PROFUMO PERSISTENTE DI IMMORALITÀ 背徳の残り香 I
イザイアの私室の絨毯の上。ジュスティーノは目を覚ました。
体にかけてあった毛織りの毛布をしずかに退かし、上体を起こす。
香の匂いがただよった気がしたが気のせいか。
アラブ風の部屋の雰囲気からして、もともとあったのに気づかなかっただけかもしれない。
陽が昇ってだいぶたつ時間帯のようだが、窓のカーテンは閉められたままだ。
低いテーブルの上には、空のカラッファとグラスがある。
ふいにジュスティーノは羞恥を覚えた。
いったいいつ眠ってしまったのか。
毛布をかけてくれたのは、イザイアだろう。
これではまるで女性ではないかと思った。
なぜあんなことに応じてしまったのか。
心が疲れ果てていたとはいえ、自身が信じられない。
ドアが開け閉めされる音がする。
主室のほうに、だれかが来たようだった。
重みを感じる靴音は男性のものだろうか。イザイアなのか使用人なのかは分からない。
主室の中央のあたりでしばらく衣ずれの音がしていたが、ややしてから靴音はこちらに向かってきた。
ドアのない出入口から顔を出したのは、イザイアだった。
「若様、起きていたか」
そう確認すると、何の感想もない様子できびすを返し主室へともどる。
ジュスティーノは、周辺を見回して服をさがした。
急いでシャツをはおり、立ち上がってズボンを履く。
小走りで主室に向かうと、イザイアは長い髪を結わえていた。
「体に違和感はないか」
イザイアがそう尋ねる。
問診でもしているような淡々とした問い方だ。
「ないが……」
「慣れていないのに激しくしてしまったので、今日は起き上がれないかと思っていた」
顔が紅潮したのが分かった。
こんな反応をしてしまうことすら恥だと感じる。
「あんななぐさめ方など……」
「だがひさしぶりにぐっすり寝られたろう」
イザイアがそう返す。
「逃げられるのに逃げなかったのだ。合意の上と受けとったが?」
どうと反応していいのか分からず、ジュスティーノは唇をかんだ。
「何も大袈裟にとらえることもないのでは」
イザイアが言う。
「娼婦と遊んだことくらいあるでしょう。少々違う形で性処理をしたと思えばいい」
「あんなあつかわれ方が、男として我慢できるわけが……」
「ゆうべは満足げな顔で熟睡なさっていたが」
イザイアは言った。
言葉につまったジュスティーノの様子を見ると、クッと喉の奥を鳴らして笑む。
「若様の寝顔を肴に、しばらく飲んでいたよ」
何と答えたらいいのか。
ジュスティーノは目を泳がせた。
何ごともなかったような表情でイザイアがシャツの手首の留め具をとめる。
「べつに若様の心までよこせとは言っていない。ゆうべも言ったが、感情が理解できないものでそんなものを向けられても困る」
「ゆうべ……?」
ジュスティーノは復唱した。
そんなこと言っていただろうかと記憶をさぐる。
イザイアが上にのしかかってささやいたことだと思い出し、顔がさらに熱くなる。
「理解……できないとは」
「頭のなかに恋心や親近感やらを理解する機能がそなわっていないらしい。生まれつきだが」
「そんな人間がいるわけが……」
ジュスティーノは眉をよせた。
「ときどきいるものですよ。たいていは理解できるふりをして暮らしているが」
イザイアがベッドの上に置いた上着をはおる。
そういえばなぜ着替えているのだろうとジュスティーノは思った。
今日の朝の診察はどうなった。
「若様はつらい義務をわすれて癒されたい、わたしはいやらしい体で遊びたい」
上着の留め具をとめながらイザイアが言う。
「おたがいに損はない」
「あんな行為は二度と……!」
「眠れないときはいつでもどうぞ」
イザイアがそう答える。
ジュスティーノは医師から顔をそらした。
何を言おうが、逃げることもせず受け入れてしまったのはたしかだ。
不道徳だなどと言えば言うほど、こんなふうにイザイアのからかいの種にされるだけだ。
「使用人に言えば朝食を出してくれる。食べてきたらいい」
イザイアが言う。
「貴殿はもう食べたのか」
「もうすぐ昼ですが」
そんなに寝ていたのかとジュスティーノは困惑した。
ひさしぶりにぐっすりと眠っていた。イザイアの言う通りではないかと眉をよせる。
「では朝の診察は」
「終わった。おおむね容態は変わっていない」
ジュスティーノはホッとした。
いかがわしいことをして寝すごしていたあいだに亡くなった者でも出たら、自分を嫌悪しそうだ。
「良くも悪くも安定してきたようだ」
イザイアが言う。
「そうか……」
「夕刻の診察はどうされる」
ジュスティーノは医師の横顔を見た。
助手は続けるがなぐさめはいらんとまで言ったら、藪蛇だろうか。
「もちろん助手は続けるが……」
「そうか」
イザイアがみじかく答える。軽く襟元を整えると、スタスタと部屋の出入口に向かう。
「では夕刻になったらお部屋に伺う」
「部屋とは……」
ジュスティーノはイザイアと目を合わせた。
「私がお借りしている客室のほうか?」
「べつのお部屋が?」
イザイアが笑みを浮かべる。
「この部屋をいっしょに私室として使いたいなら、わたしはかまわないが」
「いや」
あり得ないだろうとジュスティーノは思った。
イザイアの言葉に甘えてここで寝かせてもらったのは、まさか青年の自分まで情交の対象にするとは思わなかったからだ。
あんなことをされてまでここで寝ていたら、つぎを期待しているようではないか。
「部屋にもどる。お邪魔した」
「どういたしまして」
そう言うとイザイアは、みずからドアを開けて退室した。
こちらが戸惑うほど平然としているなと思う。
人の価値観がいろいろなのは承知しているが。
ジュスティーノは、とりあえず急いで着た服を整えた。




