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【完結】背徳 〜サイコパス医師に堕とされた御曹司の恋〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
9.蛇

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SERPENTE 蛇

 早朝。

 私室にジュスティーノを置き去りにし、イザイアは厨房に向かった。


 本来なら厨房は、身分のある家の者が入るようなところではない。

 だがイザイアはふだんからかまわず出入りしていた。

 もとより家の跡を継ぐことはない次男だ。そのあたりはあまり厳格には言われずに育った。

 医師としての仕事をするためには、炉辺(ろべ)や水場は必要だ。

 いまとなっては出入りしないわけにもいかない。


 厨房は朝の時間帯でも少々うす暗い。

 炉辺の火を見ていた女中は、イザイアの姿に気づくと複雑な表情で会釈をした。

 興味を持った人間には性別も身分も問わず手をだす次男に、実家の兄はできるかぎり問題を起こされないようあれこれ手回しをしていた。

 そのためイザイアの住むこの屋敷は、極端に女性の使用人が少ない。


 問題など、たいして起こしたつもりはないがとイザイアは鼻で笑った。


 合意に持ちこむまでの過程も遊びのうちなのだ。

 省略などしようはずもない。



 あの若様は、思ったよりもずっとおもしろいと思った。



 手に残った肌の感触に、ほくそ笑む。

 男性というにはまだ肌はやわらかく、筋肉も骨格も成長しきっていない。

 少年のなめらかさを残す体に背徳的なあそびを教えこむ痛々しさに(そそ)られる。


 不道徳を否定しておきながら、少々疲弊(ひへい)させただけであっさりと体を開いた。そのギャップに興奮する。

 患者たちの容態を見せればショックを受けてつけこみやすくなるだろうと踏んでいたが、はげしく動揺する様子に(たか)ぶらされた。


 イザイアは口角を上げた。


 周辺の土地のペスト禍が終息するまでは、あまりあちこちの人間を相手にはできまい。

 そのあいだのあそび相手としてはちょうどいい。


 イザイアは水甕(みずがめ)から水をくんで飲んだ。

 勝手口からノックの音がする。

 指先で口をぬぐいながら、スタスタとそちらに向かった。

 シンプルな木製のドアを無言で開ける。

 三十歳すぎほどの農民姿の男がいた。

 中肉中背。古着の(そで)からのぞいた腕は太く、日焼けしてがっちりとした体型だ。

 村の農民というよりも、過酷な旅になれた船乗りのように見える。

 無精髭(ぶしょうひげ)をはやした強面(こわもて)だが、愛想のよい表情で陽気な印象をつくっていた。

 粗末な帽子をとって礼をし、ニッと笑みを浮かべる。

 

「エルモ」


 イザイアは、出入口のたて枠に背中をあずけて腕を組んだ。

 近くの村に住む男だが、もとはヴェネツィアで手広く商売をしていた。

 ヴェネツィアの衰退にともない、商売をたたんで田舎に住みたいと話していたのでパガーニ家所有の農村に住まわせてやった。

 畑など耕さなくてもそれまでのたくわえで生活できそうなものだが、あんがい楽しそうに作物を作って暮らしている。

 情報通な上に変わり者だ。そこが何となく馬が合っていた。


「屋敷の主人が直々に開けてくださるとは」


 エルモがニッと笑いかける。 

「今日は売りにきたのは野菜か」

 イザイアは出入口から身を乗りだし、エルモのうしろにある荷車をながめた。

「必要とあらば薬草でも娼婦でも売りますが」

「娼婦は当分いらん」

 イザイアは答えた。

 エルモが庭のほうをふり向く。


「ここにオルダーニ家の若様がいらっしゃいませんでしたか?」


「おまえか。医者の家だなどと教えたのは」

「旦那、ああいうの好きでしょ」

 エルモが肩をゆらして笑う。


「高貴で道徳的で、(けが)しがいのある方」

 エルモは指先で頬をかいた。

「まあ、あのタイプで女なら、あたしも汚してみたい欲求は分かりますけどね」

 エルモがなおも肩をゆらして笑う。

「提供したら喜ばれるんじゃないかと思って」

厄介(やっかい)なもの同伴で来たがな」

 イザイアは鼻で笑った。

「ペストですか」

「気づかなかったか」

「素人がそんなもんに一目で気づきませんよ。あとで知って、さわらなくてよかったと神に感謝した」

 エルモが肩をすくめる。

「逆に旦那、さすがですな」

 イザイアはとくに答えず宙をながめた。


「村はまだ感染者はなしか」

「さいわい聞きませんね」

 エルモが答える。

「兄上が知らなかったはずだ」


 イザイアは長い髪をほぐすようにかき上げた。

「オルダーニ家に何か遺恨(いこん)でもあったのか、おまえ」

「ないですよ」

 エルモが苦笑してヒラヒラと手をふる。

「もともとこちらの地方の人間じゃないですし」

 イザイアは口の端を上げた。

「遺恨のある御家の若様を汚すというのも(そそ)るかもしれんぞ」

「旦那、オルダーニ家と何かあったんで」

「ない」

 イザイアは答えた。

「味はよかった。野菜の代金といっしょに手間賃を支払ってやる」

 「はっ」と返事をしてエルモが片手で帽子をかぶる。

「旦那、もう食っちゃったんですか。早いなあ」

 エルモが笑う。


 チラリと炉辺を見ると、女中は聞こえないふりをしている。

 向こうを向き、黙々とジャガイモの皮を剥いていた。





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