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【完結】背徳 〜サイコパス医師に堕とされた御曹司の恋〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
16.分岐した舌で口説く 

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CORTEGGIARE CON LA BIFORCUTA 分岐した舌で口説く II

 屋敷の庭に面したジュスティーノの私室は、当主の私室と同様に落ちついた色調の内装だ。

 窓にレースのカーテンを引き陽光をやわらげた室内は、夕方近くなると少しうす暗い。


(かん)(ぞう)?」


 ともに私室に入るなりイザイアが言った言葉を、ジュスティーノはくりかえした。

 看護の助言とは、口実だったか。

 ほんとうは厄介な病状を告げたかったのだとジュスティーノは察した。

「肌が黄色みがかってくるのは、肝の臓を病んでいるさいのいちばん分かりやすい症状なのだが」

 イザイアが腕を組む。

「肌は気づかなかった。目も黄色い場合はどうちがう」

「うすい色の瞳の方は、濃い色の瞳にくらべると黄色みがかったのが分かりやすいということだ」

 イザイアが説明する。

「一時的な体調不良でそうなる場合もあるが、慢性的な(だる)さもあるとなると、そういうわけではないと思われるな」

 ジュスティーノは父の部屋の方向を見た。 

(せき)などもあったのだが」

「ほかの病に対する抵抗力も弱っているのでしょう。肝の臓が弱っているせいなのか、抵抗力が弱ったから肝の臓にきたのかは、いまのところの医学では分からんが」

 イザイアは自身の口を指先でつついた。

「口のなかの出来物が多いのも、おなじ理由と思われるな」

「……治るのか」

「残念ながら治りませんな」

 イザイアがそう答える。

「なるべく無理はせず、滋養(じよう)のあるものを食して休養をじゅうぶんにとり、病の進行を遅らせるのみかと」

 イザイアが言う。

「まあ急性でこうなる場合もあるのだが、数ヵ月あの状態を保っておられるというのなら今日明日というわけではないでしょう」

 ジュスティーノは、ほんの少し(ほお)の緊張を解いた。

 すぐにというわけではないのか。

「今後は吐き気などが出てくる可能性もあるが、日常生活に支障のある症状が出たら、そのつど対応していくという形になる」

 そこまで言うと、イザイアは組んでいた腕を解いた。


「所見は以上だ、若様」


 イザイアは、きびすを返すとドアノブを回した。

「明日おいとまする」

 上の空でイザイアの唇の動きを凝視してしまっていたジュスティーノは、あわてて肩をゆらした。

「も……もう発つのか」

 ついイザイアの肩にすがる。


「できれば父の今後の看護にあたってくれないか」

「わたしがいても病状はたいして変わらん。あとは主治医と対応を検討すればよろしいかと」


 イザイアが冷静な口調で言う。

 さきほどからの態度を見れば、嫌われているわけではないようだと推察していた。

 しばらく滞在して関係を続けてくれるのを、ジュスティーノはすでに期待してしまっていた。

「貴殿の屋敷のあたりは、まだペストが蔓延(まんえん)しているのだろう?」

 ジュスティーノはつい語気を強めた。

「避難も兼ねて、うちの屋敷にいては」

 イザイアは、無言でこちらを見下ろしていた。

 読みにくい表情に、ジュスティーノはあせった。嫌われてはいないにしても、もうさほど関心を持たれてはいないのだろうか。

「給金なら払う。父の看護にあたる主治医として見合うだけの。その他の待遇も、何か希望があれば」



「若様の体を上乗せしてくれるか」



 イザイアが唇の端を上げる。

 ジュスティーノの顔が熱を持った。あからさまに赤面してしまったのを正面から見られてしまったと気づいて戸惑う。

「いや……貴殿がそれで承知してくれるなら」

 うつむいてそう返答する。

 イザイアが、かがんで耳元に唇をよせてきた。


「契約書代わりに、服を脱いでくださらないか?」


 さきほどまでの真摯(しんし)な医師としての声ではなく、甘く(しび)れさせるような声でささやく。

「……いまここで?」

「ここで」

 ジュスティーノは躊躇(ちゅうちょ)した。

 このあと、何か用事はなかっただろうか。

 だれかが所用で呼びに来るなどということはないか。

