RAPPORTO SESSUALE PERVERSO 背徳 I
部屋にあかりが灯される。
チラチラとゆれる光と、人の歩く気配でジュスティーノは目を覚ました。
どこにいるのか、しばらく認識できなかった。
客室のものとはちがう装飾の天蓋をぼんやりとながめる。
自身はいつも天蓋をゆわえておくのだが、このベッドの天蓋は中途半端に半分ほどだけ引いてある。
上質な毛織の毛布と、羽毛の寝具が全裸の体にかけられていた。
だれかと情交したのだったか。
眠るまえの記憶をたどりながら、ジュスティーノは体を起こした。
体のあちらこちらに、軽い違和感がある。
あかりをつけ終えた男性使用人が、姿勢のよい歩き姿で部屋を去って行く。
ジュスティーノは、何となくその動きを目で追った。
ようやくイザイアの私室かと思いいたる。
イザイアと情交していたのだと思い出した。
彼に誘導されるまま、淫りがましい声を上げて肩にすがった。
イザイアの指示することが、すべて正しいように錯覚した。
解消されたいまはなぜそこまで思いこんだのか分からないが、以前ほどイザイアの行為を否定する気持ちにもならない。
以前に情交したときも、眠ったあとに毛布をかけてくれていた。
根はやさしい人なのだと思っていいのだろうと思う。
改めて部屋を見回す。
何時頃なのか。
すっかり陽の落ちた時間帯なのは理解した。
夜の診察は終わってしまっただろうか。
何となく、もうどうでもいいのではという甘えが頭を擡げた。
自身が診察の場にいようがいまいが、使用人たちの容態に影響をあたえるわけではないのだ。
瀕死の状態をわざわざ見に行き苦しんだところで、だれが回復するわけでもない。
そこから目をそむけて、イザイアに委ねていたいと心が要求した。
逃げて何が悪いのだ。
ジュスティーノは両手で頭をかかえた。
ここにきて以降、心が削ぎとられるほどきつい心情に耐えてきた。
家の後継者としての義務と、身分のある者としての責任を果たそうと自身を律してきた。
だが、ここにきてポキリと折れた気がする。
だれかに委ねるのは、そんなにいけないか。ジュスティーノは寝具の一点を見つめた。
イザイアが使用人と入れかわるように入室する。
ゆわえていた髪をとき、手で雑に解しながらベッドに近づく。
軽くこちらに目線を向けたが、気にもせずシャツの留め具を外しはじめた。
「……夜の診察は終わったのか」
ジュスティーノは尋ねた。
「ついさきほど」
「そうか」
ジュスティーノはゆっくりと膝を曲げて、三角座りになった。
「夕食を食べにいらしたらいい」
イザイアが言う。
こちらが戸惑うくらい何ごともなかったように話すなとジュスティーノは思った。
「診察の助手を辞めてもよいか」
「どうぞ」
イザイアがさらりと即答する。
理由くらいは聞かれるのかと思っていたのだが、これもやさしさからなのだろうか。
「それで、昼間は何をしてすごされる」
イザイアがシャツを脱ぐ。
はじめてイザイアの裸体を見た。
いまだ情交のさいに、いちどもイザイアの肌を見ていなかったと気づく。
ジュスティーノは、着がえるしぐさを目で追った。
「患者の容態は聞かれないのか?」
イザイアが問う。
「……もう聞くのに疲れたと言ったら、貴殿は咎めるか」
「いや」
イザイアがそう返す。
「ごくふつうの人間像だと思うが」
ジュスティーノはホッとした。
彼だけは、情けない面をさらしても許してくれる。そう思った。
「四六時中いま死なれたら、いま急変されたらと想像しつづけるのが、どれだけの苦痛か貴殿なら解ってくれるか」
「以前も申し上げた通り、わたしはそういった感情を理解する機能がはじめから頭に存在しないのだが」
イザイアが答える。
ゆっくりとベッドに手をつくと、身体をかがめてジュスティーノに顔を近づけた。
「だがほかでもない大事な若様のことだ。理解する努力はしよう」
イザイアが微笑する。
目が笑っていない。いつもの冷たい印象の笑みだが、彼の表情のクセなのだと思った。
「かわいそうに。若様はいろいろと背負いすぎだ」
イザイアが手を伸ばしてジュスティーノの髪をなでる。
おおきく指のスラリとした手だ。
何もかも委ねて甘えてもいいのだと言われている気がした。
家の者の前に出れば、こんなあつかいはされない。
常に跡継ぎ息子としての責任と義務が課せられる。
従者に本音を吐露することはあるが、基本的には主従の関係だ。どこまでも委ねていいわけではない。
自身の立場がつらいと認識したことはなかった。
だが、責任も主従も関係なく甘えてもいい相手というものがあるのだと、イザイアに逢ってはじめて知ってしまった。
「折れてしまってもべつにいいではないか、若様」
イザイアが横に座る。
「たとえ堕落しても不道徳なことをしても、若様は若様では」
イザイアがそっと頬に口づける。
情交のさいのいかがわしく執拗なさまとは違い、非常にやさしい口づけだ。
これが彼の本性なのだとジュスティーノは思った。
ほんとうはやさしい人なのだ。
ジュスティーノは、抱きつくようにイザイアの部屋着をにぎった。
イザイアが唇の端を上げる。
もういちどジュスティーノの髪をなで、耳元でささやいた。
「汚れてしまっても愛しているよ、若様」
イザイアは、ジュスティーノの背中にそっと手を回した。
やはり愛情は分かっているではないか。
ジュスティーノはそう思った。
イザイアが、肩甲骨のあたりに回した手を軽く爪を立てるようにして動かす。
なぜか、御使いの羽根を毟りとるしぐさをジュスティーノは連想した。




