RAPPORTO SESSUALE PERVERSO 背徳 II
イザイアの私室に入りびたるようになって、何日が経つのか。
ジュスティーノは、ベッドの上でうっすらと目を開けた。
カーテンはすでに開けられ、ゆわえられている。
おおきな窓から射す陽光はあかるく、少なくとも早朝ではないと推測できる。
全裸の素肌にふれている毛布の感覚に、すっかり慣れてしまった。
イザイアの甘さのまじる独特の香りが残る。
ジュスティーノは、上半身をゆっくりと起こした。
体についた昨夜の跡を、ぼんやりとながめる。
こちらからねだったのだと認めさせられるような淫らなセリフをいくつも口にさせられた。
従っていると気が休まった。
自身で判断し、責任をとる必要などいっさいないと安心できた。
あてがわれていた客室には、ここ数日はほとんど戻っていない。
イザイアのベッドに一日中ぼんやりと居すわり、部屋に戻ったイザイアに好きなようにもてあそばれる日をすごしていた。
何をやっているのだと頭の片隅で思ったが、心地よさと情欲とで、思考がゆるゆると停止する。
ドアがノックされた。
使用人か、それともイザイアか。
ジュスティーノは、気だるくドアのほうに目を向けた。
入ってくる様子がない。使用人か。
「どうぞ」
ジュスティーノはそう返事をした。
もはや使用人に昨夜のことを察せられても、必死でかくすような健全な感覚もうすれている。
「ジュスティーノ様」
ドアの向こうから、聞き覚えのあるテノールの声がする。
しばらくしてジュスティーノはおおきく目を見開いた。
従者のレナートの声だと気づく。
「え……」
何日かぶりに羞恥心がもどった。
自身の体を見回し、見られてはまずい跡だらけだと気づく。
服は。
あたりを見回す。
脱いだのは、どれくらいまえだったか。
自身で脱いだのだったか、イザイアに剥ぎとられたのが最後だったか。
ベッドの上やカウチに放置された衣服をあせって目でさぐる。
どれが自身の着ていた服で、どれがイザイアの服だったか。
そしてどれが、汚れていない服だったか。
「ジュスティーノ様?」
ふたたびレナートの呼びかける声が聞こえた。
近いうちに回復して部屋を出られそうだとイザイアが言っていたのを思いだす。
快癒したのか。
以前の自分なら、すぐにドアを開けて大喜びしていたところだろう。
だが、いまのこの姿を見られたくはない。
幼少のころから遊び相手として仕え、いっしょに家庭教師に習い、そのまま従者になった者だ。
主従というよりは、幼なじみの友人か兄弟という感覚に近い。
体中に男の接吻の跡をつけた姿など知られたくはなかった。
「……レナート」
「何かありましたか? 開けますよ?」
レナートが言う。
ドアノブが、ガチャッと金属音を立てる。
「待て!」
ジュスティーノは声を上げた。
「……いま開ける。私の部屋ではないんだ。あまり勝手なことはするな」
そう言い、すべるようにベッドから降りた。
周囲を見回し、てきとうなシャツとズボンを手にとる。
さいわい自分のもののようだ。
いそいで身につけてドアに向かう。
襟元をおさえながら、ドアを開けた。
金髪の青年が立っていた。
シャツとズボンのラフな格好だったが、部屋に寝かされていたときの服装からは着替えさせられているようだ。
少年といっても通りそうな童顔はやせていたが、最後に様子を見たときにあったペスト特有の潰瘍はきれいに消えている。
「医師殿の私室に入りびたっているというのは、ほんとうだったのですね」
レナートがあきれた表情をする。
ジュスティーノは、心臓が速くなったのを感じた。
イザイアに何か聞かされてここに来たのか。
連日、淫らにもてあそばれ性行為に溺れていたともう知っているのか。
黙りこんだジュスティーノにかまわず、レナートが室内を軽く覗きこむ。
「心配してくださるのはありがたいのですが、居候させてくださっている方の私室にむやみに居すわるなど、ご迷惑ではありませんか」
レナートが言う。
ジュスティーノは従者の顔をぬすみ見た。
まえにイザイアがそういうこととして話をしたのを思い出した。
使用人たちの病状を心配し、朝まで医師を質問責めにしているのだと。
「ああ……そうだな」
ジュスティーノはホッと息を吐いた。
「できれば、あなたのお部屋にいっしょに居させてもらえればと思ったのですが。お部屋はどこです」
レナートが廊下の先を見る。
「いっしょに……?」
「そのほうが屋敷の方のお手をわずらわせることも減りますし、あなたも気楽でしょう。私はカウチかソファで寝る形でかまわないので」
「いや……」
ジュスティーノは口ごもった。
以前なら、まあいいかと思っていただろう。
だがいまは。
イザイアの部屋に来にくくなる。そう思ってしまった。
「……おまえにソファで寝るなんて生活をさせるわけには」
「かまいませんよ。ここに滞在しているあいだ、あとわずかのあいだでしょう?」
「わずか……?」
「医師殿がとりあえずあなたをこの屋敷にとどめておいたのは正解だと思いますが、まだ感染の伝わっていない地域もあるはず。その付近の街道を通って本邸に戻るのは可能だと思うのですが」
レナートが、本邸のある街のほうと思われる方角を見た。
「感染者の出た地域とそうでない地域などは、医師ならすでに把握していそうですし。あとでお聞きしてきます」
ジュスティーノは、目を見開いた。
最初にこの屋敷に駆けこんだとき、イザイアはマルセイユでペストが流行していることを知っていた。
開業医ではないと言っていたが、必要な情報にはふだんから接していたのか。
帰りたくない。
「レナート」
さらに何かを言おうとしたレナートをさえぎり、ジュスティーノは呼びかけた。
「おまえは、いま滞在している部屋をそのまま使わせてもらえばいい」
ジュスティーノは顔をそらしてそう告げた。
「あなたのご用をこなすのに、何かと困るではないですか」
「用など……」
イザイアは、身の回りのことはほとんど自身でこなしていた。
二人きりでいるときは、使用人を呼ばなければならない事態はおおむねなかった。
イザイアといれば、使用人は必要ないのでは。
「まあ、医師殿の助手はお辞めになったと聞いたので安心しましたが」
レナートがため息をつく。
「そもそも医師殿は、なぜあんな危険なことをあなたにおすすめしたのか」
言葉の裏に、イザイアに対する不信感がまぎれているように感じた。
会うななどと言われはしないだろうか。
「深い意味はない。提案したのは医師だが、引き受けたのは私だ」
ジュスティーノはそう答えた。
もう話を切り上げたい。
そろそろイザイアが戻るのでは。
部屋にもどったイザイアの視姦するような目が恋しかった。
こちらの欲情を見透かしているかのように、して欲しければ誘えと無言で指示する目のイメージが、頭のなかいっぱいに広がる。
「診察にあたっている者が、いちばん感染のリスクが高いというのに」
レナートが不満をもらす。
「患者には近づかなくていいと言われていた。消毒用の酒を運んで見ていただけだ」
「それでも」
「レナート」
ジュスティーノは、レナートの反論をさえぎった。
「病み上がりだろう。今日のところはもとの部屋に戻ってゆっくり休め」




