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【完結】背徳 〜サイコパス医師に堕とされた御曹司の恋〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
11.あなたには心がない

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NON HAI CUORE あなたには心がない I

 食堂広間の窓から、うっすらと朝の陽光がさす。

 金の調度品のならぶ暖炉(だんろ)。そのまえからのびた長テーブル。


 ジュスティーノは、かなり下座にあたる席で朝食の卵料理を口にしていた。

 あいかわらず食事の用意をしたあとは、必要最低限の者だけを残し使用人たちは別棟にもどっている。

 いちおう食堂広間から壁をへだてた部屋に食事係がおり、時間外の飲食はその者に声をかければよいことは滞在するうちに覚えた。

 使用人たちは愛想がなく、作業は手ぎわよいが私語というものをいまだ聞いたことがない。

 ジュスティーノは、いまさらながら奇妙な屋敷だと思った。

 こういった使用人たちをよこす実家がイザイアの性格を形成したのか、それとももとからイザイアがこういった者たちでなければ対応できない(たち)なのか。

 心が分からないのは、生まれつきと言っていたが。

 ジュスティーノは卵料理をフォークですくった。

 暖炉のまえの上座では、イザイアが品のある作法でスープを口にしている。


「若様」


 イザイアは、テーブルナプキンで口を拭いた。

「格上の御家の方をそんな下座に置くのは気が引けるのだが」

 そう言い口の端を上げる。

 数日前、イザイアに廊下でいかがわしい行為をされて以降できるかぎり近よらないようにしていた。

「気にされなくてけっこう」

 ジュスティーノは目を合わせず答えた。

「距離を置いたところで、欲情すればムダでしょうに」

 イザイアが含み笑いをする。

 またも使用人がいるところでそういうことを平気で言うのか。


 ジュスティーノは、広間の壁ぎわに立った使用人たちを横目で見た。

 ほとんどが男性の使用人だ。

 女性の使用人が極端に少ない屋敷でもあることに、滞在してすぐに気づいた。

 イザイアが使用人にまで手を出すからか。

 無節操なのは、やはり感情が理解できないと言っていることに起因するのだろうか。


 ジュスティーノにはいまだ信じられなかった。

 恐怖すらないなど。

 からかわれているのだろうか。


「貴殿は何か勘違いをしておられる。私は男性に興味をもつ趣味はない」


 ジュスティーノは卵料理を口にした。

「先日、廊下で汚された衣服は洗い終えている。わたしの私室にとりにいらしたらいい」

 カチャンと大きな音を立て、ジュスティーノはフォークを皿の上ですべらせた。

 使用人の一人がまえに進み出る。

「……けっこう。何でもない」

 ジュスティーノは片手を上げてそう告げた。

 イザイアが含み笑いをする。

「……なぜ貴殿の部屋に」

「持ってきた使用人が間違えたらしい」

 ありえるのだろうか。服のサイズがはっきり違うと思うのだが。

 いま身につけている服も、以前の滞在者が置いていった服だとイザイアが言っていたものだ。

「……貴殿の私室にとりに行けばいいのだな」

 ジュスティーノはそう応じた。

 何のことはない。

 部屋の出入口で受けとればいいだけだ。

 さっさと戻れば何もされまい。

「分かった」

 ジュスティーノはそう言い、卵料理を口にした。

 たかが衣服を受けとりに行くだけで、押し倒される心配をしなければならないとは。

 女性の苦労がよく分かった気がする。

 性的なイタズラを常に警戒して生活するなど、えらい緊張感を強いられるものだと思う。

 イザイアが頬杖(ほおづえ)をついて皿を下げる使用人の動作を目で追う。

 使用人が離れると、おもむろに切り出した。


「先日意識をとり戻した従者殿と、下男と女中一人ずつか」

 そう言い、テーブルナプキンを置く。

「この三名なら、近日中に部屋を出てもよろしいかと」


 ジュスティーノは顔を上げた。

 絶対に目を合わせまいとしていたイザイアの顔を、ついまっすぐに見る。

「ほんとうか?」

「今後、一週間ほどの経過によるが」

 気分が少しだが軽くなった。

 ここに付き人を運んできてから、悪化していく者と亡くなっていく者とを見続けていた。

 常に心配がつきまとって心が(けず)りとられるようだったが、そろそろ回復していく者も見ることができるのか。

 ジュスティーノは顔をほころばせた。

「まずは家に帰らせてやろうと思う」

「その家も、この近辺の地域であれば家族がどうなっているか分かりませんが」

 イザイアがそう返す。

「場合によっては、お屋敷と同じことになっている可能性も」

「……淡々と言うな。貴殿は」

 ジュスティーノは眉をよせた。 

「こういったことは、遠回しに言ってもしかたがありませんからな」

 イザイアは近くにいた使用人に目配せした。

 使用人が進み出て、イザイアのまえにヴェネツィアングラスを置く。

 カラッファを手にして、しずかにワインをそそいだ。

「とはいえ帰さないわけにはいかないだろう」

 ジュスティーノは答えた。

「家族がどうなっているにせよ、ずっと連絡をとることすらできなかったのだ。確認だけはさせてやらなければ」

 イザイアは頬杖をついたまま、ジュスティーノを見ていた。





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