SOTTO LA ROSA 薔薇の下──秘密を共有する III
乱れたベットの上でジュスティーノは目を覚ました。
いつものようにイザイアがかけてくれたらしい毛織の毛布が裸の体をおおっている。
気だるさを感じながら、手をついて上体を起こした。
暖炉の上から部屋を照らしているロウソクは、最中のときからさほど長さは変わっていないように見える。
そんなに長いあいだ眠っていたわけではないとホッとした。
イザイアが椅子に座り書物を読んでいる。
ロウソクのあかりに照らされ、灰色の髪と整った横顔がきれいなオレンジ色に染まっていた。
情事のあとにいつも酒を飲んでいたり書物を読んでいたり、あまりいっしょに寝てくれることがないのは意図的にだろうか。
二人で抱きあい余韻にひたる時間は、やはりムダとしか感じない人なのか。
ジュスティーノは、ゆっくりとベットから降りた。
靴を履いて、脱いだシャツを手にとりはおる。
イザイアが顔を上げてこちらを見た。
「部屋に戻られるのか」
「レナートが起こしにくるまでに戻らないと何を言われるか」
ジュスティーノは苦笑した。
ふと昼間のレナートの発言を思い出す。
「……レナートが申し訳なかった」
「いや」
イザイアがそう返す。
「従者としては、あのくらいでないと頼りにはならんだろう」
「そうだが……」
ジュスティーノはため息をついた。
「若様を心配してのことだと分かっている」
イザイアは書物を閉じた。
おもむろに顔を上げて、ジュスティーノを見る。
「嫌いではないよ、若様。ああいう正面から挑んでくる方は」
イザイアがクスッと笑う。
「必死で威嚇する子犬のようで、かわいらしい」
「そうか……」
たとえが独特だが、ともかくあまり気にしてはいないということか。
「おやすみ、若様」
イザイアはふたたび書物を開き、ページをめくった。
暗い廊下。
ジュスティーノは、できるかぎり靴音を立てないよう気遣いながら自室へと向かった。
足元を照らしているのは、手燭と窓からのうすい月明かりのみ。
けっしてあかるいとはいえないが、おなじ階なので移動するのにそう難儀ではない。
廊下の角を曲がり自室の手前まできたとき、ドアの前にだれかがいるのに気づいた。
見回りの者だろうかと思いながら近づく。
髪の色が白っぽく浮かんで見える。腕を組み、壁に背をあずけているようだ。
たまたま通りかかったわけではなく、なにかを待っていたのか。
レナートだった。
いくら使用人でも、とうに寝ている時間だ。
「……何をしている」
ジュスティーノは声をかけた。
「どちらまで」
レナートがそう尋ねる。
ジュスティーノはもと来た通路をふり返った。
「……いや。散歩というか、眠れないので」
「きのうもおとといも、その前もですか」
レナートがそう返す。
ジュスティーノは眉をよせた。
「ここのところ、毎晩この時間帯にここに来ていました」
心臓が大きく鼓動する。
ジュスティーノは目を左右に泳がせた。
「何か……用事でもあったのか?」
つい自身のシャツの胸元をつかむ。
「首に跡がついています」
レナートが口調を変えずに言う。
ジュスティーノはぎこちなく首に手をあてた。
「そちらではない。逆です」
レナートがこちらを見もせずに言う。
ほんとうについているのか。それとも鎌をかけているのか。
後者だとしたら、ずいぶんと不誠実ではないかとジュスティーノは目を眇めた。
「あの医師とは、切れたほうがいい」
レナートが、目線をそらすように横顔を向ける。
ジュスティーノはどうごまかそうかという焦りで唇を噛んだ。
「何を言って……」
「あの医師についての噂を聞いた人物に、あらためて詳細を聞きました。まともにつき合える相手ではない」
ジュスティーノはため息をついた。
「また噂か」
「噂とあえて言っているのは、確たる証拠がないからです。人の感情をコントロールすることに非常に長けた人物なのだそうです」
ジュスティーノは鼻で笑った。
「それならあきらかに間違いだ。イザイアは感情の理解ができない」
「できないからこそ、いっさいの情をからめず人の心を分析し、利用することができるのでは?」
ジュスティーノは無言で足をふみ出した。
自室のドアを開ける。
「もう遅い、あしたにしよう。おまえももう寝ろ」
レナートがドアに手をかけ、閉められないよう強引に引く。
「人目のある時間帯では話せないから待っていたんです!」
「いい加減にしろ! 父上の主治医だぞ。看護はどうする!」
「あとは、以前からの主治医に引きついでいただけばいい!」
つい手を上げそうになった。
ジュスティーノは上げかけた手を下ろして、レナートから顔をそらした。
「さほど問題のない相手であれば、口だしはしません。たとえそれが男性であっても。法や宗教が禁じているといっても、そんなものは建前だということくらい知っている」
手を上げそうになったことに気づいただろうか。
ジュスティーノは黙ってレナートに背を向けた。




