TORCENDO COME UN NASTRO DI MÖBIUS メビウスの帯のようにねじれる II
自室にまねくと、レナートは緊張した様子でなかへと入った。
「ソファにでも。ワインがまだ残っている。飲まれるか」
イザイアは部屋の中央に歩を進めながら問うた。
いつも部屋に帰ったときするように、シャツの手首の留め具を外して首元をゆるめる。
レナートは入口のドアのまえに立ったまま、気の強そうな目をこちらに向けていた。
「すぐにすむのでけっこう。……医師殿」
「ゆうべ、若君と二人でたしなんだワインだが」
イザイアはベッドのほうを軽く顎で示した。
まだ女中が整えていないシーツは、朝起きたときそのままに乱れている。
レナートの顔にサッと赤みが差した。
「それで若君に関する話とは?」
「……医師殿」
レナートは切り出した。
「主治医を辞退し、お帰りいただくわけにはいきませんか」
承知するまで一歩も引かないつもりか、レナートはこちらをまっすぐに見すえる。
「若君とご当主しだいだが?」
「説得します。だが、医師殿がみずからご辞退されるほうが早いのではないかと」
レナートがぎこちなく口角を上げ、挑むように笑ってみせる。
「公になっては都合の悪い話もあるでしょう?」
イザイアはチラリとレナートの顔を見た。表情は変えなかったが、内心はほくそ笑んでいた。
おもしろい小動物だ。
必死で威嚇する子犬に、どんなイタズラを仕掛けて動揺した顔を楽しもうか。
そう思うと、久し振りに高揚した。
「都合の悪い話とは?」
イザイアは、喉の奥でククッと笑った。
「医師殿に巧妙に心を操られ、玩具にされた良家の若者が複数いると聞きました」
「なるほど、それで」
イザイアはゆるく腕を組んだ。
「従者殿もそれなり良家の出ではないかと思うのだが、警戒はなさらないのか?」
レナートが不可解そうに眉をよせる。
自身がそういった対象になるとは、まるで考えたことのない者の表情だ。
なまじ気が強く頭が回るだけに、相手の企みなどすべて避けられるはずだと確信しているのか。
「いずれにしろ」
イザイアは言った。
「若君とはきちんと契約書を交わしている。内容を精査して、わたしから辞退する権利があるのかどうかを伺ってみないと何とも」
「その契約書は、どちらに」
「若君が肌身離さずお持ちだ」
レナートがわずかに眉をよせる。
「……持ち歩いていた覚えはないが」
イザイアは口の端を上げた。つかつかとレナートに近づく。
身体をかがませレナートの耳元に顔をよせた。
レナートは顔を横にそむけて避けようとしたが、イザイアは強引に顔を近づけた。
「正確には、契約の印をつけた物だ」
イザイアは、わざと声をひそめてささやいた。
「若君の下の物に唇で」
レナートの耳が紅潮する。
懸命に動揺をおさえているのが分かった。
「精査したければご自由にどうぞ。ただし、わたしも身のふり方に関することなので、結果をきちんと知らせていただきたい」
イザイアは、もういちどレナートの耳元で声をひそめた。
「若君がどんなお顔で見せてくださったかまで、詳細に」
レナートはふり払うように腕を大きく動かし、イザイアから離れた。
「からかっておられるのか!」
イザイアは肩をすくめた。
「そちらこそ噂話などはじめるから」
「事実であろう」
「噂話を事実とは。お茶会しか楽しみのない奥方さまたちのようですな」
イザイアは肩をゆらして笑った。
「ああ、従者といったらある意味では奥方のようなものか」
レナートが無言で睨む。
隙など一つたりとて作るものかと意気ごむ様子が、ますます唸る子犬のようだ。
「いちどでも想像したことなどあるのか? 従者殿」
「……なにをですか」
「若君と寝所をともにしたら、どんなふうなのだろうと」
レナートは目を見開いた。
嫌悪と戸惑いとが混じったような複雑な表情だ。
「若君は、どんなふうに淫らな声を上げて満足してくださるのだろうかと」
イザイアはつかつかとレナートに近づくと、ダンッと音を立てて壁に手をついた。
レナートを壁に追いつめ、顔を近づける。
「それとも逆か?」
イザイアは言った。
「どんなふうにたくましい物で激しく責めてくださるのか」
イザイアはククッと笑った。
「若君は敏感であられるから、こらえているお顔などは非常に切なげでいやらしくていらっしゃるのだが」
イザイアは、レナートの耳元でささやいた。
「何なら、こんど見にこられるか、従者殿」
レナートは顔を紅潮させてイザイアを睨みつけた。
イザイアの身体を押し退けようとする。
体格差でなかなか思うようにいかないと理解すると、不安定な体勢でイザイアに平手打ちを食わせようとした。
イザイアが身体を離したので、上げられた手はイザイアの胸元を軽くこすっただけだった。
「出ていけ!」
レナートが声を上げる。
「この屋敷から出ていけ! 二度とジュスティーノ様に近づくな!」
「もう少し理性的に話しませんか、従者殿」
イザイアは肩をすくめた。
「感情的になって嫌いの出て行けのわめいたところで、従者殿に権限があるわけではなかろう」
「……だからご辞退をお願いしている」
「たったいま出て行けとわめかれたばかりだが?」
イザイアは含み笑いをした。
「医師殿とて、ふざけた契約書の話などして。まじめに話す気などないではないか」
「ああ、その話は申し訳なかった」
イザイアは、わざと切なげに見えるよう目を細めた。
「ただの若君との睦言のひとつだ。若君との仲を貴殿に自慢してみたかった」
レナートの表情が、ほんのわずかゆるんだ。決まり悪そうに目を泳がせる。
イザイアは、ベッド横のサイドテーブルに近づいた。
テーブルの上に置いた書物を手にとり、栞代わりにはさんでいた二つ折りの白紙の便箋を抜きとる。
「ほんものの契約書はこちらだ」
顔の横に二つ折りのまま便箋をかざしてみせた。
ようやくまともな話し合いかと言いたげに、レナートは不機嫌な表情でこちらに近づいた。




