LABIRINTO DI MORTE E MALATTIA 死と病の迷宮 I
所有地の別邸に着いたときには、太陽は中央よりやや西にかたむいていた。
視察のあいだ拠点にしていた屋敷だ。
ジュスティーノは、遠目に正門をながめた。
アーチ型の門に、黒灰色の門扉。
両脇の門番の待機所の壁に、アイビーの葉が這っている。
敷地内の庭木が門にかかり、門の周辺は影になってややうす暗い。
二週間まえに発ったときととくに変わりはない外観だが、近づくにつれてジュスティーノは違和感を覚えた。
正門をじっと見る。
番をしている者が見当たらない。
門番の待機所の窓を見るが、人影はないようだ。
「だれかいるか!」
ジュスティーノは門扉のまえで声を上げた。
返事はない。
「ジュスティーノ・オルダーニだ! だれかいるなら開けよ!」
何の返事もない。
キ、と音がした。
門扉が風に吹かれて小さく開いたり閉じたりを繰り返す。
ジュスティーノは困惑した。
不用心な。
馬から降り、手ずから門扉を開ける。
庭を見回すが、人影はない。
何者かの襲撃にでも遭ったかと思ったが、庭に荒らされた様子はなく噴水がきれいな水を吹きだしている。
馬を引き、馬屋のほうへと向かった。
通路に庭木の葉が散らばっている。
ときおり腐ったような臭いを鼻腔に感じるが、どこからの臭いなのかよく分からない。
馬屋に近づくと、放たれた馬が馬屋の周辺で草を食んでいた。
なぜ放っているのだ。ジュスティーノは馬屋を見回した。
使用人たちは、いったい何をしているのか。
主家の人間がいないとなると、いつもこうなのか。
ジュスティーノは連れていた馬をつなぎ、手袋を外しながらつかつかと屋敷に向かった。
「だれかいないのか!」
声を上げながら玄関の扉を開ける。
正面の臙脂色の絨毯が敷かれた階段を見やるが、だれも降りてこない。
留守番をさせていた従者すら出てこないとは。
「だれか!」
ジュスティーノは声を上げた。
とりあえず従者の部屋に行ってみるかと階段ホールに向かう。
腐ったようなイヤな臭いが鼻腔に入っては消え、また移動すると臭う。
いったい何の臭いなのかと思いながら、ジュスティーノは階段を昇った。
自身の私室からほど近い従者の部屋をノックする。
返事はなかった。
「私だ。入るぞ」
まさかこんな昼間から寝てはいないだろう。
返事を待たずドアを開ける。
開けたとたん、ひどい腐臭がジュスティーノを襲った。
「な……?」
ジュスティーノはとっさにドアを閉め、口をおさえた。
強烈な吐き気がする。
ベッドに従者らしき者が寝ていた気がした。
顔が真っ黒だった。
生きてはいない状態なのだと直感する。
「なに……」
ほかの使用人は。
頬が強ばる。
急いで引き返し、階段を降りた。
どこから確認するか迷ったが、ひとまず食堂広間に向かう。
ドアを開けてあたりを見回す。
だれもいない。
廊下に出て、行ったこともない厨房に向かう。
食料の搬入口、使用人しか使わないほそく陰気な廊下、炉辺のある調理作業部屋を見てまわる。
かすかに息づかいが聞こえた。
音の源をさがす。
下男が一人、作業台の横に倒れていた。
「どうした! 大丈夫か!」
ジュスティーノは駆けよった。
「何があった!」
「ペストだって……お医者さまが」
下男が苦しそうに顔をゆがめる。
ジュスティーノは手をさしのべようとしてピタリと止めた。
介抱してやるべきだろう。
だがそれをしては、自身も感染する。
「医師は……呼んだか」
そう尋ねる。
「何人かはお医者さまのところに運ばれたみたいですが……あと何人かは部屋で休むって言ったまんま……」
出てこなかったのか。ジュスティーノは息をつめた。




