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【完結】背徳 〜サイコパス医師に堕とされた御曹司の恋〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
16.分岐した舌で口説く 

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CORTEGGIARE CON LA BIFORCUTA 分岐した舌で口説く I

 オルダーニ家本邸の正門からのびる通路に馬車が入る。

 車輪と馬具の音をさせ、使用人たちの出むかえる玄関まえで止まった。

 馬が二、三度足踏みをする。御者が馬車の屋形をふり返った。

 使用人が、ていねいな手つきで屋形の扉を開ける。


 降りてきた長身で(まれ)な美貌の男性に、玄関まえで出むかえた女中たちが呆然と見入る。

 出むかえのあいさつをするのも忘れ、身を固まらせて男性の動きを目で追っていた。


 イザイア・パガーニだ。


 いつもはしどけなく下ろしている髪をきれいに一つにまとめ、クラバットをつけた簡略的な正装。

 荷物と外套を手に降りた二人の付き人にもかまうことなく、出むかえたジュスティーノに目線を向けた。


「イ……パガーニ医師」


 ジュスティーノは表情をおさえてそう呼びかけた。

 あくまで医師として呼んだのだと、まず自分に言い聞かせる。

 やましくはない。父を想って呼んだのだ。


「若様、お元気そうで何より」


 イザイアが微笑する。

 不快な顔をされるかと思っていた。

 ジュスティーノはホッとして口元をほころばせた。 

「貴殿もペスト禍のなか、よくご無事で。心配していた」

 表情には気をつけようと思いつつ、ジュスティーノはつい目元を(とろ)けさせた。

 イザイアは口角を上げると、品のあるしぐさで前へと進みでた。

 手袋をはめた手をのばし、ジュスティーノを抱擁(ほうよう)する。

 伝わってくる体温に、ジュスティーノは甘い(しび)れを感じた。


 ただのあいさつの抱擁だ。

 何ら、いかがわしいものではない。


 使用人たちの反応を横目で伺ってから、ジュスティーノはそう自分に言い聞かせた。

 自身も抱擁を返そうと、手を伸ばす。

 イザイアがわずかに顔をかたむかせ、耳元に唇をよせた。


「そう他人行儀になることあるまい、若様。達したときの表情まで知っている仲ではないか」


 ジュスティーノの顔が熱を持った。

 イザイアの愛撫だけを求めてすごしていた時期の感覚がよみがえる。

 不快になど思われてはいなかったのだとあらためて思った。

 また関係を続けてもよいという気はあるのだろうか。

 イザイアが身体を離すと同時に、ジュスティーノは口を手でおおい身体を大きくかがませた。

 恥ずかしくて顔を上げられない。

 うつむいた視界の端に、やや早足で歩く脚が見えた。


「医師殿」


 レナートの声だ。

 ジュスティーノは顔を上げた。

「そのせつは、命拾いをさせていただきました」

「従者殿もお変わりなく」

 社交辞令的な表情で二人が言葉を交わす。

 レナートは二階の窓をちらりと見上げた。

「早速ですが、患者を診ていただけますか。案内いたします」

「レナート」

 ジュスティーノは(とが)めた。

「遠方からいらしたのだ。まず客室にお通しして、くつろいでいただくべきだろう」

「熱でもあるんですか、赤い顔をして」

 レナートがこちらを向き怪訝(けげん)な顔をする。

「いや……」

「医師殿」

 レナートがかまわず医師のほうに向き直る。

「とりあえずの軽い見立てでけっこうです。所見を」

 イザイアが、まずは荷物を置きたいなどと言ってくれるのをジュスティーノは期待した。


 二人だけで話がしたい。


 イザイアは、打ち合わせをするように付き人たちと顔を見合わせた。

「承知した。ご案内を」




 ジュスティーノの父であるオルダーニ家当主は、六十近い年齢だ。

 遅くに生まれた跡継ぎ息子であるジュスティーノは、レナートに言わせれば過保護な育ちなのだそうだが、ジュスティーノはそうだとは思っていない。

 跡をつぎ所有地の管理をしていく身としては、できるかぎり広い範囲の人間と接しろと教えられた。

 ある程度なら庶民のいかがわしい界隈(かいわい)のことも知る機会をあたえられた。

 教育は屋敷内での家庭教師によるものが主だったが、学友としてレナートがいっしょだった。


 オルダーニ家当主の私室。

 渋い茶色を基調とした落ちついた内装の部屋で、ジュスティーノの父は椅子に座りイザイアの診察を受けていた。

 体調がすぐれないとはいえ寝こむほどではない。以前よりもだいぶ()せたが、骨格のがっしりとした体躯を(ひじ)かけにあずけている。


「失礼」


 イザイアはかがむと、当主の目を二本の指で大きく開き覗きこんだ。

 片目を見ると、もう片方もおなじようにして見る。

 少し顔をかたむけ、(ほお)か首のあたりも見た。

「ご子息からのお手紙によると口のなかに出来物ができるとのことだが、食事に支障は?」

「いや……ときどきなので。できると痛いが」

 当主が口角のあたりをさすり、少し離れたところに座るジュスティーノに目線をよこす。

 ジュスティーノは、わずかに目を伏せた。


 イザイアにあの手紙を送ったときは、父の心配よりもイザイアとまた会う理由を作りたい一心だった。

 それを見抜かれたのかと思った。


 イザイアが片手を上げ、付き人のほうを見る。

 ひかえていた当主の従者が動こうとしたが、さきにイザイアの付き人が手洗い用の水入れをさし出した。

 手を洗い水を切ると、イザイアが当主の(あご)に手をかける。

「お口のなかを。よろしいか」

 当主が口を開けた。

 イザイアは指先でグッと口を開けて覗きこむと、すぐに指を引いた。


「ほかに痛むところは」


 当主が自身の胸元に手をあて、しばらく宙を見上げる。

「とくに……ないが」

「お口の痛みのほかに気になる症状はおありか?」

(だる)さがなかなか抜けないのだが」

 イザイアが、付き人のさし出した布で手を拭く。やや間を置いてから答えた。

「その症状は、とれるまでには時間がかかるかと思われる。なるべく滋養(じよう)のあるものを召し上がって、不摂生を避けていれば緩和(かんわ)されるかと思うが」

 イザイアが、おもむろにジュスティーノのほうをふり向く。


「あとは看護についての助言を、二、三ご子息にお話ししておきたいが」


 ぼんやりとイザイアの指先を見ていたジュスティーノは、とうとつに指名されてハッと目を見開いた。

「あ……私か?」

「このあとよろしいか、若君」





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