DOTTORE ISAIA PAGANI 医師イザイア・パガーニ
客室に閉じこめられて十五日がたった。
朝の診察を終えると、イザイアが軽くうなずく。
「いいでしょう」
イザイアがそう告げる。
「若様はここから出てけっこう。あとで請求書をお渡しする」
イザイアが診察用の杖でトントンと自身の肩をたたく。
「そうか」
ジュスティーノはゆっくりと身を起こした。ホッと息を吐く。
潜伏期を無事にすぎたらどれだけの開放感を覚えるかと思っていたが、二週間は長かった。
隔離された状態に何となく慣れてしまっていた。
ここからまた日常にもどすことに億劫ささえ感じる。
「付き人たちと従者のことは、引きつづきお願いすることになるが」
「あらためて」
イザイアがそう言う。
ペストマスクの顎のあたりをつかみ片手で外した。
この屋敷に駆けこんださいに見た彫刻のように整った素顔をさらす。
「イザイア・パガーニ。ピストイアのパガーニ家の次男だ。医学を学んだのは主にヴェネツィア」
イザイアがそう自己紹介をする。
「ピストイアか。では帰るさいにはパガーニ家の方々にもごあいさつを」
「ああ、それは不要だ」
イザイアが、かぶっていたフードを外す。
出逢ったときに見た腰までの長い灰髪は、うしろで結わえていた。
「どこの御家もそうでしょう。次男のしていることなど関心はありませんよ」
イザイアの背後にいた助手が、ペストマスクとフードをとる。
飴色の髪の娘だった。
「……女性?」
「近くの娼館から手伝いをたのみましたが」
イザイアがそう説明する。
「あれ以来、娼婦は呼んでいないと」
ジュスティーノは、つい眉をよせた。女性と目が合う。少々悪いことをしたかと目をそらした。
「一人二人、手伝いをたのんだだけですよ」
イザイアが答える。
「汚れた女などに看護されたくはなかったですか?」
「そういうことでは」
ジュスティーノは困惑した。
杖で身体中をさぐられ、反応してしまっているのを見られていたのか。
できうる限りこらえていたが、気恥ずかしい。
「ふつうは弟子の少年などを使うものでは」
「以前、夜伽をさせようとしたら逃げられましてな」
イザイアがククッと喉を鳴らして笑う。
「なぜそんなことを」
「古代の時代には、性交の手解きもふくめて年長者が少年に教えるのが理想の教育とされていたのですが」
「いまは古代ではない。少年愛など神も法律も禁じている」
ジュスティーノは語気を強めた。
イザイアが口元に笑みを浮かべる。
「承知した」
そう素直に返して、助手の娼婦にペストマスクを渡す。
「お屋敷にもどられるのなら、御者にしたくをさせるが」
「ここは使用人はちゃんといたのか」
ジュスティーノは廊下のほうをながめた。
「来たときにだれも出てこないので無人の屋敷かと」
「周辺を人にうろつかれるのが嫌いなので、ふだんは別棟のほうに待機させています」
「そうなのか」
自身は使用人が身の回りで動いているなど気にしたことはなかったが、いろいろだなとジュスティーノは思った。
「御者をお借りするまでもない。別邸が近いので馬があれば一人で戻れる」
「では馬の用意を」
イザイアがそう言い、助手の娼婦を部屋の出入口にうながした。