LETTERA D'AMORE 恋文
パガーニ家本邸。
当主一家のつかうリビングで、イザイアはようやく顔を見せた兄グイドを微笑でむかえた。
どちらが当主なのか分からなくなるほどに堂々とした態度でソファに座る弟に、グイドは軽く眉をよせた。
紳士然とした歩き姿勢でイザイアのまえに歩みよると、手紙を差しだす。
「オルダーニ家から、おまえに手紙だ」
「なぜこちらに」
イザイアは口の端を上げた。
「若君のご滞在を、屋敷の主人を差し置いて知らせた感謝の意をこめてということですかな」
「いやみたらしく言うことか。当然のことだろう」
グイドが顔をしかめる。
きひすを返すと、目の前の小さなテーブルにつき脚を組んだ。
「むしろ、おまえがなぜそれくらいお知らせしなかったのか」
そう言うと、グイドは声音を落とした。
「……理由の見当はついている」
「きちんと合意の上でしたよ」
手紙の封を開けながらイザイアは答えた。
「あの手この手で、合意するような心持ちに追いこんだのだろう?」
グイドが目を眇める。
「おいたわしい」
「わたしがそういう人間だと知らせなかった兄上も同罪では?」
イザイアは、クッと喉を鳴らして笑った。
「実弟がそんな人間だとよその御家に言えるわけがないだろう」
「まあ問題はないでしょう。令嬢などと違って、傷ものだ何だのと言われるわけでもない。だれにも言わずにいれば、どうせバレはしない」
グイドがテーブルに肘をつく。
「手紙は、若君の直筆のようだ」
「もてあそばれた怨みごとでも書いてよこしましたか」
イザイアは含み笑いをした。
「医師として呼びたいそうだ」
イザイアは目線だけを上げて兄の顔を見た。
「おまえにお父上の往診を頼みたいと」
「ほう」
イザイアは、便箋をとりだしながらククッと笑った。
「兄上、中身を読まれたのか。はしたない」
「使いの方がそう言っていたのだ」
「使い」
「郵便ではなく、使いの方をよこした」
イザイアは口の端を上げた。
「それでこちらに送るのは避けたか。それとも実家を通せば断れないと踏んだか」
おもしろがるようにそう言う弟を、グイドが複雑な表情で見る。
「いずれにしても、かわいらしい方だ」
イザイアは言った。
愛だの何だのと言い出さなければ、もう少し引き止めて遊んだのだが。
感情が理解できないだけに、感情論で話をされるのは苦手だ。
あの相性のよい体は少々惜しかったが。
イザイアは便箋を開いた。
社交辞令のあいさつの文を読みとばし、症状らしきものを書いた箇所だけを目でさがす。
「……食事はきちんとされるのに急激にやせた、瞳が黄色みがかったような気がする」
そこですでにピンとくる。
「かわいた咳がおおい気がする、口のなかに出来ものができやすくなった、熱はない、肌のつやがない……」
イザイアは便箋を折ると、もとどおり封筒にしまった。
「肝の臓をやられていますな」
手紙を兄に返す。
「そうオルダーニ家にお伝えください」
「直接うかがってそう診断してやれ。一週間後にむかえの馬車をよこすそうだ」
グイドが受けとらずに言う。
「若君にどこまで何をしたかは聞かんが、そこまでされても医師として評価してくださっているのだ。往診くらい出向いてさし上げろ」
「ただの呼びだしの口実だとは考えませんか?」
とりあえず手紙を手にしたまま、イザイアは背もたれに腕をかけた。
「もてあそんだ痴れ者として処罰なさりたいとかか」
「もしくは、もてあそばれ足りないとか」
イザイアは言った。
もしもそちらなら、実の父親の病をダシに使うとは。
固い道徳心をお持ちのおやさしい若様が、なかなかな堕ちぶりで唆られるが。
「口実でけっこう。若君の目的が何であれ、格上の御家の方のご機嫌を損ねて、おまえの問題行動を騒がれたりしたら厄介だ」
「本音はそこですか」
イザイアは口の端を上げた。
「兄上らしくて抱きしめたくなる」