 父の病状について話した直後というのも、ひどく背徳的な気がした。

 イザイアはじっとこちらを見ている。

 ふいに両手を伸ばすと、ジュスティーノを抱きよせた。


「別れぎわには冷たくして申し訳なかった、若様。後悔していたのだ」


 さらに顔が熱くなったのをジュスティーノは感じた。

 何らかの感情は持ってくれていたのだろうか。

 愛や恋心ではないかもしれないが、べつの好意的な何か。 

「いや……私こそ貴殿の苦悩も考えず感情的になって」

 ジュスティーノは動揺しながらそう答えた。

「愛しているよ、若様。もう信じてはもらえないかもしれないが」

 イザイアが髪にそっと口づける。

 ジュスティーノは、頬にふれた医師の肩を見つめた。

 心臓が甘く痺れて、頭のなかが(とろ)ける。


 だれかが来てもべつにかまわないだろうか。

 父のことに関しても、話はもう終えたのだ。迷惑をかけるわけではない。


 ジュスティーノは、クラバットの結び目に手をかけてゆっくりとゆるめた。

 あらわになった鎖骨のあたりを、イザイアが見下ろす。

 ここで、首に接吻をくれないだろうか。そんな期待をする。

 熱に浮かされたようにイザイアの美貌をじっとながめながらクラバットをほどく。


 ドアがノックされた。


 やや間を置いてから、ジュスティーノはぎこちなく出入口のほうを見た。

 無視してやりすごそうか。そんなことを考える。

「ジュスティーノ様」

 レナートの声だ。

 返事がないとなると、せかすようになんどかノックした。

「何かありましたか? 開けますよ?」

 ジュスティーノは、あわててクラバットを直した。

 ドアが開く。

 顔を出したレナートは、ジュスティーノを見つけて軽く目を眇めた。


「な、何だ、返事もしないうちに」

「返事がなくとも入るなんて朝起こしに来るところからでしょう」


 レナートは入室すると、イザイアを不審そうな表情で見た。

 不自然なほど近い距離にいたと気づき、ジュスティーノはさりげなくイザイアから離れた。

「クラバットが乱れていますよ」

 レナートが胸元に目を止める。

「ああ……」

 自身で直そうと手を動かしかけたが、さきにレナートが手を伸ばしてきれいに整えた。

「なぜ医師殿が」

 レナートがイザイアを横目で見る。

「父上の診察の所見をうかがっていた」

 ジュスティーノはそわそわと窓のほうに移動した。

 その動きをレナートが目で追ってくる。

「なら私も同席したかった」

「なぜおまえが」

「今後の看護についてのことなら、私も無関係ではないでしょう」

 何かこじつけに近いものを感じ、ジュスティーノは眉をよせた。

「おまえよりも、聞くなら父上の従者だろう」

「では、お父上の従者を同席させては?」

 イザイアを見たレナートの目つきが、何か(いど)んででもいるように見える。

「父上のまわりの者には、あとで私から概要(がいよう)を伝える」

「医師殿から直接ご説明いただけるほうがよいのでは? その場で質問に答えていただける」

 ジュスティーノは軽く唇を噛んだ。

 イザイアとの関係について、何か勘づかれたのだろうか。

 合意の上なのだ。文句を言われることではないが、イザイアに迷惑をかけたくない。

「……何の用事だ」

「ああ、そうでした」

 レナートが愛想よく笑う。

 目は笑っていないことにジュスティーノはすぐに気づいた。

「お食事を用意するので、医師殿の苦手な食材などあれば伺っておこうかと」

「とくにないが」

 イザイアが落ちつき払った様子で答える。

「ヴェネツィアにいらしたとなると、魚料理は大丈夫そうですね。私などは貝は苦手ですが」

「ワインは赤。クセの強いものがお好きだ。部屋にも用意してさし上げてくれ」

 ジュスティーノは早口でそう言い、レナートに退室を促そうとした。

「お部屋でもお飲みになるんですか」

 レナートが問う。

「かなり飲まれる。朝食のおりから……」

「私が食事に同席したさいには、さほど飲まれていなかったようでしたが」

 ジュスティーノは従者の顔を見た。

 目がかち合う。

「私にかくされていた医師殿のお姿でもあるのか」

「だ……だれでもあまり知らない者のまえでは、ふだんの姿など出せないものだろう?」

 ジュスティーノは語気を強めた。

 レナートの腕をつかんで強引にイザイアから遠ざける。


「私が呼んだ客人だ。いちいち失礼なことを言うな」





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