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【完結】背徳 〜サイコパス医師に堕とされた御曹司の恋〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
17.薔薇の下──秘密を共有する

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DISCORSI SEGRETI ALLA FINESTRA 窓際での密談

 オルダーニ家本邸の通りに面した小ホール。

 通りに直接出られるドアと通行人の頭より高い位置の窓がならぶ勝手口のような場所だが、イザイアには落ちつけた。

 使用人用の椅子を窓ぎわに勝手に運び、書斎から拝借した歴史の書物をめくる。


 滞在が長くなってくると、まじめな医師として取りつくろうのも少しずつ面倒になっていた。

 石だたみの道をながめ、この街の娼館はどの辺にあるのかと目で裏路地のほうを伺う。


 若様に聞いてもいいが、はたして人に紹介できるほど知っているだろうか。


 窓の外を通る者は少ない。さきほどから数人ほどか。

 質素な帽子をかぶった男が通りすぎるのを、イザイアはなにげなく目で追った。

 男はいったん通りすぎたが、ややしてからコミカルな感じのうしろ歩きで戻ってきた。

 窓の下の石段をのぼり花台に手をかけ、顔だけを出してコンコンと窓をたたく。

 イザイアは男の様子をながめた。

 男が帽子を頭上にあげる。 

 エルモだ。

 イザイアは書物を組んだ脚の上に置いた。

 ややしてからいろいろと察して、口の端を上げる。

 キィと音を立てて窓を開けた。


「オルダーニ家当主の主治医をなさってるそうですね」

「もう知っているのか」


 イザイアは鼻で笑った。

「ここの女中さんたちが市場でキャッキャ話してましたよ。坊っちゃんがえらい美男のお医者さまをお呼びしたって」

 エルモが、屋敷のなかを覗きこむように首を伸ばす。

「ここのご当主、お倒れにでもなったんですか?」

「倒れてはいない。あれならおそらく数年くらいは持つ」

 イザイアは言った。

「病気じゃなかったんで?」

「病は病だが、急性のものではない」

 イザイアは書物を閉じた。

「避難先とやらはここだったか」

「偶然ですね」

 エルモがニヤッと笑う。

「ほんとうに偶然か?」

 イザイアはククッと笑った。

 この男のこういった裏の読めないところがおもしろい。


「おまえか。若様に妙な入れ知恵をしたのは」

「入れ知恵ってほどのことはしてませんが」


 エルモはニヤリと笑った。

「書物をお買い上げいただいたんで、サービスで悩みごとの相談に乗らせていただいただけで」

「わたしは売りもののおまけというわけか。油断のならないやつだ」

 イザイアは読んでいた書物を窓ぎわに置いた。

「待っていろ」

 そう伝えて椅子から立つ。

 通りに通じる出入口にスタスタと歩みより、ドアを開けてエルモに来いと(あご)でしめす。

 エルモはもういちど帽子を頭上にあげて軽く礼をしめすと、出入口のまえの石段に座った。

「若様に提案はしましたが、旦那が応じるとは思ってませんでしたよ。よく気まずくなかったですな」

「気まずいものなのか?」

 イザイアはドアの縦枠(たてわく)に背をあずけた。

「そういうのもないんでしたっけ」

 エルモが苦笑して鼻の頭をかく。 

「旦那は食いに来ただけのつもりでも、若様は()りを戻してもらえたと思ってるんでしょうなあ」

 「お気の毒に」とエルモが続ける。


「おまえも何をたくらんで話しかけている」

「旦那にいただいたお品を見せたら、どういう反応をなさるかちょっと見たかったんで」


 エルモが答える。

忌々(いまいま)しげな顔をなさるのか、それとも切なげな顔をなさるのか」

「何のために」

「後者なら、いいお客様になってくれそうだと思ったので」

 ニッとエルモが笑う。

「恋した対象に関するものなら、人はついついお金を出してしまいますからなあ」

 エルモが言う。いかにも小狡(こずる)い商人の口ぶりだが、何かしみじみとしていた。

「後者でしたよ」

「そうか」

「どうでもいいですか」

 エルモが肩をゆすって笑う。

「もてあそばれた次は、強欲商人の(カモ)か。運の悪い若様だ」

 イザイアは鼻で笑った。

「強欲はひどいですな」 

「やはりおまえは商人のほうが合っている。農民のふりなど辞めろ」

「いやあ……」

 エルモが曖昧(あいまい)な返事をして通りを行く人をながめる。


「そういや、ヴェネツィアでの見習い時代に診察にあたっててペストに(かか)ったってのは、若様は知らなかったようですな」


「話したのか」

「話してませんが、ふつうに話題に登ったと思ってたので」

 イザイアは、結わえた髪をいつものクセでかき上げようとした。途中で結わえていると気づいて手を止める。

 話さなかったことに、とくに意味はなかった。

 自身の命を失くすかもしれないという事態ですら、あまり恐怖らしい恐怖を感じなかった。

 話題にするほど大きな経験というつもりがなかったのだ。


 イザイアを心配していたと言っていたジュスティーノが、イザイアにはふしぎな考え方の持ち主にすら見えていた。


「エルモ」

 イザイアは、立ったまま脚を交差させるように組んだ。

「とうぶんは言うな」

 そう言いつけて口の端を上げる。

 エルモは苦笑した。

「まぁた若様に何か悪さでも思いついたんですか」

「ああそれから」

 イザイアはとくに答えずに続けた。

「書物をてきとうに見つくろって届けてくれ。支払いはピストイアの兄上で」

「兄上様でいいんですか?」

 エルモが帽子の(つば)をつまむ。

「そもそも兄上の意向できたのだ。このくらいの必要経費は出していただこう」

「はあ……兄上様でしたか」

 エルモが困惑した表情でつぶやく。

「せっかく逃げた子羊のもとに狼を送りつけるようなまねを」

「要請をことわって子羊の不興を買うほうがめんどうなのだそうだ」

 イザイアは口角を上げた。


 若君を本邸に帰らせたのは、すっかり飽きてしまったからだと兄は踏んでいたのだろう。

 ふたたび手出しをするような興味はすでにないのだろうと。

 

 たしかに、別れを言いわたした相手にいまだ興味が続いているのはめずらしい。

 いつもなら、愛だ恋慕だと言われた時点で一気に相手がうっとうしくなる。



 いまのいままで同じ欲を楽しんでいると思っていた相手が、とつぜん理解のできない感情をわめきだし、同じ感情を持ってくれと責めるのだ。


 興味を引く楽しい玩具が、意志疎通(いしそつう)のできない肉塊になる瞬間だ。


 

 あの若様もおなじことをした。

 いままで相手にした人間と何が違ったのかは知らないが。


 少なくとも届いた手紙を読んだとき、あらたなゲームを提示された気分になった。

 なかなかおもしろい人だと思った。


 イザイアは、あてがわれた部屋の方角を横目で見た。

 この屋敷に滞在してから、ジュスティーノは毎晩部屋にきていた。

 あの敏感な体で性処理を楽しむのは、悪くはなかった。

 手を縛られ口をふさがれ、強淫のシチュエーションで(なぶ)られてもくぐもった善がり声を上げていた。

「んで旦那はいつまでご滞在で。ここの当主は数年は持ちそうなんでしょ?」

 エルモが通行人を目で追いながら尋ねる。

「そうだな……」

 イザイアは宙をながめた。


「若様に飽きるまでかな」





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