PROFUMO PERSISTENTE DI IMMORALITÀ 背徳の残り香 II
天候は曇りだったが、うすい雲を通して淡い太陽が見えていた。
夕刻ちかい時間帯。
ジュスティーノは、ペストマスクをつけて廊下をイザイアのあとについて移動していた。
従者の部屋のまえまで来ると、イザイアが肩ごしにこちらを見る。
「ここの方は、きのうから今朝にかけて意識をとりもどした」
「えっ」
ジュスティーノは思わず声を漏らした。
「ほんとうか?」
一気に安堵する。
「少々なら話せるのではないかな」
「話してもいいのか?」
「どうぞ」
イザイアが答える。
「若様がここでどんなふうにすごされているか、ぜひお話しして差し上げたらいい」
顔が熱を帯びた。
この医師と情交してすごしていると話せとでも言われた気がする。
「いや……」
「ご無事で、きわめて健康にすごされていると」
ジュスティーノはさらに顔を熱くした。
「男子として性的に」健康という意味ではないだろう。
医師としてごくふつうのセリフではないか。つい浮かんでしまった連想を頭のなかで否定する。
イザイアはジュスティーノの様子をながめていたが、ややしてから背中を向けドアを開けた。
ジュスティーノは、あわててあとを追う。
ベッドからかすかに呼吸をする音が聞こえる。
従者をつとめてくれている者で、名をレナートといった。
懇意の家の者で、おなじ家庭教師につき兄弟のように育った。
毛布から両腕をだし、天蓋をぼんやりと見上げて横たわっている。
童顔の整った顔にペスト特有の潰瘍は少なかったが、げっそりとしている。
あかるい色調の金髪は艶もなく、ぱさついていた。
一時はかなり危険な状態におちいっていた。
ジュスティーノは、出入口ちかくのテーブルに水差しを置きながら様子を見つめた。
「医師殿」
レナートが、ベッドに近づいたイザイアに顔を向ける。
「若君がいらしている。話すか?」
イザイアは尋ねた。
レナートが碧色の目を見開いて周囲を見回す。
「ジュスティーノ様はご無事なのか?」
毛布を退けようとしたのか、ゆっくりと手を動かす。
「レナー……」
ジュスティーノは、入口ドアの横から声をかけた。
イザイアがこちらを顔の動きで示す。
「若君は、感染などなくご無事だ。ゆうべはわたしの私室で一晩すごされていた」
ジュスティーノは、ベッドに駆けよろうとした脚をピタリと止めた。
「医師殿の私室で……」
レナートがかすれた声で復唱する。
ジュスティーノは医師を見た。
何を言い出す気なのか。
ククッ、と喉の奥を鳴らすような笑いが聞こえた。
イザイアがわずかに肩をゆらす。
「貴殿らのことが心配で眠れないので、病状についていろいろとお聞きしたいと」
イザイアがそう続ける。
「若君のご質問にお答えしているうちに、朝になっていた。慈悲ぶかいお方だ」
ジュスティーノは思わずむせて咳こんだ。
イザイアがこちらを見る。
「そうであったな、若君」
レナートが、落ちくぼんだ目でじっとペストマスクを見つめた。
「ジュスティーノ様……?」
レナートが呼びかける。
ジュスティーノは顔を上げた。
何か見透かされているような錯覚をおこす。
マントの下の体が前夜にだれとまぐわったかなど、他人に分かるわけはないとイザイアは言った。
その通りだとは思っているのだが。
レナートの反応がそれ以上ないことをジュスティーノは怪訝に思った。
ペストマスクのせいで顔が見えないからかと察する。
「私だレナート。回復してよかっ……」
「ありがたいのですが、ご自身まで感染するようなことはやめてください」
きれぎれの息を吐きながらレナートがそう返す。頭をほんの少しイザイアのほうに向けた。
「医師殿、申し訳ないがつぎからは止めて差し上げてくれ」
「いや、レナート」
「私の意識があれば、疫病の患者の部屋などぜったいに入らせなかった」
レナートがこちらを見る。咎めるように目を眇めた。
「レナ……」
「意識が戻ったばかりですからな。あとはもう休まれたほうが」
イザイアが言う。
かすかに肩がゆれているのは気のせいか。
このやりとりを見て、笑っているのだろうか。
「申し訳なかった、従者殿。助手でもどうかと提案したのはわたしだ」
イザイアが言う。
レナートが、カラカラにかわいた唇をしんどそうに動かす。
「この方は正しいことを通そうとするあまり、ご自分の危険にも気づけない方だ。医師殿、気をつけてやってくれ」
イザイアが、もういちど肩をゆらした。




