TORCENDO COME UN NASTRO DI MÖBIUS メビウスの帯のようにねじれる III
レナートが上目遣いでこちらを見ながら、便箋を引ったくるようにとる。
契約を交わすような紙ではないと不審に思ったようだが、簡略的なものと解釈したようだ。
開いて、眉をよせた。
「え……」
白紙の便箋をじっと見つめる。
「どういう」
顔を上げかけたレナートの腕をつかんで、イザイアは強く引いた。
レナートが足元のバランスをくずす。よろめいた体をベッドに押し倒すと、彼の肩に体重をかけて押さえ上に乗った。
「なん……!」
息をつまらせながらも、レナートが抗議の声を上げる。
「ふざけておられるのか!」
はじめは戸惑いながら押しのけようとしていたが、イザイアに両手首をおさえこまれると全身をよじって抵抗する。
イザイアは、耳元に顔を近づけた。
「おぞましいとまで言った男に組みしかれるのはどんな気分だ、従者殿」
レナートの表情が変わる。
ただの取っ組み合いのようなものと思っていたらしい。
性的な意味でのしかかられているのだと気づき、屈辱とも困惑ともとれる表情をした。
レナートが、ますます激しく全身を上下させる。
イザイアは短い金髪をグッとつかみ、レナートの顔を上向かせた。
力をこめづらくなり、レナートの動きが小さくなる。イザイアは、ゆっくりと脚をからめた。
「……人を呼ぶぞ」
レナートがきつい目つきで睨みつける。
「小娘のように? 無防備に男の部屋に入ったら、ベッドに押し倒されましたと?」
イザイアは肩をゆらして笑った。
「どうぞ」
レナートが体を激しく左右にひねる。
「男とは初めてか」
イザイアは、クスクスと笑った。
「主従そろって修道士のようだな」
「貴殿が乱れすぎなのだろう!」
レナートが声を荒らげる。おさえつけられた手首を力づくでゆらして踠いた。
「そちらの主人も、はじめはそう言った。感心しないと言われたよ」
ふいにレナートの抵抗が止まる。切なげに目を眇めた。
それを言った時点までは、主人はまだ幼少時からよく知る清廉な人だったのだ。
守り切れなかったあいだの主人の様子を聞くと、心が痛むのだろうか。
イザイアにはおもしろい実験材料だと感じられた。
レナートの耳元に唇をよせてささやく。
「されどかんたんに溺れた。ご自分からしてくれとせがみ、男の物が大好きだと口走り、わたしの服を手ずから脱がせてお口で」
レナートは顔を真っ赤にして背けた。
「お口で、おいしそうに」
ささやきから逃れようと、レナートがさらに顔を背ける。
イザイアはレナートの髪をグッとつかみ、逃げられなくなった耳元に続けてささやいた。
「舌を――」
レナートが大きく体をよじる。
必死で逃れようとして暴れたが、体格で差があるイザイアを押しのけるのはかなわず、くやしげに息を吐いた。
「卑怯者!」
レナートがまっすぐに目を合わせて叫ぶ。
「ジュスティーノ様のせいではない! そんなふうに考え方を変えるよう追いこむのが貴殿の手口と聞いた! あの方は遭ったこともない疫病禍のなか、お一人でとり残され不安だったのだ。貴殿はそこに付けこんだのだろう!」
「頭はよいのだな、従者殿」
イザイアはククッと喉を鳴らして笑った。
「あまつさえ診察の助手などと危険なことをさせて……!」
レナートが、何かに思いあたったように目を見開く。
「まさか」というふうに口を動かした顔を、イザイアは興味深くながめた。
「なぜ助手などやらせたのか、ずっと疑問だったのだが……」
おそらく正解に行きあたったのだろう。
自身の意識混濁した様子すら利用されたのだと。そこまでの答えに行きついただろうか。
イザイアは笑んで、レナートの耳たぶを甘噛みした。
「無礼者!」
レナートが頭を激しくふり、噛んだ歯を避ける。
良家の令息然とした拒否のしかたが、イザイアの性癖を刺激した。
レナートのズボンの留め具をゆっくりと外す。
「何を……」
イザイアは口角を上げて笑い、ズボンのなかに手を差しこんだ。
レナートが何とか起き上がろうと踠く。
「若君とどちらが大きいか教えてやろうか、従者殿」
「貴様……!」
イザイアは口の端を上げた。
レナートの首の露な部分に強く吸いつき、唇の跡をつける。レナートが「くっ」と呻いて首をふった。
とことんまで抵抗しようとする様子が、ジュスティーノへのものとはまた違う嗜虐心を駆り立てる。
レナートのクラバットを片手で雑に外す。続けて上着の留め具を首元から順番に外した。
「何を……!」
レナートは声を上げた。
「頑なな方だな。いっしょに楽しもうとお誘い申し上げているのに」
イザイアは含み笑いをした。
「次回は若君も交えて。それなら従者殿もご安心だろう?」
ジュスティーノよりもやわらかく白い肌だ。
主人よりも少年の特徴が残っている。
イザイアは、レナートの頬に軽く接吻した。
怒りをさらに激しくしたのか、レナートが全身で暴れる。
ドアをノックする音がした。
レナートが、ハッとドアのほうを見る。
「若君かな?」
イザイアは口の端を上げた。
「なっ……」
レナートは必死でのしかかった体を押し退けようとした。
もはや形振りかまわず抵抗をはじめる。
「見せてさし上げたらよいのでは?」
イザイアはクスクスと笑った。
「若君は、男が達するところなどすっかり見慣れていらっしゃるのだし」
レナートが強く睨みつける。ここまできても気概の衰えない様子が、主人とはまたべつにおもしろい。
イザイアは体を起こし、ドアのほうを向いた。
「取りこみ中だ。あとでお願いできるか」
コツ、コツ、とゆっくりと遠ざかる靴音がする。
「シーツを整えにきた女中だ」
イザイアはククッと笑った。
逃げようとしたレナートにのしかかる。
「まあ、このまま最後までさせていただいてもいいのだが」
レナートがおびえた表情をする。シーツを背中でこすり、逃れようとした。
「やってみろ。舌を噛んでやる!」
「初めての者をムリヤリやる気はないな。痛みで暴れられて面倒だ」
イザイアは肩をすくめた。
「それとも慣らしているあいだ、じっとしていてくれるか従者殿」
レナートが無言で睨む。
「若君はじっくりと慣らしてさし上げたのだが」
レナートがいきおいよく体を反転させる。そのままベッドからあわただしく降りて逃れた。
はだけられたシャツの留め具を片手でとめ、雑に服装を整える。
「戻られるのか」
イザイアはベッドのはしに座って脚を組んだ。
「では従者殿におあずけを食らった分は、若君の体で解消することにするかな」
レナートがバタバタと出入口のドアに駆けより、ふり向いて睨みつける。
「それで」
イザイアは、ククッと喉を鳴らして笑った。
「何のお話をしにいらしたのだったかな、従者殿」
レナートが、くやしさを圧し殺したような顔で目を眇める。
しばらくイザイアを睨みつけていたが、ドアを開けて退室した。
平静を装ってカツカツと行儀よく歩く靴音を聞きながら、イザイアはいつまでも含み笑いをしていた。




