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【完結】背徳 〜サイコパス医師に堕とされた御曹司の恋〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
14.あなたには届かない

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CATTURATO DA TE あなたに囚われる


「残り香ですか?」


 食堂広間を出ると、レナートは即座にジュスティーノの肩に鼻を近づけた。

「女性にしては変わった香りだな。このあたりの娼婦か何かですか?」

 ジュスティーノは、さりげなくレナートから身体を離した。

 イザイアの香りだ。

 女性の残り香とも男性の香水とも区別のつけにくい香りなのだが。


「お部屋にも戻らず、いつもどちらにいるんです」


 レナートが眉をよせる。

 ジュスティーノは目をそらした。どうごまかせばいいか。

 子供のころからのつきあいの従者だ。

 思いつきのウソなどすぐにバレてしまう。

 こうして目をそらしているだけでも、いつもと態度が違うとたぶん気づかれているだろう。

「……書斎とか」

「夜までこもるほど本なんてお好きでしたっけ」

 レナートがそう返す。

「医師殿の影響ですか?」

「まあ……」

「ゆうべは書斎にもさがしに行ったのですが」

 ジュスティーノは、顔をそらして横を向いた。

 これが女性の遊び相手のもとにいたのだったら、すんなりと答えられる。

 だが男性であるイザイアと一晩中ベッドにいたのだと言えば、どんな反応をされるか。


 考えるのすらわずらわしい。

 道徳の上からも法律的な問題としても、間違いなくやめろと言われるだろう。 

 

 だれにも(とが)められず、ただイザイアと淫らにからんでいたかった。


 あの長身の体の重みが、すべて(ゆだ)ねてもよいのだと言われているようで落ちつけた。

 レナートに対して、なぜ回復してしまったのだとすら思いそうになる。

「ゆうべは……」

 何と言ってごまかそうか。ジュスティーノは口ごもった。

 レナートには申し訳ないが、彼が回復するまえならこんな面倒なことはなかった。


 何も見ていないふりでやりすごす屋敷の使用人たちを、最近は空気のように捉えるのに慣れてきていた。

 それさえ受け入れてしまえば、イザイアから快楽を受けるのに何の障壁(しょうへき)もない。


「また医師殿のお部屋ですか?」

 レナートが問う。

「いい加減にしなさい。ご迷惑でしょう、子供でもあるまいし」

「ああ……まあ」

 ジュスティーノは曖昧(あいまい)に返事をした。

 医師を質問責めにしているとまだ思われているのか。

 これまで男性と関係したことなどないのだ。部屋に入りびたっているからといって、肉体関係まで想像するわけはないかとホッとする。


「まあ、あと数日すれば本邸に帰る目処(めど)がつくでしょうから、あなたのお部屋に同居する必要まではないでしょうが」


「帰る……?」

 ジュスティーノは復唱した。

「街の消毒をおこなったとしても終息に一年はかかると、イ……パガーニ医師は言っていたのだが」

「その辺の見解は医師殿におまかせしますが、感染の広まっていない地域がまだあるなら、さらに広まるまえにそこを通って帰るべきでしょう」

 レナートが淡々と言う。

「本邸のほうでもご心配なさっているでしょうし」

「……だがまだ治療中の者もいる」

「あなたがいてどうなるのですか」

 レナートが呆れた声を上げる。

「その者たちは医師殿によくお願いして、回復したのちに馬車代でも送ってやれば済む話です」

 レナートから顔をそらして、ジュスティーノはあさっての方向を見つめた。

 廊下のおおきな窓から見える空は、うすく曇っている。


「ジュスティーノ様」


 レナートが怪訝(けげん)そうに声音を落とす。

「何か、帰りたくないように見えるのですが」

 ジュスティーノは返す言葉をさがした。


 そんなに帰らなくてはならないだろうか。


 そんな言葉すら浮かんだが、口にしたらどれだけの反論が返ってくるか。

「医師殿に影響を受けて、医学を志したくでもなったとか?」

「いやそんな」

 ジュスティーノは苦笑した。

「そんな(がら)では」


 レナートがこちらを見る。

 イザイアに不信感があるようなことを言っていた。

 いまのところはおそらく、ペスト患者の部屋に入るようなことをさせたことについてだろうが。


 廊下の向こうを若い女中が通りかかった。

 こちらに気づき、会釈する。

 以前、具合が悪いのかと聞いてきた女中だ。

 口元をわずかにほころばせて、ジュスティーノは会釈を返した。 

「あれですか?」

 レナートが、通りすぎる女中を目で追う。

「たしかに性格のよさそうな感じですが」

 レナートはこちらに向き直った。

「そんなに離れがたいのなら、医師殿にお話しして本邸の女中としておゆずりいただけば」

「いや、あの女中というわけでは」

「ほかの女中ですか?」

 レナートは、女中の行った先をもういちどながめた。


「思ったのですが、ずいぶんと女中の少ないお屋敷ですね」

「……ああ。まあ」


 理由は分かっていたが、説明すればイザイアとの関係まで勘づかれてしまいそうな気がする。

「医師というのは、意外と男手のほうが必要なものなのですか?」

「理由は聞いていないが」

 ジュスティーノはそう答えた。

「一人くらいなら女中を連れ帰っても何とかなると思いますよ。どの女中です」

 レナートは廊下のべつの方向を見渡した。

 「連れ帰る」という言葉をジュスティーノは頭のなかでくりかえした。

「ジュスティーノ様?」

「いや……」

 ジュスティーノはポソリと答えた。


「……あの女中だ」





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