

 おなじような条件で生と死を分ける境界線はどこなのか。

 常にあたらしい興味を引かれ続けて、飽きることはない。

 そういった興味が人間に向くことも、あるときにはあるのだなとイザイアは結論づけていた。


「若君もご災難だな」


 グイドが眉間にしわをよせる。

 イザイアは、飲み終えた紅茶の皿とカップをグイドにさし出した。

 片づけまでさせる気かという表情でグイドは目を眇めたが、しかたなく立ち上がると、受けとりテーブルに置く。

「おいしかった。おかわりを」

 イザイアはそう言って脚を組み直した。

 グイドは何か言いたそうな顔で微笑する弟の顔を見ている。

 不満をためこんだような表情でしばらく目を合わせていたが、やがてもういちど立ち上がり、紅茶をそそいだ。

 淹れた紅茶をイザイアに手渡し、椅子に座る。


「イザイア」


 グイドがおもむろに呼びかける。

「おまえは、いったい何がほしい」

 イザイアはとくに返事はせず、カップに唇をつけたまま兄と目を合わせた。

「小さなころから金も権力も欲しがらず名誉も興味がなく、愛情を向けられることにも関心がなく、だれにも囚われることもなく」

 イザイアは(ひざ)の上の皿にカップを置いた。

「どれかを欲しがらなければご不満ですか」

「何も欲しがらない人間は、本音が読めん」

 イザイアはわずかに口角を上げた。

「わたしの本音など興味がおありで」

「ふつうの人間は、本音の読めない相手には不安を感じるものだ」

 グイドが答える。

 イザイアはふたたび紅茶を口にして、しずかにカップを皿の上に置いた。

「本音なら、分かっていらっしゃるではないですか」

 イザイアは兄をまっすぐに見た。



「ほんとうは、兄上が欲しい」





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